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絶望人生にさようなら、人間にして魔王に転ず。  作者: 御歳 逢生
第二章 極寒の王国~ハイランド王国編~
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第二十一話 氷の森に灯る輝き


霧の垂れこめる森に、踏みしめる草の音が微かに響いていた。

ヤゴリが先頭に立ち、ナコビとメザカモがその後に続く。

彼らの歩みは慎重だった。空気は重く、獣の気配すらひそやかで……。

それがかえって、何かが「息を潜めている」ことを感じさせた。


「……間違いない。この先だ。あいつらの匂いがする。」


ナコビが耳をぴくりと動かし、鼻先で空気を探る。

風に混じって、鉄のにおい、岩のにおい、そして懐かしい火薬と油の香りがあった。


ヤゴリは頷き、言葉を絞り出すように言った。


「この森に身を潜めていたとはな……。ギムロック、ベルデン、それにラステン……生きていやがったか。」


「生きてて、ずっとここにいたのか……。あの大戦が終わってからずっと……。」


メザカモがぽつりと呟いた。

かつての大戦。かつての魔王たちが幾度となく倒れ、魔族たちが散り散りになった。


雪が積もった木々の合間に、ひっそりと建てられた木造の柵が見えた。

そこには炉の煙が微かに立ち上り、小さな鉄鎚の音が遠く響いていた。

まるで、世界に背を向けたように、その場所だけが時を止めていた。


「……懐かしい匂いだな。」


ナコビが小さく笑った。


そのとき、ひとつの影が樹の陰から現れた。

分厚い前掛けをつけた小柄な男。ドワーフのギムロックだった。

髭には霜と灰が混じり、瞳には光が宿っていた。


「……おいおい……。まさか夢でも見てるんじゃねえだろうな。

 ヤゴリにナコビ、それにメザカモ……。お前ら、まだくたばってなかったのか。」


「言うなよ。こっちの台詞だ、ギムロック。」


ヤゴリが苦笑する。懐かしさと、ほのかな嬉しさがその声音に滲んでいた。


やがて、背後から石の巨体がぬうっと現れる。

ゴーレムのラステンだった。無口なその目が、どこか安堵の色を宿していた。


「十年ぶりか……。いや、それ以上か。全員そろって再会できるなんてな。」


ギムロックがごつごつとした木の椅子に腰を下ろし、手元の鉄瓶から湯を注いだ。

湯気の向こうに浮かぶ顔には、皮肉とともに懐かしさがにじむ。


「まさか、まだ鍛冶やってるとは思わなかったぜ。」


ナコビが小さな茶椀を受け取りながら笑う。


「他にやることもねえ。戦争が終わりゃ、俺たちゃ鍛冶屋に戻るしかねえだろ。

 ……そう思ってたさ、あの日まではな。」


ギムロックの視線が、炉の奥の炎へと沈んでいく。

その目には、燃え尽きぬ怒りと、燻る悲しみがあった。


「ラステン、お前も……。」


メザカモが振り向く。無言のゴーレムは静かに頷いた。

長い腕を組み、どっしりと腰を下ろしている。

石の身体に刻まれた無数の傷が、彼の過去を語っていた。


「……ここでの暮らしは?」と、ヤゴリが尋ねる。


「生きるだけで、精一杯さ。だが、ただ生きてるわけじゃねえ。あいつらを、忘れたわけじゃねえ。」


ギムロックの声が低くなる。


「あいつら……?」


「ヴァレックと、シヴァルたちだ。あいつらも一緒にこのハイランド王国へと逃げてきた。

 それが三年前、偵察に出たきり戻らねぇ。ハイランド城に囚われたんだ。

 あの城に入ったっていう情報だけが、風に紛れて届いたんだ。」


ラステンが、石の掌をゆっくりと上げる。

そこに刻まれた紋章……かつて彼ら4種族が共に戦った証が、淡く輝いた。


「……俺たちも、いずれは動くつもりだった。」


ギムロックが吐き出すように言った。


「だが、足りねえんだ……戦力も、気力も、希望もな。」


ナコビがふと口を閉ざし、焚き火の炎を見つめた。

数秒後、ぽつりと語る。


「……聞こえたんだよ、俺たちにも。あの声が。」


ギムロックが目を細める。


「魔王オべリス様の声か?」


