表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたご銀河の物語(改訂版)  作者: 日向 沙理阿
9/72

ダルシア帝国の継承者 9

 ヘイダール要塞を攻撃してきた時と同じく突然攻撃を止めたゼノン帝国艦隊から、通信があった。



「私は、ゼノン帝国艦隊司令官ヴァン・ガル・ダル。攻撃は、待って欲しい。我々は、タレス連邦の指名手配犯タリア・トンブンを引き渡すことを要請しているのだ」

と、言って来た。



 気のせいか、先程よりも口調が丁寧になっている。



「タリア・トンブンは渡せません。彼女はダルシア帝国の者です」

と、ディポックは言った。


「そ、それならば、話をさせてくれ、聞きたいことがあるのだ」

「何を聞きたいのです?この要塞では、何の罪も無いのに、無理矢理話をさせるようなことは許可できません」

「大事なことなのだ。これは、ジル星団にとって、とても重要なことなのだ」

「重要なこととは何です?この要塞を力ずくで攻撃してまでしたいというのは、どんなことだというのです?」

「わかった。攻撃したのは、こちらの落ち度だ。もともと、要塞を攻撃する意図はなかったのだ。ただ、そちらがタリア・トンブンを渡さないというので、仕方なく力に訴えたのだ」



 ゼノン帝国の者たちの話というのは、大抵こんなものだった。つまり、力ずくで駄目な場合は、こうして急に下手に出て、事を運ぼうとする。

 だが、話をしている間にも相手の魔術師は策を練り、次の魔術を仕掛けてくるつもりなのだ。


 バルザス提督は、ゼノンの魔術師の掛けた探知の魔法を利用して、相手の魔法を探知しようとしていた。



「今度は何をするつもりかしら?」

と、タリアは言った。



 ゼノン帝国のやり方はタリアにはわかっていた。この話し合いは、単なる時間稼ぎにすぎないということだ。



「何か知っているのか?」

と、ウル・フェリスグレイブ要塞防御指揮官が、タリアに聞いてきた。


「いえ、私は何も知りません。ただ、ゼノン帝国艦隊の魔術師は、カウベリアが連れてきた魔術師よりも強力だというのは、わかります」

「魔術師?」

と、グリンが言った。



 ディポックにもその声が聞こえた。思わず耳をそばだてる。



 横目でバルザスを見て、

「先程の攻撃は艦隊の主砲のようでしたけど、それだけではありませんでした。あれには、魔術師の魔法が加算されていたようですから」

と、タリアは言った。



 バルザスは、タリアの言葉を肯定も否定もしなかった。

 今ここで魔法の存在を訴えても信用されないことはわかっていた。あまりそれを強調すると、余計な疑念が湧く恐れがあった。



「ほう、魔法か。それで、あれほどの威力があったのか」



 フェリスグレイブの馬鹿にしているような言い方がタリアの疳に障った。

 この要塞では本気で魔法を信じる者はまだいないのだ。TP等の能力者からして、ロル星団ではほとんどいないと聞くから、腹を立てても仕方がないと彼女は思った。

 それにしても、ゼノンの魔術師の魔法を二度も返した、バルザスの力は彼女にとっても驚きだった。あれは、リドス連邦王国の魔法なのだろうか。

 彼はタリアも知っているようにロル星団の銀河帝国からの亡命者だった。ジル星団に来てほんの数年にしかならないはずだった。ロル星団では魔法使いはいないという。それなのに、どうして彼はそんな強力な魔法を使えるのだろうかと不思議に思った。



「わかりました。話し合いには応じましょう」

と、ディポック司令官はゼノン帝国艦隊司令官に言った。




 ゼノン帝国艦隊司令官ヴァン・ガル・ダルが、側近を一人連れて要塞に来ることにディポックは同意した。そして、彼らはシャトルでやってくることになった。



「側近も一緒ですか?」

と、バルザスは言った。


「魔術師を連れてくるとでもいいたげですな」

と、フェリスグレイブは言った。


「さあ、それはなんとも……」

「ですが、司令官。タレスの連中はどうしますか?」

と、グリンが聞いた。


「彼らは今のままで待っていてもらおう。ともかく、ゼノン帝国の人たちと話してみるつもりだ」






 ディポック司令官は、ゼノン帝国艦隊の代表が来るまで、ひとり執務室に戻ることにした。事件が早く進みすぎて、考える暇が無いのだ。これまでのことを頭の中で整理する時間が欲しかった。

