EP 16
「回鍋肉は密会とスキャンダルの味」
『ポポロ屋』の厨房。
リアンは、まな板の上に鎮座する一玉の奇妙なキャベツと対峙していた。
葉の一枚一枚に、なぜか「人の顔」のようなシワがあり、口元がパクパクと動いている。
『ネタキャベツ』。
噂話を養分として育つ、タチの悪い魔界野菜だ。
「……なんだ、この気持ち悪い野菜は」
「ま、待っておくれやす! 旦那はん!」
キャベツが関西弁(京都訛り?)で叫んだ。
「わてを刻むのは待ち! わてを食べたらアカン! その代わり……『隣町の道具屋の旦那さんの、泥沼不倫情報』を教えますからァ!?」
「……は?」
「すごいネタどすえ~? 愛人はなんと、あの……」
「興味無いな」
ザクッ!!
リアンの包丁が閃いた。
躊躇ゼロ。慈悲ゼロ。
「アッーーー!!」
ネタキャベツは断末魔と共に真っ二つにされ、その後の高速千切りによって、ただの「新鮮な千切りキャベツ」へと姿を変えた。
「……リアン、お前本当にブレないな」
横で見ていたイグニスがドン引きしている。
リアンは包丁を拭きながら冷淡に言った。
「俺は料理人だ。週刊誌の記者じゃない。野菜の仕事は『美味しくなること』だ。ベラベラ喋る機能はいらん」
「ひぃぃ……(こいつ、魔王より怖ぇ)」
リアンはフライパンに火を入れた。
強火で中華鍋を熱し、油を馴染ませる。
そこに投入するのは、厚切りの『ピッグシープ』のバラ肉。
ジュワァァァァァ……!
脂の甘い香りが立ち昇る。
肉の色が変わったところで、先ほどの『ネタキャベツ(元お喋り)』と、彩りのピーマン、長ネギを一気に投入。
「味付けはこれだ」
リアンが回し入れたのは、特製の『甘辛味噌ダレ(甜麺醤ベース)』。
鍋肌で味噌が焦げ、食欲を暴走させる香ばしい匂いが爆発する。
ジャッ! ジャッ! ジャァァァン!!
鍋を煽るたびに、炎が舞う。
キャベツはシャキシャキ感を残しつつ、味噌ダレと豚の脂を全身に纏った。
「完成だ。『豚キャベツの味噌炒め(回鍋肉)弁当』」
テラテラと黒光りする味噌だれが、白米(銀シャリ)の上にドサッと乗せられる。
これは、ご飯が進まないわけがない。
「よし。さっさと魔族に売ってこい。冷めないうちにな」
リアンが弁当箱の蓋を閉める。
そこに、ニタリと笑う猫耳商人が近寄ってきた。
「へっへっへ……リアンはん、ええ仕事しまんなぁ」
ニャングルは、切り落とされたキャベツの芯(まだ少し口が動いている)を拾い上げ、耳を寄せた。
『……だんな……さんの……あいては……』
「なるほど、なるほど……」
ニャングルはメモ帳にサラサラと何かを書き込むと、不敵な笑みを浮かべた。
「えぇ『美味しいネタ』を貰いましたからな。魔族の連中は退屈しとるさかい……このネタを『おかず(肴)』にさせて、弁当を高く売りつけたるわ!」
◇ ◇ ◇
ワイズ皇国・魔導関所『ゲート・オブ・アビス』
そこは、常夜の空に紫色の雷が走る、魔族の最前線基地。
屈強なオーガや、空を飛ぶガーゴイルたちが警備に当たっていたが、彼らの表情は一様に死んでいた。
「あー……ヒマだ」
「勇者でも来ねぇかな……」
「魔王様も最近、部屋でゲームばっかだしなぁ」
平和(退屈)ボケした魔族たち。
そこに、再びイグニス(輸送機扱い)が着陸した。
ズドン!!
「な、なんだ!? 竜人族の襲撃か!?」
慌てて武器を構える魔族たち。
しかし、イグニスの背中から降り立ったのは、もみ手をする猫耳商人だった。
「まいど! ポポロ屋の出張販売でっせー!」
「あ? 弁当屋?」
魔族の隊長(牛頭のミノタウロス)が鼻を鳴らす。
「俺たちは人間の飯なんて興味ねぇんだよ。帰んな」
「まあまあ、そう言わんと。今日のメニューは『豚キャベツの回鍋肉』。こってり濃厚、スタミナ抜群でっせ?」
ニャングルが蓋を開ける。
ブワッ!
味噌とニンニク、焦がし醤油の香りが、魔族の鼻腔を直撃した。
「……ッ!?(い、いい匂いだ……魔界の食材にはない、複雑な香り……!)」
隊長の胃袋が反応する。だが、魔族のプライドが邪魔をする。
「ふん、匂いだけなら認めてやるが……俺たちが欲しいのは『刺激』なんだよ! 飯よりも、退屈を紛らわせる何かがなぁ!」
「おやおや、そうでっか?」
ニャングルは、ニヤリと笑った。
懐から一枚のメモを取り出し、ヒラヒラとさせる。
「ほな、この弁当を買ってくれた旦那さんには……**『とっておきのスキャンダル(ネタ)』**をオマケしまっせ?」
「スキャンダルだと?」
「へぇ。このキャベツが死に際に残した、隣国ルナミスの貴族のドロドロ不倫話……だけやありまへん。『魔王様が実は〇〇を集めている』という極秘情報も……」
ピクッ。
魔族たちの耳が動いた。
「魔王様の……秘密……?」
「そ、それは本当か!?」
「聞きたい! めちゃくちゃ聞きたいぞ!」
娯楽に飢えた魔族にとって、「噂話」は飯よりも美味い。
「おっと、ここから先は『弁当』を買った人だけの特典や。さあさあ、早い者勝ちでっせー!」
「買わせろォォォ!!」
「俺だ! 俺が先だ!」
「その味噌炒めと情報を寄越せェェ!」
魔族たちが殺到した。
先ほどのルナミス帝国兵とは違う、欲望に忠実な購入ラッシュだ。
「はいはい、毎度あり! 1個600円(情報料込み)やで!」
数分後。
魔族たちは回鍋肉弁当を貪り食いながら、ニャングルの語る噂話に聞き入っていた。
「うめぇぇ! この味噌ダレ、酒が進む!」
「へぇ! あそこの奥さんがそんなことを!?」
「魔王様、実は『可愛いファンシーグッズ』を集めてるって……マジかよギャップ萌えかよ!」
胃袋と好奇心、両方を満たされた魔族たちは、骨抜きにされていた。
「……すげぇな、あの猫」
イグニスが呆れながら呟く。
ニャングルは空になった弁当箱の山と、重くなった金貨袋を見て、邪悪な笑みを浮かべていた。
「ヒヒヒ……ネタは鮮度が命。料理と一緒やな!」
こうして、ポポロ屋の勢力圏は、人間界だけでなく魔界にまで浸食を開始したのだった。




