11・最終話
警察の隠れ家突撃によりバルチャーは逃亡、舎弟二名は逮捕された。
邪魔者がいなくなり喜ぶジェスロ組長だったが、今度はその警察が邪魔者になる。
ジェスロは執拗な取り調べを受けていた。
「おい! リックをどこに隠したんだ? バルチャーをやったのはリックだろ! 知らないとか…よくも白々しいこと…!」
「リックがやったと言うんでしたら、当の本人を捕まえて調べればいいじゃないですか」
警察は組員の居場所を知らないはずがないと思っている。しかし、脱獄してからのリックの行動を、ジェスロは全く何も知らない。バルチャーを襲ったことは良かったが、仕留め損ねてこんなとばっちりを受けては大迷惑だ。いっそ、二度と戻ってこなけりゃいい…
「なぁ、ジェスロさん。リックはうちでも指名手配されてる犯罪者だ。もしも、かくまってるんなら、おたくの仕事も自由に出来んようになってもらおうかね…」
脅しだ。世論の指示を受けて、警察は市民の正義の味方と讃えられている。これまでのマフィアとの抜き差しならない関係を、無かったことにする気だ。この地で長年続いてきた持ちつ持たれつの関係を、そう簡単に無くせると思っているのか…馬鹿にしやがって!
「ほう! あんた…いつから俺達を脅せるほど偉くなったんや?」
どちらが取り調べられているのかわからない。ジェスロの態度に怯む気配はみじんも無かった。その態度に警察署長は怒りに頬をひきつらせながら、皮肉たっぷりに言い返した。
「時代は変わったんじゃ! いつまでも警察舐めとったらあかんぞ!」
ヴィト・サリバンがいつものように仕事に取りかかろうとしていると、ある人物が訪ねてきた。リックだ。髪も顔色も服装も、今はボロボロだった。
「どうした?」
「はい…ヴィトさんには、一度ちゃんと挨拶しなくちゃと思いまして…」
ヴィトの元にも噂は流れてきている。
「ここで話すのもなんだから…俺の行きつけの店で一杯奢るよ」
ヴィトがリックを連れて店に行くと、すぐに席に案内された。ホステスの女の子をはべらせて酒を飲んでいると、ホステスの一人がリックの拳銃に気づいた。
「まぁ! すっごーい! なにこれ!」
酒が入っていい気分になっているせいか、リックは得意げに拳銃を見せびらかす。
「これ? これは俺のパンツァー戦車じゃ!」
「わぁ! 私にも見せて!」
「私にも!」
急にかしましくなるのを見て、ヴィトがホステス達に声をかける。
「お前達、少し席外してくれ」
たちまちホステス達は席を外し、リックも真面目な顔になる。
「お前、いつまでオックス組にいるんだ? 今ならまだ間に合うから、俺の組に来い。仕事ならあるから…」
視線をグラスに向けたまま、じっとヴィトの話を聞いている。ヴィトは話を続ける。
「なんなら、姪っ子連れてニューヨークに逃亡させてやってもいいんだぞ」
「いや…俺の方は組でしっかり段取りできてますし…それに…俺、ニュージャージーを離れたくないんです」
まだ、そんなこと言っているのか。
「そうか…」
ヴィトは少し残念そうだった。果たしてジェスロ組にリックの居場所があるのだろうか。自己保身の塊のジェスロが、指名手配のリックをかばうだろうか。かつて、フランク組長に騙されて何もかも失ったヴィトは、利用されているように思えるリックが心配だった。
そこへ、遠慮がちにホステスがやってきた。
「あの…リックさん、お電話です。ジェスロさんから…」
案内されて店の奥の電話に出ると
「はい、リックです」
「おぅ、リック、俺だ」
間違いない、ジェスロの声だった。
「実は、ハワードが仮釈放で出てきとるんだが…あいつは口が軽いのが心配でなぁ。リック、お前…俺の話とあいつの話、どっちを信じる?」
電話は一方的に切られてしまった。ジェスロの話とハワードの話、どちらを信じる? 刑務所でハワードから聞いた話は、ジェスロがリックとカロリーヌを別れさせようとしていると。ジェスロはカロリーヌに会わせてくれた、ハワードは口が軽いと。
リックは黙って考えこみ、やがてふらりと店を出て行ってしまった。
店を出て行くリックの後ろ姿に、あわててヴィトが追いかける。
「リック! リック!」
しかし、店の外にはリックの姿はなかった。
(バカが! ここを出てしまったら…もう俺にはお前を助けることはできない…できないんだぞ!)