 執務室に戻ると、椅子の背もたれにだらしなくもたれ掛って、ディポックは目を閉じて考えることにした。



 しばらくすると、お茶を持ってキルフ・マクガリアン中尉が入って来た。



 ディポックは片目を開けて、

「お茶かい?そこに置いておいてくれ。いや、キルフちょっと待って……」

と、言った。



 お茶を置くと、キルフは座りなおす、ディポックを見ていた。



「お疲れではないんですか?」

「まあね。突然いろいろ、やってきたもんだから。ただ、気になることが少しある」

「何です?」

「魔法というものは、本当にあるのだろうか?」



 キルフはまじまじと、ディポックを見つめた。



「正気ですか?」



 キルフは、ほんの数時間で起きたこの騒動については、司令室にいなかったこともあり、あまり詳しくなかった。

 彼は要塞の仕官の中では一番若く、普段ディポック司令官の身の回りの世話をしたり、要塞の戦闘機の訓練に臨んだりしていた。もちろん、司令室に顔を出すこともある。そういう時は大抵、必要があって呼ばれる時かあるいは司令官のお茶を持っていく時だ。

 今日も、戦闘機の訓練に忙しかったので、司令室での騒動は又聞きしただけだった。



「子供の頃は、魔法があったら便利だと思っていましたよ。でも、もう僕の年頃では魔法を信じる人はいないんじゃないですか?」

と、キルフは極めて常識的なことを言った。


「そうだよね。でも、あると信じているようなんだ、ジル星団の人たちは」

「ジル星団で、ですか?」

「今、要塞にも魔術師が来ているそうだ。あのタレス連邦艦隊提督の一行の中にいるらしい」

「魔術師ですか?」

と、キルフは疑わしそうに言った。


「それだけじゃない。元銀河帝国軍中将だった、バルザス提督が魔法を使えるそうなんだ」

「本当に?本人が、そう言っているんですか?」

「本人は言っていないのだが、当然のことのように使っているらしい。そう言う者がいるんだ」



 確かに、バルザス提督自身は魔法を使えるとは言っていないと、ディポックは思った。

 タレス連邦からやって来たタリア・トンブンが、彼が魔法を使っていると言っているのだ。



「らしい?それって、閣下にはよくわからないということですか?」

「私にはわからないよ。何しろ、新世紀共和国では魔法なんて、御伽噺の世界にしかなかったんだからね」

「その場にいなかったので、僕にはわかりませんが、どんなことに魔法を使ったというのですか?」



 タリアが言うには、タレス連邦艦隊提督一行のいる会議室の中を透視したり、ゼノン帝国艦隊の攻撃を退けたりしたらしいのだ。それは、要塞のほかの誰かが、立証したようなことがらではなかった。それに、本人もそのことについては何も言わないのだ。



「本人に直接聞いたらどうですか?」

と、キルフは言った。


「バルザス提督に、あなたは魔法使いですか、と聞くのかい?」

「何か、聞きにくいような事情でもあるんですか?」



 ヤム・ディポックとしては理性的な大人として、人前で相手に「魔法使いですか?」と聞く事は、躊躇するようなことなのだ。はっきり言って、馬鹿ではないかと思われないだろうか。



「でも、ジル星団では魔法使いの存在は信じられているのでしょう?だったら、構わないのではないですか?」



 キルフは自分が聞く訳ではないので、あまり責任を感じずに答えた。

 それに、もし相手が元新世紀共和国の者であったなら、司令官のディポックの頭がおかしいと思われる恐れがあるから、止めたほうがいいと言ったかもしれない。相手が銀河帝国からのいわく付きの亡命者でもあるので、その程度のことは大丈夫だと思ったのだ。たぶん、笑い飛ばすくらいで済むだろうと軽く考えていた。

