ヘイダール伯爵の帰還 28
お茶を飲んで暫くすると、女王の傍に女官が現れた。
そして、何事かを女王に耳打ちすると、姿を消した。
「なるほど、彼らにしては早いわね…」
と、女王は言った。
「何が起きたのでしょう?」
「あなた方、プレセル大陸の諸国連盟の艦を竜のいた山脈で見かけたりしなかった?」
「そう言えば、ソラン公国の艦がいなくなった時に、プレセル大陸の諸国連盟の艦が来ていました」
「どうやら、あなたの素性がバレたようだわ」
「私の素性?」
「ええ。あなたは今ガンダルフの五大魔法使いの一人としての記憶があるけれど、これまでの記憶がないでしょう。だから、仕方がないけれど、あなたはプレセル大陸の諸国連盟の小国ダウンルードの出身なの…」
「ダウンルード……」
アルネはその名にどこかで聞いたことがあるような感じがして口にしているようだった。
だが、それ以上の記憶はなさそうだ。
ただ現代の惑星ガンダルフにおける大よその状況については、彼女がリドス連邦王国に来た時に話をしていると、ヘイダール伯爵は聞いていた。
重大な事件が起きた時、つまりアルネの身に死ぬ危険が迫った時、身体的な怪我については完全に修復がなされるが、記憶については今世のものだけ失って過去世のものが蘇ることになっているとヘイダール伯爵は聞いている。
それが生まれる前に自らにかけた死に戻りの魔法の結果である。
それは今回が初めてではない。
これまで何度も生まれ替わって来た時に起きたことだ。
そして、今回アルネは魔法でリドス連邦王国に来るように指定されていた。
ガンダルフの五大魔法使いだけが使うことのできる魔法、死んで蘇る事が可能な魔法は生きている時の記憶を蘇った時に封印してしまうとヘイダール伯爵は聞いている。
従って、生きている時の記憶が思い出せなくなるのだと言う。
ガンダルフの五大魔法使いのレギオンから直接聞いたことだ。
それは死んだ時の原因や理由から感情的な魔法の暴発を防ぐ意味もあると言う。
ガンダルフの五大魔法使いはその魔力量が多大なため、死んだ時の状況によって魔法の暴発や暴走が起きる可能性があった。
それを防ぐことは重要なのだ。
また、その時代のしがらみから抜け出る事が可能になることでもある。
もっとも完全な記憶の封印は本人の親兄弟がいないと言う条件がある。
アルネに付いて言うと、彼女の親兄弟はすでにいなかった。
彼女は戦災孤児だった。
「そう、だからダウンルード国とプレセル大陸の諸国連盟の両方からあなたのことについて照会が来たらしいわ」
「でも、あの山脈で見たからと言ってすぐに私が誰であり、しかもリドスにいることがわかるのでしょうか?」
「おそらくあなたを知っている人がその艦に乗っていたのかもしれないわ。今は彼らにも電子脳、つまりコンピューターがあるから、それでデータを解析すればわかるでしょう。それに艦に魔法使いが乗っていたとすれば、あなた方が魔法を使っていることがわかったかもしれないわ……」
魔法を使ったのを見られたと言っても、使った魔法は転移魔法だった。
転移魔法はちょっと見には魔法だとはわからないものなのだ。
それに、転移した先がわからなければ転移魔法を使ったともわからないはずだ。
それが分かったと言うことは、彼らの中にアルネを知っている者や魔法使いがいたと言うことだろうとヘイダール伯爵は思った。
「おそらく、その艦に乗っていた魔法使いはかなり魔法のことをよく知っていたのでしょうね……」
それは近頃では珍しいことだと言える。
なぜならプレセル大陸の諸国連盟では魔法使いは多少いるものの、宇宙関連ではほとんど役に立たないと考えられるようになっていたからだ。
魔法使いは惑星ガンダルフ上、つまり陸上や海上での戦闘ではある程度役に立つが、ガンダルフの軌道上や宇宙で魔法の力を使うことはかなり困難なことが知られていた。
魔力がかなり強くないと使えないのだ。
惑星上と宇宙空間や惑星の軌道上では魔法を行使するための距離がけた外れに遠くなる。
惑星上ではかなり距離は近くても、宇宙空間ではそれこそ簡単に惑星を半周するくらいの距離がある。
