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森さん、うちに帰る

 大騒ぎの中、どうやって建物の外まで出て来られたのか、森さんにはよく分かりませんでした。

 背中には相変わらずウサギと、それから新しく望月さんと幾本かの流れ矢とを背負い、左脇のあたりに確かに、少女の存在を感じながら、気がつけばテレビ局の外、大きな丸噴水の前に立っておりました。


 イルミネーションは全て消えていましたが、真上にかかった満月はいつになく大きく膨らんだように見え、高く上がる噴水の雫ひとつひとつを捕えて白銀に輝かせていました。

 遠くから次第に、赤色灯のひらめきが近づいてきます。ひとつ、ふたつ、続けてひとつ、音も次第に耳触りな大きさになっていきます。


 立ち止まった森さんから、まるごがぴょこんと飛びおりました。

「ねえクマ」

 まるごが見上げて指さしました。

「オオカミはもうしんでるよ」

 そう森さんに声をかけたとたん、背中から望月さんの身体が滑り落ちました。

 銀灰色のスーツから高そうな先のとがった黒い靴まですっかり、赤く染まっています。

 それでも何だか、望月さんの寝顔は呑気そうに笑っていました。


 そこに、ぐい、とひじの毛を引かれ、森さんは思わずよろけました。

「ちょっと、呑気に見てちゃダメ。迎えがくるってば、早くはやく」

「うう?」

 すっかりニンゲンの返答も忘れ、森さんはぽかんと立ちつくします。

 そんな彼のひじの毛をまたつよく引っ張り、少女は噴水を指さしました。

 笑みが同じく、銀白食に輝いているのが見えます。

「ほら! ジャストタイミング! これで帰れるから!」


 噴水から立ち上がり、さいしょは水かと思っていた白いものは、長く尾を引いて、空高く伸びて行きました。

 まん中の彫刻が伸びあがったのだろうか? と森さんは首を思い切のばしてそれを追ってみました。

 細くて、平らで、ひも状の何かとなってどんどん月に向かって伸びていくそれは、森さんには最初ヘビかと思われました。

 いや、それともテレビで時々見た、竜というモノなのだろうか? そう首をひねった森さんに、少女が笑って答えます。

「天のサナダムシよ、あれに乗って、帰れるんだ」


 うねうねと立ち上るものは、最初は細かったものの、徐々に幅を増し、色もつややかな真珠のごとく白みを帯び、しまいには堂々たる一枚の帯状の生き物となりました。

 長さは果てしがないようです。

 それは彼らの頭上でゆうゆうと夜空を泳いでおりました。


「えっ、オレ何これどうしたってんだ?」

 いつの間にか望月さんが起き上がって、キョロキョロとあたりを素早く見回しています。

「いきなりロケ? もしかしてビックリ?」

「狼さん、アンタ死んだのよ」

「えっ? マジかよ」

「アタシと同じようにね」

「ちょっと待った……つうことは、アイツらも?」

 望月さんが指さす方、建物の方から、ぞろぞろとイキモノが出て来ました。ニンゲンも、動物も、死んでいるものもいるようですし、生きているものも少しは、いるようでした。


「じゃ、アタシはこれで帰るから、ホントの家に!」

 少女が少しだけ下がったムシの裾を捕まえて、ぴょんととび乗りました。

「死んじゃったヒト、動物のみなさん、行きたいところがあったら乗って、すぐに!」

 少女のよく通る叫びに、すぐにかなりの死者が反応しました。

「狼さん!」

 望月さんは、声に反応してすぐに飛び移ろうとしましたが、はっとしたように森さんの方を向きました。

「アンタは、どうする?」

 森さんは、両腕を拡げて、自分の身体を見回してみました。傷は多そうですが、死んではいないようです。

 森さんがまるごをみると、彼は肩をすくめて言いました。

「ボクはうちに帰る、ヒッチハイクか、穴ほりしながら」

 森さんは、望月さんをまっすぐ見つめて、言いました。

「ウサギと、うちに、帰る」

 そうか、と望月さんはうつむいて首を何度か振ってから、また森さんを見上げて手を伸ばしました。

「元気でな」

「うん」

「飲み過ぎるな」

「うん」

「それからな」ひらりとムシにまたがり、少女の服の裾を踏んだとかで軽くこづかれながら、望月さんが言いました。

「キングサイズの店、駅の反対側、ひとつ目の交差点近くに一軒あるからな、5Lとかもあるから見に行ってみろ」

「ありがとう」


 話している間にも、次々と死者たちはムシに乗っていきました。ニンゲンも動物も関係なく。

 迷彩色の服の人が、シカマの奥さんを引っ張って上げてやりました。奥さんは相変わらず、上品に「おそれいります」なんて言っていました。あのガチョウも、流れ弾にやられたらしくしかも矢が貫通していましたが、しごくご機嫌で羽をうち振っておりました。


 長い長い純白色のムシはゆったりとうねりながら、月を愛でるようにしばらく森さんたちの上空を旋回しておりましたが、やがて、波打つように遠くの空へと舞っていきました。

 森さんとまるごは、しっぽの最後の端が見えなくなるまでずっと、彼らを見送っておりました。



 ****


 もしかしたら、あなたの近所にクマみたいな人が越してきたら、それは本当にクマかもしれません。

 相変わらず、ゴミの捨て方が判っていないかもしれません。

 妙に口下手で、イラっとするかもしれません。


 それでも良かったら、もし少しでもあいさつできたなら。

 近所の安い食料品店と、キングサイズの店を、教えてやっていただければ幸いです。



(了)


長いこと(休止期間も含めて)おつき合いいただき、ありがとうございました。

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