EP 15
「空飛ぶ弁当屋と、泣き崩れる国境兵」
早朝のポポロ村。
『ポポロ屋』の裏庭には、弁当箱の山が築かれていた。
「えいのえいのえいっ☆」
ルナが切り株に座り、楽しそうに世界樹の杖を振っている。
ポンッ、ポンッ、ポンッ。
ただの木片が、彼女の木工魔法によって、瞬時に美しく加工された『杉の香りがする高級曲げわっぱ(使い捨て)』に変わっていく。
「……反則だろ、それ」
リアンが呆れつつも、出来上がった箱に次々と料理を詰めていく。
本来なら容器代だけで赤字だが、ルナのおかげでコストはゼロだ。
「よし、積み込み完了だ! イグニス、飛べるか?」
「ぐぬぬ……! 俺様は輸送機じゃねぇぞ!」
イグニスの背中には、巨大な風呂敷に包まれた弁当箱(500個)と、その上に乗ったニャングルが括り付けられていた。
「文句言うなや、トカゲの兄ちゃん! これが売れれば、今日の晩飯は『特盛カツカレー』のおかわり自由やで!」
「……本当か? よし、飛ぶぞ!!」
イグニスは現金なもので、カレーという燃料を得て翼を広げた。
バサァッ!
紅蓮の竜が、朝日の中に舞い上がる。
「いってらっしゃ~い☆」
「しっかり稼いで来いよ」
リアンとルナに見送られ、一行はルナミス帝国の国境へ向かった。
◇ ◇ ◇
ルナミス帝国・第七国境検問所。
そこは、常に緊張が張り詰める最前線……のはずだったが、空気は澱んでいた。
「はぁ……またこれかよ」
見張りの兵士が、カチカチに乾燥した黒パンをかじり、泥のようなスープを啜っていた。
補給線が細いこの基地では、まともな食事が届くのは稀だ。
「肉が食いてぇなぁ……」
「夢を見るな。塩があるだけマシだろ」
兵士たちが死んだ魚のような目をしていた、その時。
ドォォォォォン!!
上空から赤い影が降下し、検問所の広場に着地した。
砂煙が舞う。
「て、敵襲かァーーッ!?」
「ドラゴンだ! 総員戦闘配置!!」
警報が鳴り響き、槍を持った兵士たちが殺到する。
だが、砂煙の中から現れたのは、ブレスを吐くドラゴンではなく――。
「まいどォ!! ゴルド商会・ポポロ支部のお届けモンでっせー!!」
白旗(商人の旗)を振りながら、満面の笑みで手を振る猫耳族の男だった。
「……は?」
隊長らしき騎士が剣を下げ、呆気にとられた。
「なんだ貴様は。ドラゴンに乗った商人だと?」
「へぇ。今日は皆様に、極上の『差し入れ』を持ってきたんですわ」
ニャングルはイグニスの背中から飛び降りると、風呂敷を解いた。
フワァァァ……。
その瞬間、検問所を支配していた汗と鉄の臭いが消し飛んだ。
代わりに漂ったのは、醤油の焦げる香ばしい匂い、炊きたての米の甘い香り、そして揚げ物の暴力的な脂の匂い。
ゴクリ。
兵士全員の喉が鳴る音が、一斉に響いた。
「な、なんだこの香りは……!?」
「パンとスープの匂いじゃないぞ……!」
ニャングルはニヤリと笑い、一つの弁当箱を開けて見せた。
「ジャジャーン! **『ポポロ・デラックス幕の内弁当』**や!」
黄金色に輝く太陽米の銀シャリ。
肉厚なロックバイソンの生姜焼き。
彩り豊かな三色ポテトサラダ。
そして、デザートのハニーかぼちゃの甘露煮。
「こ、これが……弁当……?」
「宝石箱の間違いじゃないのか……?」
隊長が震える手で、ニャングルに詰め寄った。
「き、貴様……これをいくらで売る気だ? 金貨一枚(10万円)か? それとも魂か?」
「いいえ、いいえ」
ニャングルは、指を5本立てた。
「たったの500円でっせ」
「!!??」
時が止まった。
次の瞬間、検問所が揺れた。
「や、安いィィィィ!!」
「俺にくれ! 俺が先だ!」
「給料袋ごと持ってけェェ!!」
兵士たちが財布を握りしめて殺到した。
空腹の軍隊は、もはや飢えた獣の群れだ。
「はいはい、並んで並んで! 数はありまっせー!」
「俺様を押すな! ブレス吐くぞコラァ!」
イグニスが交通整理(物理)をし、ニャングルが高速で小銭を回収していく。
◇ ◇ ◇
数分後。
広場には、弁当箱を抱えて号泣する兵士たちの姿があった。
「うめぇ……! 冷めてるのに、肉が柔らかい……!」
「母ちゃん……俺、今、人間らしい飯を食ってるよ……」
「このポテトサラダ、マンドラの悲鳴が聞こえるような活きの良さだ……最高だ!」
隊長もまた、一口食べるごとに涙を流していた。
「この味……ルナミスの宮廷料理より美味いかもしれん。……おい、商人!」
「へい!」
「明日は来るのか? いや、毎日来てくれ! 我々の胃袋は、もう貴様らの捕虜だ!」
「おおきに! ご贔屓に!」
完売。
500個の弁当は、わずか10分で消滅した。
帰り道、イグニスの背中で、ニャングルは重くなった小銭袋(売上25万円)を抱きしめていた。
「ヒヒヒ……チョロいで。チョロすぎるで、人間ども!」
「……お前、本当に悪徳商人の顔になってるぞ」
「アホ言え! これは『平和活動』や。見てみぃ、あいつらの幸せそうな顔」
眼下では、満腹になった兵士たちが、武器を置いて昼寝を始めていた。
殺伐とした国境に、平和な時間が訪れている。
「ま、リアンの飯を食ったら、戦う気力なんて起きねぇよな」
イグニスは苦笑し、ポポロ村へと翼を羽ばたかせた。
第一弾作戦、大成功である。