それほど離れてしまうと、並みの魔法使いでは魔法をうまく使うことができない。
例外はもちろんある。
但しそれは今では伝説と言われている、ガンダルフの五大魔法使いのことだ。
彼らが宇宙人と思われるものたちとの戦いを綴った叙事詩がある。
しかし、現代においてそのようなことは単なる伝説で本当のこととは思われてはいない。
その上、力の強い魔法使いはそうそういるものではない。
従って、宇宙では魔法使いの活躍の場があまりなかった。
そのため相対的に魔法使いの地位が下がって行った。
軍の中に魔法使いがいるということが近頃ではほとんどない。
ソラン公国では魔法使いが軍にいることはないが、プレセル大陸の諸国連合においても同じだった。
地位が下がると魔法使いになりたいと思う者も少なくなっていくのは必然だった。
だからこそ、今では力の強い魔法使いが殆どいなくなってしまったとヘイダール伯爵は聞いている。
現代では魔法に替わって、今は唯物的な科学技術が発達しつつあった。
惑星ガンダルフでは唯物的な科学の発達は初めてのことだ。
その結果、遺伝子をいじる事が出来るようになったと言う。
遺伝子をいじることで、髪や目や肌の色が変えられるだけではなく、身体の能力を向上させることが可能だということが分かって来たのだ。
そのため遺伝子を分析し身体能力を向上させる研究が盛んに行われ、実際に使われるようになった。
もっとも、それは自然に逆らう摂理だと考えて、嫌悪する勢力もあった。
その代表的な勢力がプレセル大陸の諸国連盟の国家であり、逆に遺伝子で優秀な人間を作れると考えているのがソラン公国のような宇宙空間に居を置く人々だった。
リドス連邦王国は現在プレセル大陸の諸国連盟に属していたが、そのどちらの考えにも与する気はなかった。
なぜなら、遺伝子をいじるのは特に自然の摂理に逆らうことではないが、それによって新たに優秀な人間を作れるものではないことはわかっていたからだ。
困ったことにプレセル大陸の諸国連盟やソラン公国のような者達にとっての優秀な人間とは単に記憶力が優秀であるとか身体能力が他の者に比べて高いという事を意味している。
しかし、本来優秀な者とは思考力や判断力に優れた者である。
それがプレセル大陸諸国連盟やソラン公国にはわかっていないことだった。
そしてまた、優れた魔法使いも遺伝子の操作で作れるものではない。
プレセル大陸で魔法使いとは別の能力と考えられている特殊能力についても、遺伝子をいじることで使えるようになるわけではない。
そうしたことはヘイダール伯爵やリドス連邦王国の王族には明確だった。
なぜならリドス連邦王国の人々は他の銀河からやって来たからである。
その知識と技術は惑星ガンダルフだけではなく、ふたご銀河のどの文明よりも高い。
現在まで続いた文明のなかで、ふたご銀河の種族で他の銀河まで行ける事が可能だったのは、ダルシア人以外にはない。
そのダルシア人が呼んできたのがリドス連邦王国なのだと、ヘイダール伯爵は聞いていた。
そして、そのことを知っている者は現代の惑星ガンダルフの諸国にはなかった。
いや、正確に言えば、かつて惑星ガンダルフに住んでいた『去って行ったガンダルフの人々』とも呼ばれる人々は機械や装置を使わずに、他銀河まで行ける力を持っていた。
彼らについては、ダルシアやナンヴァル、それにゼノンなどに伝説が残っているが、彼らについてはもう惑星ガンダルフにおいては伝説さえ残っていない。
こうしたことはガンダルフの五大魔法使いだけでなく、よそから来たリドス連邦王国の人々やヘイダール伯爵の方が良く知って居たのだ。
リドスの女王が右手のひらを上にすると、そこに小さな丸い水晶が現れた。
「あなたの以前の記憶は魔法で封印されているから、この中にその情報を入れて置いたわ。これを使って、対応してね。プレセル大陸の諸国連盟とダウンルード国に対する対応の決定は、アルネ、あなたに任せましょう」
「でも、それで大丈夫でしょうか?」
「大丈夫よ。ところであなたの今一番強い記憶は誰のものかしら?」
