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仁義の死闘 ~Mafia War~  作者: レイ・R・チャールズ
ベトナム訓練兵 死闘編
26/44

11・最終話

 警察の隠れ家突撃によりバルチャーは逃亡、舎弟二名は逮捕された。

 邪魔者がいなくなり喜ぶジェスロ組長だったが、今度はその警察が邪魔者になる。

 ジェスロは執拗な取り調べを受けていた。

「おい! リックをどこに隠したんだ? バルチャーをやったのはリックだろ! 知らないとか…よくも白々しいこと…!」

「リックがやったと言うんでしたら、当の本人を捕まえて調べればいいじゃないですか」

 警察は組員の居場所を知らないはずがないと思っている。しかし、脱獄してからのリックの行動を、ジェスロは全く何も知らない。バルチャーを襲ったことは良かったが、仕留め損ねてこんなとばっちりを受けては大迷惑だ。いっそ、二度と戻ってこなけりゃいい…

「なぁ、ジェスロさん。リックはうちでも指名手配されてる犯罪者だ。もしも、かくまってるんなら、おたくの仕事も自由に出来んようになってもらおうかね…」

 脅しだ。世論の指示を受けて、警察は市民の正義の味方と(たた)えられている。これまでのマフィアとの抜き差しならない関係を、無かったことにする気だ。この地で長年続いてきた持ちつ持たれつの関係を、そう簡単に無くせると思っているのか…馬鹿にしやがって!

「ほう! あんた…いつから俺達を脅せるほど偉くなったんや?」

 どちらが取り調べられているのかわからない。ジェスロの態度に怯む気配はみじんも無かった。その態度に警察署長は怒りに頬をひきつらせながら、皮肉たっぷりに言い返した。

「時代は変わったんじゃ! いつまでも警察舐めとったらあかんぞ!」

 

 ヴィト・サリバンがいつものように仕事に取りかかろうとしていると、ある人物が訪ねてきた。リックだ。髪も顔色も服装も、今はボロボロだった。

「どうした?」

「はい…ヴィトさんには、一度ちゃんと挨拶しなくちゃと思いまして…」

 ヴィトの元にも噂は流れてきている。

「ここで話すのもなんだから…俺の行きつけの店で一杯奢るよ」

 ヴィトがリックを連れて店に行くと、すぐに席に案内された。ホステスの女の子をはべらせて酒を飲んでいると、ホステスの一人がリックの拳銃に気づいた。

「まぁ! すっごーい! なにこれ!」

 酒が入っていい気分になっているせいか、リックは得意げに拳銃を見せびらかす。

「これ? これは俺のパンツァー戦車じゃ!」

「わぁ! 私にも見せて!」

「私にも!」

 急にかしましくなるのを見て、ヴィトがホステス達に声をかける。

「お前達、少し席外してくれ」

 たちまちホステス達は席を外し、リックも真面目な顔になる。

「お前、いつまでオックス組にいるんだ? 今ならまだ間に合うから、俺の組に来い。仕事ならあるから…」

 視線をグラスに向けたまま、じっとヴィトの話を聞いている。ヴィトは話を続ける。

「なんなら、姪っ子連れてニューヨークに逃亡させてやってもいいんだぞ」

「いや…俺の方は組でしっかり段取りできてますし…それに…俺、ニュージャージーを離れたくないんです」

 まだ、そんなこと言っているのか。

「そうか…」

 ヴィトは少し残念そうだった。果たしてジェスロ組にリックの居場所があるのだろうか。自己保身の塊のジェスロが、指名手配のリックをかばうだろうか。かつて、フランク組長に騙されて何もかも失ったヴィトは、利用されているように思えるリックが心配だった。

 そこへ、遠慮がちにホステスがやってきた。

「あの…リックさん、お電話です。ジェスロさんから…」

 案内されて店の奥の電話に出ると

「はい、リックです」

「おぅ、リック、俺だ」

 間違いない、ジェスロの声だった。

「実は、ハワードが仮釈放で出てきとるんだが…あいつは口が軽いのが心配でなぁ。リック、お前…俺の話とあいつの話、どっちを信じる?」

 電話は一方的に切られてしまった。ジェスロの話とハワードの話、どちらを信じる? 刑務所でハワードから聞いた話は、ジェスロがリックとカロリーヌを別れさせようとしていると。ジェスロはカロリーヌに会わせてくれた、ハワードは口が軽いと。

 リックは黙って考えこみ、やがてふらりと店を出て行ってしまった。

 店を出て行くリックの後ろ姿に、あわててヴィトが追いかける。

「リック! リック!」

 しかし、店の外にはリックの姿はなかった。

(バカが! ここを出てしまったら…もう俺にはお前を助けることはできない…できないんだぞ!)