リックを惜しむヴィトの思いは、暗闇に消えていった。
雨が降っている。
リックはハワードのアパートに来ていた。突き動かされるように走って来たため、息が荒い。
窓から覗くとハワードと妻の姿が見える。よりを戻したのか二人は笑いあい、幸せそうに抱き合っている。
リックは拳銃を取り出すと、ハワードの心臓を狙う。
ドキュッン! ドキュッン!
弾はハワードの身体を貫いた。
1980年 ハワード・ストラダム 死亡
リックはヴィクターの家まで走って逃げた。玄関のドアを必死に叩く。やがて
「…誰だ?」
ヴィクターの声だ。
「…俺です」
リックの声に、すぐにドアが開けられ、引き入れられる。
「リック! どうした?」
「水…くれませんか…」
ただならぬ様子のリックに、とりあえず水の入ったコップを渡す。2杯飲んで、ようやく落ちついた頃合いを見てヴィクターが尋ねた。
「お前、何があったんだ?」
返事はすぐに返ってこなかった。力なく呟かれた答えは
「…叔父貴を…殺ってきました」
「? …叔父貴?」
ヴィクターにはとっさに誰のことなのか分からなかった。やがて、それがハワードのことだと気づき、信じられなかった。
「まさか! ハワードか!」
リックがうなずく。なぜリックがハワードを殺すのか、ヴィクターには訳がわからない。もし理由があるとすれば…まさか!
「バカ野郎! 刑務所でハワードがお前に言ったことは、本当のことだ! カロリーヌから縁談の悩み事を相談されたのも、脱獄したお前の行方を探させたのも、組事務所にカロリーヌを連れ戻したのも、全部俺がやったことだ…バカ野郎が…」
そう言って怒りと悔しさにヴィクターは唇を噛みしめていた。
リックは呆然とするしかなかった。
「…殺すなら、俺を殺せ! さぁ!」
顔を紅潮させ、自分の胸元を叩いて激昂するヴィクターを前にして、リックはもう何を信じればいいのか分からなくなり、その場にへたりこんでしまった。
やがて、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。
「…待ってな。俺が安全な場所に連れて行ってやる…」
ヴィクターはリックに声をかけると、車の用意のため外に出て行く。
リックは魂が抜けたようにふらりと立ち上がると、ヴィクターの家を出て行ってしまった。
降りしきる雨の中、リックはボロボロでただ歩き続けている。
「おい! 君!」
不意に警察官に呼び止められた。
とっさに拳銃を突きつけ、引き金を引く。
カチッ、カチッ 弾は無い。
「ぅわああぁぁ!」
警察官は驚いて叫び、リックは逃げ出した。
すぐに拳銃を所持した不審者を探して、パトカーが出動する。
リックは逃げまわるうちにボロアパートにたどり着き、空き部屋に隠れることにした。クローゼットに身を潜める。アパートは深夜のせいか無人なのか、静まりかえっている。
しばらくすると、靴音と共に警察官の声が聞こえてきた。
「すいません! 誰かいませんか?」
「…おい…誰もいなさそうだぞ」
「ほか探しますか…」
コツ、コツと靴音が遠ざかっていく。
警察官の気配がなくなったところで、ようやくリックはクローゼットから出た。街灯の明かりを頼りに、拳銃の弾を確認する。残り一発。リックの肩がガクリと落ちた。
遠くからまた警察官の声が聞こえる。
「住民の皆さん、ここに拳銃を持った殺人鬼が隠れています。避難してください」
住民達はぞろぞろと外に避難する。
一人だけになったリックは煙草を吸おうとしたが、ライターがオイル切れで火がつかない。前にもこんなことがあった…あの時はカロリーヌがつけてくれた…カロリーヌ…カロリーヌ…