「それは、多分ダルシア人であった時のものです。それにエルレーンのエリンの時の記憶も戻っています」
「そう、それなら大丈夫でしょう」
「でも……」
「もし、それでも不安なら、そこにいるお二人について行ってもらったらどう?」
「レギオンとヘイダール伯爵ですか?」
「彼らなら自分の身を守ることができるし、レギオンについては今回ガンダルフの生まれではないから、妙なことに巻き込まれる事は無いでしょう」
妙なことに巻き込まれるというのは、プレセル大陸の諸国連盟のことだとヘイダール伯爵にも分かった。
アルネ自身はダウンルード国で軍人としての教育を受けて成人したと聞いている。
孤児だったため、軍人になるための教育ならば無料で受けられたからだ。
ダウンルード国はプレセル大陸の諸国連盟に属しており、アルネはその諸国連盟の軍に入った。
ガンダルフの五大魔法使いとして、今世でも死ぬほどの怪我をしたり事故に遭うと、彼女は生まれる前に自分自身にかけた魔法により蘇ることになる。
正確に言えば、完全に死ぬ直前に魔法が働いて元に戻るのだ。
これまではそれで、生きていた時の全てのしがらみから抜けて、別の人生を生きることになった。
今回本人はそれで済んでも、しがらみの方がそれを許さない時代になっていると言うことだ。
死んで生き返ると言っても、魔法自体を信じる者が減っている時代にガンダルフの魔法使いの話をしても誰も耳を貸さない可能性もある。
今回はプレセル諸国連盟の軍にいたので、蘇った今リドス連邦王国にいるアルネは悪くすると敵前逃亡の罪に問われることになってしまうことがリドスの王族やヘイダール伯爵にはわかっていた。
もっともプレセル諸国連盟やダウンルード国がアルネを罪に問おうとしても、彼女が力づくでそれを排除することは可能だった。
ガンダルフの五大魔法使いの炎竜であるエルレーンのエリンの魔力は五人中最強なのだ。
ガンダルフのどこかの国の艦隊が彼女を襲ったとしても壊滅するほかないほどだ。
惑星ガンダルフの文明が宇宙に出ることが可能になったと言っても、それは未熟で、リドスやダルシアのような文明に到達するには気が遠くなるような年月が必要だった。
記憶喪失だと言うことで、諸国連盟の軍人の身分を捨てる事も可能だろう。
ただ、交渉が上手く行けばである。
ヘイダール伯爵は他の銀河で同じような場面を見たことがある。
力づくで解決することは簡単だが、リドス連邦王国はあまりそうしたことは望まなかった。
諸国連盟側が何を言って来るかわからないが、できれば事を荒立てたくないのだ。
だとしても、リドス連邦王国側はすでに彼女を第十一王女として認めている。
何か起きた場合にはリドス連邦王国がそれに巻き込まれることになる。
それが分かって居ても彼らはガンダルフの五大魔法使いを養子として取り込むことを決めていた。
二百年前、リドス連邦王国がやって来た時、それを可能にする法律を作ったのだ。
当時と今とではリドスの王族は変わっていない。
リドスの王族の寿命はガンダルフの人々よりもかなり長いのだ。
と言いうものの、惑星ガンダルフのプレセル大陸の諸国連盟やソラン公国にとってリドス連邦王国はいまだ魔法を使う古くさい小国に過ぎない。
リドス連邦王国は本来他の銀河から来たという事も知らない。
だから、彼らが強い態度に出ることも考えられる。
けれども、リドス連邦王国は惑星ガンダルフだけでなく、このふたご銀河の他の宇宙文明にある種族よりも高い技術や知識を持っているのだ。
プレセル大陸の諸国連盟やソラン公国と交渉が上手くいかなくて紛争になったとしても、リドス連邦王国はそれを回避する自信についてはゆるぎないと言えた。
離れた宇宙空間にいるリドス連邦王国の宇宙艦隊を呼んで充分対処できる。
ワープ航法で繰れば惑星間の距離などアッと言う間だ。
それに、宇宙艦隊を呼ばなくてもアルネ自身の魔法を使えば、プレセル大陸諸国連盟やソラン公国の軍を退けることは難しいことではない。
それだけアルネ――「エルレーンのエリン」あるいは炎竜と言われるガンダルフの五大魔法使いの力は強大なのだった。




