第五章 FX大爆死と、無限腎臓マグロ漁船
深夜の魔導ファミコンと、沈黙の朝食
深夜のポポロ村。
静寂に包まれたポポロ屋の二階、リアンの自室の隣にある客間(現在は完全にニート神の占拠部屋)から、ブツブツと何かに取り憑かれたような声が漏れていた。
「……いけ。そこだ。……よし、反発した! アガれ……そのまま突き抜けろぉぉ……!!」
仕込みを終えて眠りについていたリアンが、ふと目を覚まして扉の隙間を覗き込む。
そこには、愛用のジャージ姿に身を包み、コタツに深々と潜り込んだ創造神ルチアナの姿があった。
彼女は片手にピアニッシモ・メンソールをふかしながら、ルナミス帝国で大流行しているという携帯型ゲーム機——通称『魔導ファミコン』の画面を、血走った目で見つめてピコピコと狂ったようにボタンを連打している。
(……また徹夜でゲームか。あの駄女神、いい加減にしろよ。魔力を使ってまで画面の中のドット絵に熱くなりやがって)
リアンは呆れ果ててため息をついた。
ルチアナの画面には、赤や青の棒グラフ(ローソク足)のようなものが激しく上下に動いているのが見えたが、リアンはそれを『陣取りゲームか何かのスコア画面』だと勝手に解釈した。
「おい、ルチアナ。明日はキャルルたちと朝飯食いに行くんだろ。ほどほどにして寝ろよ」
「あー、はいはい分かってるわよ! 今、ちょうど『天井』を抜けそうなの! ここで利確……いや、まだまだイケる! レバレッジ全ツッパよぉぉ!!」
「……レバレッジ? 変な必殺技だな」
リアンは完全にスルーを決め込み、布団に戻って再び深い眠りについた。
この時、リアンが少しでも画面を注意深く見ていれば、あるいは『簿記1級』の知識を総動員して彼女の言葉の意味を考えていれば、この後に起こる大惨事を未然に防げたかもしれない。
しかし、現実は非情である。
◇ ◇ ◇
翌朝。
ポポロ村の広場にある24時間営業ファミレス『ルナキン・ポポロ支店』。
朝の爽やかな光が差し込む窓際のテーブル席で、リアン、キャルル、リーザ、そしてルチアナの四人がモーニングセットを囲んでいた。
「ん~っ! やっぱりルナキンの朝定食は最高ね! 人参サラダがシャキシャキだわぁ!」
キャルルが目玉焼きの乗った厚切りトーストを頬張りながら、幸せそうにウサギ耳を揺らしている。
隣では、極貧地下アイドルのリーザが「ドリンクバーのスープ、今日はおかわり3杯目いけそうですぅ♡」と、ささやかな幸せを噛み締めていた。
いつもなら、ここでルチアナが「ちょっとリアン、私のトーストにハチミツ塗ってよ」などと図々しい要求をしてくるはずだった。
しかし、今日の創造神は違った。
「…………」
ルチアナは、一口もトーストに手をつけていなかった。
両手でコーヒーカップを握りしめているが、その中身はすっかり冷え切っている。
彼女の美しい顔は、まるで三日三晩、天魔窟の最深部で死蟲王と死闘を繰り広げたかのように青ざめ、目の下には真っ黒なクマができていた。
そして何より、その瞳からは**『光』が完全に消失し、ただ虚空を見つめていた**のである。
「……おい、ルチアナ。食わねぇのか? 冷めるぞ」
リアンが不審に思って声をかける。
「…………」
ルチアナはピクリとも動かず、まるで魂が抜けた抜け殻のようだった。
時折、彼女の口から「……溶けた……」「……ナイアガラの滝……」と、意味不明なうわ言が漏れるだけである。
「あはは、きっと昨日、夜通し魔導ファミコンのRPGでレベル上げでもして、ボスの前でセーブし忘れて全滅しちゃったんですよぉ!」
リーザが笑いながらフォローを入れる。
「……まぁ、自業自得だな。ほっとけ」
リアンはそれ以上深く追求せず、自分の納豆定食に醤油を垂らした。
キャルルも「ゲームのやりすぎはお肌に悪いわよー」と軽く流し、そのまま平和な朝食の時間は過ぎていった。
しかし、この『沈黙』は、終わりではなく始まりに過ぎなかった。
食後、店を出る直前。
ルチアナは、まるで幽鬼のような動きでリーザの肩をガシッと掴むと、震える手で『魔導ファミコン』を彼女の懐にねじ込んだのだ。
「……リ、リーザちゃん」
「えっ? ルチアナ様? どうしたんですか、これ?」
ルチアナの目は、完全に血走っていた。
「……これ、絶対にお小遣いが稼げる『魔法の箱』よ。……私、今日はちょっと寝るから……代わりに、この画面の数字が『パンプ(上昇)』するように、アイドルパワーで応援しておいて……」
「えぇっ!? ゲームしながらお金が稼げるんですか!? やります! 私、そういうポイ活みたいなの大得意ですぅ☆」
圧倒的な無知と、破滅のバトン(魔導ファミコン)。
ここに、ポポロ村史上最悪の『借金地獄』の火蓋が切って落とされたのである。




