第四章 貧乏神リーザと12時間耐久女子会
自警団前の反復横跳びと、図太すぎる人魚姫
ポポロ村の入り口に設けられた、小さな自警団の詰所。
そこで見張りの番をしていた竜人のイグニスは、窓の外を見て目を疑った。
「……なんだ、あいつ?」
詰所の目の前、人通りのある道のド真ん中で、ピンク色の髪をした見知らぬ美少女が、凄まじいスピードで『反復横跳び』をしているのだ。
シュタタタタタタッ!!と、無駄にキレのあるステップ。
そして彼女は、詰所の窓をチラチラと見ながら、信じられないほど抑揚のない声(棒読み)で叫び始めた。
「あー! 私は悪い娘だぞ~! たぶん、なにか悪いことをするかも~! あー、誰か自警団の人が止めてくれないと、村の平和が危ないぞ~!(チラッ)」
「…………」
イグニスは無言で詰所を出て、反復横跳びを続ける少女の首根っこをガシッと掴んだ。
「捕まえたぞ、不審者」
「きゃああっ! 捕まっちゃったぁ! なんて優秀な自警団員なのかしら! さぁ、早く私を取り調べ室に連行して、**『カツ丼』**を出しなさい!!」
「……は?」
少女――海中国家シーランの王女にして、ルナミス帝国で極貧地下アイドル生活を送っていたリーザは、満面の笑みで手首を突き出した。
そう、彼女は帝国の交番前で幾度となくこの「謎の不審者ムーブ」を繰り返し、警察官から哀れみ(と厄介払い)のカツ丼をせしめてきた、無料メシ(タダ飯)のプロフェッショナルなのだ。
だが、ここはド田舎のポポロ村。当然、詰所にカツ丼など用意されていない。
困り果てたイグニスは、とりあえず村長の知り合いかもしれないと思い、彼女を引きずって『ポポロ屋』へと向かった。
◇ ◇ ◇
「おい、リアン。詰所の前で変な女が反復横跳びしてたから捕まえてきたんだが……」
昼下がりのポポロ屋。
イグニスがリーザを店内に放り投げると、お茶を飲んでいた村長・キャルルのウサギ耳がピンッ!と跳ね上がった。
「えっ……? うそ、リーザ!?」
「あぁ~っ! キャルルぅ~! それにルナぁ!」
リーザはキャルルとエルフのルナの姿を認めるなり、涙目になって抱きついた。
「探したのよぉ! キャルルがいきなり村長になって帝国からいなくなっちゃうから、私の唯一の寄生先……じゃなかった、心のオアシスがなくなって、寂しくて寂しくて!」
「あんたねぇ……王女様がなんで他国のド田舎の村で、不審者扱いされてんのよ! 親善大使の仕事はどうしたの!」
キャルルが呆れ果てて説教を始めようとした、まさにその時だった。
ギュルルルルルルルルゥゥゥゥ!!!
店内に、地鳴りのような、獰猛な魔獣の咆哮のような音が鳴り響いた。
全員の視線が、リーザの細いお腹へと注がれる。
「あ、あはは……。昨日から、パンの耳3本と公園のタンポポしか食べてなくて……」
リーザは全く悪びれることなく、てへぺろ☆と可愛く舌を出した。
「……はぁ。全く、しょうがないわね」
キャルルは深くため息をつくと、厨房で仕込みをしている元・暗殺者の料理人へと顔を向けた。
「リアン君。この子、私のお友達なの。何かご飯作ってあげて」
「チッ。ウチは炊き出しのテントじゃねぇぞ」
リアンは舌打ちをしながらも、冷蔵庫から分厚いシープピッグ(魔物豚)のロース肉を取り出した。
「まぁいい。さっきイグニスが『カツ丼』がどうとか言ってたな。ちょうど油も温まってる。……極上のカツ丼を作ってやるか」
「ほんと!? やったぁぁぁ!!」
リーザの瞳が、金貨を見つけたフェンリルのようにカッと見開かれた。
サクサクの衣。甘辛いタレ。そして、黄金色に輝くトロトロの卵。
パンの耳と雑草で飢えを凌いできた彼女にとって、それはまさに天上の食べ物である。
だが、ここでリーザの「アイドルとしての(謎の)プライド」と「究極の図太さ」が発動した。
「あ、お店のお兄さん! カツ丼には、『お吸い物』もセットでつけてね! もちろん、松竹梅の『松』のランクでお願いね♡」
「……あ?」
リアンの包丁の手が、ピタリと止まった。
店内の空気が、一瞬にして氷点下まで冷え込む。
無一文でタダ飯を奢ってもらう分際で、さらに一番高いオプションを要求したのだ。
そのあまりにも常軌を逸した図太さに、カウンターで酒を飲んでいた創造神ルチアナ(※普段からツケで飲食している駄目女神)でさえ、ドン引きしてつぶやいた。
「……ねぇキャルル。この娘、私より図太いわよ……」
「リーザ!! あんたタダで食べさせてもらう立場で何言ってんのよ!!」
キャルルが慌ててリーザの口を塞ぐが、リーザは「むぐむぐ(だってアイドルだもん!)」と抵抗している。
「……へぇ。タダ飯で『松』の吸い物を要求するたぁ、良い度胸してんじゃねぇか」
リアンは、暗殺者時代の「絶対零度の笑顔」を浮かべながら、出汁用の鍋に火を点けた。
かくして、ポポロ村の最強料理人と、図太すぎる極貧地下アイドルの、果てしなき食の攻防戦(寄生生活)が幕を開けたのである。




