第二十五話 深淵の大口
深海をネオン紫の軌跡が走る。
深淵鮫との戦闘から数時間。
ノアはさらに下層へ潜っていた。
目的は一つ。
フウセンウナギ。
未来フレーム予測が捉えた次の攻略対象だ。
視界の端にログが表示される。
【Lv68】
【残り寿命:24日】
赤黒いノイズが静かに揺れる。
また一日。
消えた。
ノアは特に気にしない。
寿命は資源だ。
減るのは当然。
問題は残り日数で何を攻略できるかだった。
進化後の寿命減少は痛い。
だがレベルは順調に上がっている。
このままなら予定通り進められる。
「問題は性能だな」
ノアは思考する。
深淵鮫から得た《捕食者の牙》。
防御貫通。
悪くないスキルだった。
だが。
アインには足りない。
あのパリィを崩せない。
もっと嫌らしい能力が必要だった。
もっと攻略専用の能力が。
その時。
未来フレーム予測が反応した。
【高危険度個体を検知】
【前方二千メートル】
「いたか」
ノアは速度を落とす。
慎重に進む。
そして。
異変に気付いた。
「……生物がいない?」
周囲を見渡す。
深海生物はいる。
だが少ない。
異常なほど少ない。
捕食者も。
獲物も。
まるで。
何かに食い尽くされた後のようだった。
さらに進む。
すると。
海底に巨大な骨が転がっていた。
魚類。
甲殻類。
見たこともない深海生物。
どれも原形を留めていない。
綺麗に消えている。
「食われたのか」
だが。
妙だった。
傷がない。
噛み砕かれた形跡もない。
まるで。
丸ごと飲み込まれたみたいだった。
その時。
海流が揺れる。
ノアは反射的に振り向いた。
何もいない。
暗闇だけ。
だが。
未来フレーム予測が警告を鳴らしていた。
【危険】
【危険】
【危険】
紫色の予測線が乱れる。
上。
下。
左右。
位置が定まらない。
「なんだ?」
次の瞬間だった。
ゴボッ――
暗闇が開いた。
「……は?」
ノアの思考が止まる。
違う。
暗闇じゃない。
口だ。
巨大な口。
海底の裂け目だと思っていたもの。
それが全部口だった。
ズォォォォォォォォッ!!
猛烈な吸引。
海流が飲み込まれる。
岩が吸い込まれる。
小魚が吸い込まれる。
全部。
全部。
口の中へ消えていく。
「おいおいおい!」
《亜音速航行》
海が爆ぜる。
ノアは全力で後退した。
だが吸引が強い。
距離が離れない。
未来フレーム予測が警告を連打する。
【危険】
【危険】
【危険】
そして。
ようやく全貌が見えた。
細長い身体。
異様なほど巨大な口。
深海を漂う異形。
【個体名:深淵フウセンウナギ】
【Lv80】
ノアは思わず笑った。
「デカすぎるだろ」
深淵鮫とは別ベクトルの化け物だった。
攻撃してくるわけじゃない。
追い回してくるわけでもない。
ただ。
飲み込む。
それだけ。
それだけなのに。
異常なほど危険だった。
その時。
ノアの脳裏に古い記憶が蘇る。
「確か……」
昔遊んだ生物ゲーム。
海洋生物図鑑。
フウセンウナギ。
確か。
異常に大きな口で獲物を飲み込む深海魚だった。
「なるほど」
ノアは目を細めた。
「つまり噛みつくんじゃない」
「飲み込むのか」
攻撃じゃない。
捕食。
だから避けづらい。
だから厄介。
だから周囲の生物が消えている。
理解した。
だが。
まだ攻略法は見えない。
吸い込みの範囲が広すぎる。
耐久も不明。
弱点も不明。
情報が足りない。
ノアは静かに笑った。
楽しんでいた。
この深海という未知な世界を。
「いいな」
ネオン紫の瞳が細く歪む。
「そういうの嫌いじゃない」
フウセンウナギが再び口を開く。
深海そのものが引き寄せられる。
対するノアは加速した。
まずは情報収集。
まずは観察。
攻略はその後だ。
紫色の軌跡が深海を駆ける。
深淵鮫よりも格上。
レベル80。
新たなボス戦が幕を開けた。




