EP 6
「夜の帳と、琥珀色の誘惑」
日が沈み、ポポロ村に夜が訪れた。
真新しいガラス窓(強化ガラス製)から漏れる暖かな光は、薄暗い村の中で異彩を放っていた。
入口には、俺が筆で書いた『ポポロ屋』の暖簾が風に揺れている。
カランコロン。
ドアに取り付けたベル(通販で買ったアンティーク調)が鳴った。
「お、おい……ここ、本当に飯屋か? ガラスが透明すぎて、壁がないみたいだぞ」
「でも、すげぇいい匂いがするぜ……」
恐る恐る入ってきたのは、仕事終わりの三人組だった。
牛耳族の畑仕事帰りのおじさん、人間の行商人、そしてドワーフの鍛冶師だ。
「いらっしゃい。好きな席に座ってくれ」
俺はカウンターの中から声をかけた。
清潔な白衣に身を包んだ俺を見て、三人は少し緊張した面持ちでテーブル席についた。
「へ、へぇ……すげぇ綺麗な店だな。床がピカピカで、泥足で上がるのが申し訳ねぇや」
「気にしなくていい。掃除は『あいつ(喰丸)』がやるからな」
俺は氷(製氷機で作った純度100%の氷)を入れたグラスにお冷を注ぎ、三人の前に置いた。
「ひゃっ! こ、氷!? 夏場でもないのに氷が入ってるぞ!?」
「魔法使いの店なのか!?」
水一杯で大騒ぎだ。
やはりこの世界では、氷は贅沢品らしい。
「ご注文は?」
「あ、ああ……とりあえず酒をくれ。この村なら『芋酒』があるだろ? 一番安いやつでいい」
ドワーフが言った。
芋酒。太陽芋から作られる、労働者のガソリンだ。
安酒の代名詞だが、俺はニヤリと笑った。
「あいよ。ただし、ウチの芋酒は他とはちょっと違うぞ」
俺は棚から一升瓶を取り出した。
中身はただの芋酒ではない。俺が前世の知識(蒸留技術)と錬金術を組み合わせて精製した、雑味ゼロの**『純米ならぬ純芋焼酎』**だ。
「ほらよ。最初はロックで飲んでみな」
カラン。
丸く削った氷を入れたグラスに、トクトクと琥珀色の液体が注がれる。
その瞬間、鼻孔をくすぐる甘く芳醇な香り。
「な、なんだこの香りは……? 芋臭さがねぇ……まるで花のような……」
ドワーフが震える手でグラスを持ち、一口含んだ。
「――ッ!?」
カッ! と目を見開くドワーフ。
「ど、どうだ?」
「……喉越しは水のように滑らかじゃが、胃に落ちた瞬間に太陽が爆発しよった! なんじゃこのガツンとくる旨味はぁぁぁ!」
ドワーフは感涙しながら叫んだ。
「美味い! これこそドワーフが求めていた『度数』と『品格』の両立じゃ!」
「俺にもくれ!」
「私にも!」
次々と注文が入る。
俺は手際よく酒を提供しつつ、メインディッシュを準備した。
「酒のアテには、これがいいだろう」
ジュワァァァァァ……!
厨房から激しい音が響く。
鉄板の上で焼かれているのは、大人の手のひらほどもある肉厚なキノコ――『肉椎茸』だ。
表面に焦げ目をつけ、仕上げに『醤油草』のエキスとバター(通販)を絡める。
「お待たせ。『肉椎茸のバター醤油ステーキ』だ」
ドンッ!
熱々の鉄板に乗せられた巨大キノコが、テーブルに運ばれた。
バターと焦げた醤油の香りが、暴力的なまでに食欲を刺激する。
「こ、これがキノコかよ……ステーキじゃねぇか!」
「いただきます!」
牛耳族のおじさんが、ナイフを入れる。
サクッという音と共に、断面から肉汁(菌汁)が溢れ出した。
ハフハフ、パクッ。
「んん~~っ! 肉だ! これ肉より肉肉しいぞ!?」
「噛むたびに旨味が……! 酒! 酒を持ってこい!」
店内は一気に活気づいた。
そこへ、カウンターの端ですでに出来上がっていたキャルルが、赤い顔で絡みに行く。
「えへへ~、でしょでしょ~? リアン君の料理は世界一なんだから~!」
「村長! あんた良い店見つけてくれたなぁ!」
「こりゃあ、明日の仕事も頑張れるってもんだ!」
笑い声と食器の触れ合う音。
俺はカウンターの中で、グラスを拭きながらその光景を眺めた。
(……悪くない)
血の匂いも、硝煙の匂いもしない。
あるのは、出汁と酒と、働く者たちの汗の匂いだけだ。
「マスター! おでん追加! あとこの『マヨ・ハーブ』ってやつも!」
「あいよ」
俺は包丁を握り直した。
最強の元公爵の、忙しくも平和な夜は、こうして更けていった。