「お前ら知っているのか!? 魂に直接響いた。言葉じゃない……魔族領から聞こえた声だ。

 『ならばもう一度、我らは共に進もう』ってな。」


その瞬間、ラステンがぴたりと動きを止めた。

石の瞼の奥に灯る光が、わずかに揺れた。


「お前ら……あのオべリスというやつを知っているのか?」


ギムロックの言葉に、ヤゴリが頷く。


「魔王オべリス様はわいらに希望や力や住むところさえくださった。

 あの宣戦布告の声はまるで、胸の奥に火が灯るような声だった。

 忘れかけてた“誇り”や“怒り”が、ぶわっと蘇ってきた。」


「……まったく、厄介なやつだぜ。そういうことか。お前ら姿が少し変わっていたのは。」


ギムロックがため息まじりに笑う。


「その声を聞いたとき、俺は……戦う理由をまた思い出しちまった。

 死んだ仲間たちの顔まで、くっきりな。」


「だから来たんだ。再び立ち上がるために、まずはあんたらに声をかけに来た。

 ヴァレックとシヴァルも、今もまだ……。」


ナコビの声が震える。


「うらたちを、信じてくれてるはずだ。ルーデンもまた強くなって魔王オべリス様のところにいる。」


しばしの静寂。そして、ラステンが重々しく頷いた。


「あのルーデンが、か……。ならば、行こう。

 仲間を迎えに。戦火の中で散った誇りを、もう一度取り戻すために。」



夜が深くなるにつれて、焚き火の炎は小さく、しかし確かに燃え続けていた。

光と影の中で、ドワーフのギムロックとゴーレムのラステンが向かい合い、旧き仲間たちの言葉に耳を傾けていた。


ギムロックが、ふいに立ち上がる。

頑丈な腕で斧の柄を軽く叩くと、焚き火の火花が空に舞った。


「いいだろう。俺たちも、もうこれ以上ただ息をしてるだけの生き延びに甘んじちゃいられねぇ。

 それに、その魔王オべリスというやつも見てみたいしな。」


「……仲間を、迎えに行こう。」


ラステンの低く静かな声が、それに応えるように響く。

ドワーフとゴーレム。全く異なる種族でありながら、かつて同じ戦場でルーデンと肩を並べ、同じ時代の風に吹かれた者たち。

彼らの瞳には、再びあの頃と同じ炎が宿り始めていた。


「ハイランド城に囚われてるのは、ガーゴイルのヴァレックと、雪豹(アンシア)族の戦士たちだ。」


メザカモが声を落として言う。


「城は人間どもが要塞化してる。救出は容易じゃない。」


「無理なら、やらねぇ。やると決めたら、確実にやる。それが俺たちの流儀だ。」


ギムロックが皮肉めいた笑みを浮かべる。

その目に浮かぶのは、仲間を救うという使命。

そして、久しく感じなかった、生きる意味の実感。


「それと……あの声だ。」


誰からともなく呟かれたその言葉に、焚き火の音が一瞬止まったような気がした。

魂の奥底を揺るがせた声。

かつての旧友ルーデンに勝る力を持ち、それ以上に意味を伴った存在、魔王オべリス。


ギムロックが真顔で言う。


「その魔王オべリスとやら。ルーデンの後を継ぎ、俺たちに再び戦場を示した。

 その真意、確かめさせてもらうぜ。」


「ギムロックたちはここに残れ。救出は3人でやる。」


「…そんなこと耐えられるか! 俺たちも戦う!」


「だめだ。無駄な犠牲は出したくない。それに少数の方が動きやすい。ここで待っていてくれ。」


ギムロックたちは苦々しい顔をした。


「足手まといか…。生きて帰ってきてくれよ。ヴァレックとシヴァルたちを頼む。」


「うむ。任された!」


ラステンの足元に、どっしりとした小さな岩が転がる。

それは彼の身体の一部、仲間たちの核である石だった。

ゴーレムたちはそれを受け取って、静かに立ち上がる。

言葉少なくとも、意志は確かだった。


こうして、夜の森で再び結ばれた旧き戦友たち。

かつての誇りと共にヤゴリ、ナコビ、メザカモは歩き出す。


目指すはハイランド城。

囚われた仲間たちを救い出すために。


そしてその先にいる、魂に声を響かせる魔王オべリスの真意に触れるために。

お読みいただきありがとうございます。


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