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EP 3

「最強の料理人、国境の村で『定食屋』を所望する」

森を抜け、緩やかな丘を越えると、そこには牧歌的でありながら活気に満ちた光景が広がっていた。

「と・う・ちゃ・くぅ〜!」

キャルルが長い耳をぴょんと跳ねさせ、太陽に向かって伸びをした。

目の前には、石積みと木造が混在した温かみのある建物群。

畑からはニンジンマンドラの悲鳴が聞こえ、通りからは食欲をそそる出汁の香りが漂ってくる。

「ここが、ポポロ村か」

俺は目を細めた。

すれ違う住人たちは多種多様だ。畑仕事帰りのオーク、行商人の人間、屋台で買い食いをする猫耳族。

本来なら殺し合うはずの種族たちが、ここでは当たり前のように挨拶を交わしている。

「……良い所だな」

俺の言葉は、お世辞ではなく本心だった。

平和スローライフを愛する俺にとって、これ以上の環境はない。

「えへへ、でしょ? 自慢の村なの!」

キャルルは村の入口に立っていた自警団の若者に、助けた子供――ティムを引き渡すと、俺に向き直った。

「それで、リアンさんはこれからどうするの? 宿を探すなら、おすすめのおでん屋があるけど」

「いや、その前に……まずは君に話したい事がある。村長としての君にな」

俺が真剣なトーンで告げると、キャルルの表情が少し引き締まった。

彼女は周囲を見回し、小声で言う。

「分かった。立ち話もなんだし、私の家に来て。付いてきて」

◇ ◇ ◇

案内されたのは、村の一番奥にある、こじんまりとした一軒家だった。

村長の家というには質素だが、窓辺には彼女が刺繍したと思われる人参柄のカーテンが揺れ、掃除が行き届いている。

「粗茶だけど、どうぞ」

キャルルが出してくれたのは、陽薬草のハーブティーだった。

一口飲む。……悪くない。乾燥のさせ方が丁寧だ。

「それで、話って何?」

向かいに座ったキャルルが、ルビー色の瞳で俺を射抜く。

先ほどまでのあどけなさは消え、村を守る長としての顔だ。

俺はカップを置き、改めて自己紹介をした。

「助けた時は名乗りそびれたな。改めて言うが、俺の名はリアン・クラインだ」

「……クライン?」

キャルルの片方の耳がピクリと動いた。

「ねえ、リアン。ルナミス帝国に『クライン公爵』っていう、とんでもない切れ者がいるって噂を聞いたことがあるんだけど……確か下の名前も……」

鋭い。

さすがは元近衛騎士候補だ。情報のアンテナが高い。

だが、ここで身バレして公爵家に戻されるわけにはいかない。俺は無表情を貫き、即答した。

「同姓同名だ」

「……へ?」

「よくある名前だろう? リアンも、クラインも。俺はただの料理人だ。公爵様がこんな辺境で、泥だらけになってゴブリンを狩るわけがない」

「うーん……言われてみればそうかも。公爵様って、もっとお腹が出た偉そうなおじさんってイメージだし」

キャルルは腕組みをして唸った後、あっさりと納得した。

……助かった。世間の公爵イメージが偏見まみれで良かった。

「それで、キャルル。単刀直入に言うが、俺はここに滞在したい」

「滞在? お客さんとして?」

「いや、住人としてだ」

俺は身を乗り出した。

「俺は、ここで料理屋を開きたい」

「料理屋……?」

キャルルが目を丸くする。

「ああ。ここに来る途中、畑を見せてもらった。月見大根、太陽芋、ニンジンマンドラ……どれも一級品の食材だ。だが、そのポテンシャルを活かしきれているとは言い難い」

俺の前世――三ツ星シェフとしての血が騒ぐのだ。

「ルナミス、ワイズ、レオンハート。3つの国が重なるこの場所は、あらゆる種族の舌が集まる場所だ。俺の料理を試すには、世界で一番うってつけの場所なんだよ」

俺の熱弁を聞いて、キャルルはしばらく沈黙した。

村長として、得体の知れない(しかもやたら強い)男を受け入れていいのか、天秤にかけているのだろう。

だが、彼女の鼻がヒクヒクと動いた。

俺があげた生キャラメルの、あの甘い余韻を思い出しているに違いない。

「……リアンさんの料理、あのキャラメルみたいに美味しい?」

「保証する。毎日食べても飽きない、極上の定食を出そう」

その言葉が決め手だった。

キャルルはパッと顔を輝かせ、ニッと笑った。

「分かった! 出店を許可するわ!」

彼女は身を乗り出し、俺の手を握った。

「ただし条件があるわ。村の行事には協力すること! あと……新作の試食は、一番最初に私に食べさせてよね?」

「ああ、契約成立だ。村長殿」

こうして俺、リアン・クラインは、ポポロ村の公認住人となった。

スローライフの第一歩。

まずは――この村の食卓を、俺の色に染め上げるとしようか。

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