 リックを惜しむヴィトの思いは、暗闇に消えていった。

 

 雨が降っている。

 リックはハワードのアパートに来ていた。突き動かされるように走って来たため、息が荒い。

 窓から(のぞ)くとハワードと妻の姿が見える。よりを戻したのか二人は笑いあい、幸せそうに抱き合っている。

 リックは拳銃を取り出すと、ハワードの心臓を狙う。

 ドキュッン! ドキュッン!

 弾はハワードの身体を貫いた。

 

 1980年 ハワード・ストラダム 死亡

 

 リックはヴィクターの家まで走って逃げた。玄関のドアを必死に叩く。やがて

「…誰だ?」

 ヴィクターの声だ。

「…俺です」

 リックの声に、すぐにドアが開けられ、引き入れられる。

「リック! どうした?」

「水…くれませんか…」

 ただならぬ様子のリックに、とりあえず水の入ったコップを渡す。2杯飲んで、ようやく落ちついた頃合いを見てヴィクターが尋ねた。

「お前、何があったんだ?」

 返事はすぐに返ってこなかった。力なく呟かれた答えは

「…叔父貴を…殺ってきました」

「? …叔父貴?」

 ヴィクターにはとっさに誰のことなのか分からなかった。やがて、それがハワードのことだと気づき、信じられなかった。

「まさか! ハワードか!」

 リックがうなずく。なぜリックがハワードを殺すのか、ヴィクターには訳がわからない。もし理由があるとすれば…まさか!

「バカ野郎! 刑務所でハワードがお前に言ったことは、本当のことだ! カロリーヌから縁談の悩み事を相談されたのも、脱獄したお前の行方を探させたのも、組事務所にカロリーヌを連れ戻したのも、全部俺がやったことだ…バカ野郎が…」

 そう言って怒りと悔しさにヴィクターは唇を噛みしめていた。

 リックは呆然とするしかなかった。

「…殺すなら、俺を殺せ! さぁ!」

 顔を紅潮させ、自分の胸元を叩いて激昂するヴィクターを前にして、リックはもう何を信じればいいのか分からなくなり、その場にへたりこんでしまった。

 やがて、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。

「…待ってな。俺が安全な場所に連れて行ってやる…」

 ヴィクターはリックに声をかけると、車の用意のため外に出て行く。

 リックは魂が抜けたようにふらりと立ち上がると、ヴィクターの家を出て行ってしまった。

 

 降りしきる雨の中、リックはボロボロでただ歩き続けている。

「おい! 君!」

 不意に警察官に呼び止められた。

 とっさに拳銃を突きつけ、引き金を引く。

 カチッ、カチッ 弾は無い。

「ぅわああぁぁ!」

 警察官は驚いて叫び、リックは逃げ出した。

 すぐに拳銃を所持した不審者を探して、パトカーが出動する。

 リックは逃げまわるうちにボロアパートにたどり着き、空き部屋に隠れることにした。クローゼットに身を潜める。アパートは深夜のせいか無人なのか、静まりかえっている。

 しばらくすると、靴音と共に警察官の声が聞こえてきた。

「すいません! 誰かいませんか?」

「…おい…誰もいなさそうだぞ」

「ほか探しますか…」

 コツ、コツと靴音が遠ざかっていく。

 警察官の気配がなくなったところで、ようやくリックはクローゼットから出た。街灯の明かりを頼りに、拳銃の弾を確認する。残り一発。リックの肩がガクリと落ちた。

 遠くからまた警察官の声が聞こえる。

「住民の皆さん、ここに拳銃を持った殺人鬼が隠れています。避難してください」

 住民達はぞろぞろと外に避難する。

 一人だけになったリックは煙草を吸おうとしたが、ライターがオイル切れで火がつかない。前にもこんなことがあった…あの時はカロリーヌがつけてくれた…カロリーヌ…カロリーヌ…