 この宇宙文明の時代に魔法使いなんて、いるはずがないではないか。



 ゼノン帝国艦隊から、シャトルはまだ来ていなかった。

 会議室に要塞幹部の者たちと、タリア・トンブン、バルザス提督やドルフ中佐が再び集まっていた。

 要塞司令官のディポックの傍に、キルフ・マクガリアン中尉が立っていた。今回は時間があるので、会議室に特別に入れてもらったのだ。



 バルザス提督は、会議室に集まった者たちを見回すと、一瞬キルフのところで目を留めた。だが、すぐに視線を動かして他の者を見た。

 ゼノン帝国艦隊が来た今、これ以上この要塞にいると、タリアをダルシア帝国まで連れて行くことが難しくなってくる、とバルザスは考えていた。

 外のタレス連邦の艦隊とゼノン帝国の艦隊は、銀河帝国の艦隊とは違うのだ。それにこのままでは、外の艦隊はもっと増える可能性がある。



 コア大使の死は、ジル星団の惑星連盟を崩壊させる危機を孕んでいた。

 ジル星団で平和を強制する圧力となっていたダルシア帝国最後の一人の死は、その平和そのものを瓦解させかねなかった。善くも悪くも、ダルシア帝国はジル星団では恐れられていたのだ。その恐れがなくなった今、何を恐れる必要があろうか。

 その上、ダルシア帝国そのものを手に入れることも可能になったのだ。草原の肉食獣のごとく、惑星連盟諸国は、主のいなくなったダルシア帝国に殺到するだろう。そうなったとき、あの『ダルシアン』がどんな反応を示すか、バルザスには容易に想像がついた。

 コア大使が無くなった今も、ダルシア帝国艦隊は健在である。その指揮権は『ダルシアン』が持ち、現在でもジル星団中最強を誇るほどの艦隊だった。欲に任せて不用意にダルシア帝国に近づけば、たちまちダルシア艦隊の餌食になることは、冷静に考えることができればわかるのだ。

 その冷静さが、欲によって惑わされなければの話だが、とバルザス提督は思った。



「ゼノンから代表が来ると言う通信はまだかな?」

と、ディポック司令官が確認した。


「司令官、ゼノン帝国艦隊の代表が来ると言う通信はまだ来ておりません」

と、副官のリーリアン・ブレイス少佐が報告した。


「随分時間がかかるようだね。だからこそ、こちらも対策会議ができるのだが……」

と、ディポック司令官が言った。


「時間を掛けすぎです。何か企んでいるのではありませんか?」

と、ダズ・アルグ提督が言った。


「あなたは、どう思いますか?バルザス提督」

と、ディポックは聞いた。


「司令官。彼らはこの要塞が、かつての戦争でほとんど無敵を誇っていたことを知っています。ゼノン帝国艦隊からの先程の攻撃も、ほんの試し程度のことだったと思います。ですから、彼らの目的は時間を稼ぐことではないでしょうか?」

と、バルザスは言った。


「時間を稼いで、何をしようというのです?」

と、グリンは言った。


「仲間が増えることを、待っているのだと思います。今現在、外の艦艇数は、八千隻です。この要塞はかつて数万、いえ十万もの艦艇に囲まれて防戦したことがあると思います。ですから、彼らはそれ以上の艦艇でこの要塞を包囲するつもりなのではないでしょうか?」


「今来ているのは、タレス連邦、そしてゼノン帝国だが、他に何処が来ると思いますか?」

と、ディポックは聞いた。


「来てみないとわかりませんが、あともう数カ国以上の艦隊を呼びませんと、この要塞と互角に対峙はできないと考えていると思われます」



 ジル星団の政府で、一国で数万もの艦艇を所有する国は数えるほどだった。

 まず、ダルシア帝国、そしてゼノン帝国、それからナンヴァル連邦、リドス連邦王国くらいのものだ。

 だがバルザスの知るところによれば、ゼノン帝国とタレス連邦だけであっても、他の多くの小国の艦隊も含めれば、かなりの数は確保できるはずだ。

 バルザス提督は、自分が連れてきたリドス連邦王国の艦隊については、まだ黙っていた。あれはイザという時の切り札に使うつもりだからだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