ジェスロ組事務所にヴィトが訪れていた。やはりリックのことが気になったためだった。
しかし、リックはヴィクターの家を出て行ってから行方不明だった。
ハワードを殺して逃げているため、事務所は微妙な雰囲気に包まれていた。
不意にカロリーヌが席を立った。
「カロリーヌ!」
心配のあまり探しに行こうとする姪を、即座にジェスロが呼び止める。
「どこ行くんじゃ! カロリーヌ」
組員に行動を阻まれて、カロリーヌはジェスロに懇願する。
「叔父さん、なんとかならんの? お願いです…なんとかしてください!」
「落ち着け! 来るべき時が来たんだ! 今さら俺に何ができるんじゃ?」
突き放すような言葉にカロリーヌは絶望し、諦め切れずに食ってかかる。
「叔父さん! なんで助けに行ってやらんの? あの人がしてきたことは、みんな叔父さん達がやらせたことじゃないの。叔父さんが筋通すべきでしょ! 叔父さん! 男らしく自首してください!」
「バカタレが!」
パシッ、ジェスロに頬をひっぱたかれた。カロリーヌはにらみ返すと外に出て行こうとするが、組員に取り押さえられてしまった。
「あんた達もうちの人と同罪でしょ? 人殺しだってやってきたでしょ? うちの人を見殺しにするんだったら、あんた達も自首しなさい! さぁ! さっさと自首しなさいよ! ぅ…ぅぁああああ…ああああ!」
苦しい胸の内を叫び、金切り声をあげて泣きくずれる。ヴィトはリックを救えない自分の無力さをかみしめて、ただ深々と彼女に頭を下げるのだった。
警察はリックの捜索を続けていた。不審者が見つかった場所を中心に、総力をあげて探しているが、まだ発見できていない。リックらしき人物も不審者も、その後の足取りが全くつかめていない。
「…この辺りにはもういないのでは…」
「バカ! そう遠くに逃げられるわけないだろ! 周りをよく探せ!」
そんな警察を遠くに、リックはボロアパートの空き部屋にいた。時間の感覚も痛みも感情も、すべてがぼんやりと感じられる。水が流れる音がして蛇口の水を飲む。麻薬を打とうと注射器を出すが、薬がもうなかった。
「…うぅぅぅぅぅ…」
注射器を握り潰すと破片で手が血まみれになる。麻薬がなくなった絶望感にリックは泣きくずれた。
どのくらいたったのか、リックは建物の中を歩き小麦粉の袋を見つけた。小麦粉を鼻につけて座り込む。人を殺した後にする口笛を、そっと吹いてみる。雨が降るのを聞きながら、もう一度拳銃の弾を確認する。リックは拳銃を口に咥えると、引き金を引いた。
1980年 リック・コーネル 拳銃自殺
その後、リックの葬式が執り行われ、ヴィトも参列した。リックの給付金は全てジェスロの組が受け取った。
フランク組長も参列しており、挨拶をしたが無視されてしまう。しかも、ヴィトにあてつけるように
「リックという男は、男の中の男やなぁ」
隣の幹部と話してみせる。
「本当になぁ。周りに迷惑かけん男とジェスロさんが表彰ものじゃいうとったぞ」
二人でほめちぎっていた。
ヴィトがジェスロ組長を見ると、ジェスロは女の子達を隣に座らせてやに下がっている。リックを思い、胸にわいてくる怒りや悲しみをどうにもできず、煙草を吸ってごまかすのだった。
カロリーヌはジェスロの息子と再婚するが、暴力癖のある男だった。娘ミクの幸せを願った再婚だったが、そのささやかな願いは無惨にも打ち砕かれる。
「ミク…お父さんのところに行こう…」
大量の睡眠薬を飲ませてカロリーヌは母子心中したのだった。
数年後、リックの墓をおとずれる者は誰もいなかった。
激動の時代は更に激しくなり、容赦なく若い命を犠牲にしていく。
読んでいただきありがとうございました。
第3章は9月頃予定です。




