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EP 10

「ヒモニートの全財産喪失と、容赦なきからし(和風)」

「さぁさぁ! 帝国のヒモニート兄ちゃん、張った張った! 泣いても笑ってもこれが最後の大勝負やで!」

ニャングルがニヤニヤしながら煽る。

緋色の毛氈の上には、フェンリルが帝国の舎弟やパトロンの女たちから巻き上げた、分厚い札束と金貨の山が積まれていた。

「ギャハハ! 俺様が負けるわけねぇだろ! この全財産、全部『丁』だ!」

フェンリルはマルボロを噛み潰すように笑い、テーブルに身を乗り出した。

対するデュアダロスは、上半身裸のまま汗一つかかず、極道の冷静さを保っていた。

(……チンピラが。地下ダンジョンで数百年、壁に向かってサイコロを振り続けたワシの『壺振り』に勝てると思うなよ……!)

カラカラカラカラッ……!

カァァァン!!

デュアダロスの手首が芸術的にスナップし、竹の壺が台に叩きつけられる。

テント内の空気がピンと張り詰めた。

「……丁半駒揃いやす。勝負」

パッ。

壺が開かれる。現れた二つのサイコロの目は――『一』と『二』。

合計『三』。

「……『半』の勝ちやぁぁぁ!!」

ニャングルが歓喜の絶叫を上げ、フェンリルの全財産を熊手で一気に自陣へと掻き集めた。

「なっ……!?」

フェンリルのチャラい笑顔が、完全にフリーズした。

「ウ、ウソだろ!? 俺様の軍資金が……! 今月、女の家に帰る手土産代まで全部……!」

「へっ。素寒貧すかんぴんだな、兄ちゃん。おととい来やがれ」

デュアダロスが鼻で笑い、勝ち誇ったように見下ろした。

その瞬間。フェンリルの中で、負けず嫌いのバトルジャンキーの血が完全に沸騰した。

「……テメェら。俺様からむしり取って、タダで済むと思ってんのかァ!?」

ビキキキキキッ!!

フェンリルの足元から、急激な冷気が爆発した。

夏の熱気に包まれていたテント内が、一瞬にして絶対零度の冬へと変貌する。

彼の背後に、冷気から生成された巨大な『氷狼』が何頭も牙を剥いて顕現した。

「イカサマだろ! この村ごと氷漬けにして、金返してもらうぜェ!!」

「ひぃぃぃ! 客が暴れ出したで!!」

「用心棒! リアンはん、出番や!!」

ニャングルが悲鳴を上げ、リアンが厨房から『銃口剣』を抜こうとした。

しかし、それよりも早く動いた者がいた。

「あらあら~」

串カツ用のトレイを持ったルナが、トテトテとフェンリルの横に歩み寄ってきた。

その手には、おでんの時にも使われた『強烈な刺激を誇る、特製・和からし』が山盛りになった小鉢が握られている。

フェンリルが氷狼を放とうと大きく息を吸い込んだ、まさにその時。

「お客様ぁ。当店で乱暴は困りますぅ☆」

ルナは満面の笑みを浮かべたまま、フェンリルの鼻の穴(狼の超敏感な急所)に向けて、山盛りの和からしをダイレクトにねじ込んだ。

「えいのえいのえいっ☆」

ズボォォォッ!!

「――ッ!?」

フェンリルは声にならない悲鳴を上げた。

「ガァァァァァァァッ!!? 目がああ! 鼻がああああ!!」

鼻腔の奥深くまで突き刺さる、致死量のカプサイシンとアリルイソチオシアネートの暴力。

犬科(狼)の数千倍とも言われる鋭い嗅覚に、和からしのツーンとした激痛が直撃したのだ。

絶対零度の魔力など、からしの発熱と激痛の前に一瞬で霧散した。

氷狼たちはパリンと砕け散り、フェンリルは涙と鼻水と涎を撒き散らしながら、テントの床をのたうち回った。

「痛ぇぇぇ! 辛ぇぇぇぇ! 俺の、俺の絶対零度がぁぁぁ!!」

「ふふっ。鼻が通ってスッキリしましたね☆」

ルナが空になった小鉢を持って、ニコリと微笑む。

(※天然のサイコパスである)

「……すげぇな、あのエルフ」

「ヤクザより、暗殺者より、あの姉ちゃんが一番おっかねぇ……」

周囲の兵士たちが、青ざめた顔でドン引きしている。

胴元のデュアダロスでさえ、背中の龍の刺青を縮み上がらせてガクガクと震えていた。

◇ ◇ ◇

数十分後。

「……くそっ……辛ぇ……」

ポポロ屋の裏手にある洗い場。

そこには、鼻を真っ赤に腫らし、涙目で皿を洗うフェンリルの姿があった。

すっからかんになった上、店で暴れたペナルティとして『強制労働』を命じられたのだ。

「おう、新入り。お前はグラスの方を洗え。洗い残しがあったら、ワシの次元斬りで指飛ばすぞ」

「うるせぇよ……。壺振りヤクザが……」

アルマーニスーツの上にピンクのエプロンを着た邪神と、

タンクトップにゴム手袋をはめたヒモニート狼王。

世界を終わらせる力を持つ二柱が並んで皿洗いをするという、神話の歴史にも残らない情けない光景が、今夜のポポロ村の平和を象徴していた。

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