 

 ジェスロ組事務所にヴィトが訪れていた。やはりリックのことが気になったためだった。

 しかし、リックはヴィクターの家を出て行ってから行方不明だった。

 ハワードを殺して逃げているため、事務所は微妙な雰囲気に包まれていた。

 不意にカロリーヌが席を立った。

「カロリーヌ!」

 心配のあまり探しに行こうとする姪を、即座にジェスロが呼び止める。

「どこ行くんじゃ! カロリーヌ」

 組員に行動を(はば)まれて、カロリーヌはジェスロに懇願する。

「叔父さん、なんとかならんの? お願いです…なんとかしてください!」

「落ち着け! 来るべき時が来たんだ! 今さら俺に何ができるんじゃ?」

 突き放すような言葉にカロリーヌは絶望し、諦め切れずに食ってかかる。

「叔父さん! なんで助けに行ってやらんの? あの人がしてきたことは、みんな叔父さん達がやらせたことじゃないの。叔父さんが筋通すべきでしょ! 叔父さん! 男らしく自首してください!」

「バカタレが!」

 パシッ、ジェスロに頬をひっぱたかれた。カロリーヌはにらみ返すと外に出て行こうとするが、組員に取り押さえられてしまった。

「あんた達もうちの人と同罪でしょ? 人殺しだってやってきたでしょ? うちの人を見殺しにするんだったら、あんた達も自首しなさい! さぁ! さっさと自首しなさいよ! ぅ…ぅぁああああ…ああああ!」

 苦しい胸の内を叫び、金切り声をあげて泣きくずれる。ヴィトはリックを救えない自分の無力さをかみしめて、ただ深々と彼女に頭を下げるのだった。

 

 警察はリックの捜索を続けていた。不審者が見つかった場所を中心に、総力をあげて探しているが、まだ発見できていない。リックらしき人物も不審者も、その後の足取りが全くつかめていない。

「…この辺りにはもういないのでは…」

「バカ! そう遠くに逃げられるわけないだろ! 周りをよく探せ!」

 そんな警察を遠くに、リックはボロアパートの空き部屋にいた。時間の感覚も痛みも感情も、すべてがぼんやりと感じられる。水が流れる音がして蛇口の水を飲む。麻薬を打とうと注射器を出すが、薬がもうなかった。

「…うぅぅぅぅぅ…」

 注射器を握り潰すと破片で手が血まみれになる。麻薬がなくなった絶望感にリックは泣きくずれた。

 どのくらいたったのか、リックは建物の中を歩き小麦粉の袋を見つけた。小麦粉を鼻につけて座り込む。人を殺した後にする口笛を、そっと吹いてみる。雨が降るのを聞きながら、もう一度拳銃の弾を確認する。リックは拳銃を口に咥えると、引き金を引いた。

 

 1980年 リック・コーネル 拳銃自殺

 

 その後、リックの葬式が執り行われ、ヴィトも参列した。リックの給付金は全てジェスロの組が受け取った。

 フランク組長も参列しており、挨拶をしたが無視されてしまう。しかも、ヴィトにあてつけるように

「リックという男は、男の中の男やなぁ」

 隣の幹部と話してみせる。

「本当になぁ。周りに迷惑かけん男とジェスロさんが表彰ものじゃいうとったぞ」

 二人でほめちぎっていた。

 ヴィトがジェスロ組長を見ると、ジェスロは女の子達を隣に座らせてやに下がっている。リックを思い、胸にわいてくる怒りや悲しみをどうにもできず、煙草を吸ってごまかすのだった。

 

 カロリーヌはジェスロの息子と再婚するが、暴力癖のある男だった。娘ミクの幸せを願った再婚だったが、そのささやかな願いは無惨にも打ち砕かれる。

「ミク…お父さんのところに行こう…」

 大量の睡眠薬を飲ませてカロリーヌは母子心中したのだった。

 

 数年後、リックの墓をおとずれる者は誰もいなかった。

 激動の時代は更に激しくなり、容赦なく若い命を犠牲にしていく。 

 

 

読んでいただきありがとうございました。

第3章は9月頃予定です。

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