第一話 永遠の二番手
初めまして、ご覧いただきありがとうございます!本作は最後まで書き切る予定(全40話前後)ですので、安心してお付き合いいただければ幸いです。楽しんでいただけますように!
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冷たい海だった。
薄青い光が差し込む浅瀬。
揺れる海藻。
岩場に張りつく色鮮やかなウミウシたち。
その群れの中で、一匹だけが汚れていた。
泥を塗りつけたような黒ずんだ体色。
小さく、弱く、餌を取るのも遅い。
だから今日も。
『ノロマ』
『役立たず』
『また餌を取れなかったのか?』
嘲笑が飛ぶ。
横から身体を押される。
柔らかい身体が岩に擦れた。
痛い。
けれど慣れていた。
この群れでは昔からそうだった。
強い個体は良い餌場を取る。
弱い個体は追い払われる。
危険な場所へ押し込まれる。
それだけだ。
自然界では当たり前のこと。
『リーダーに逆らうからだ』
『最弱のくせにな』
群れの中央。
一回り大きなウミウシがこちらを見下ろしている。
この群れのリーダーだ。
『お前みたいな出来損ない、深海へ落ちて死ねばいい』
周囲から笑いが起こる。
その瞬間。
強い衝撃が身体を襲った。
視界が回転する。
海流。
落下。
岩場から弾き飛ばされたのだ。
落ちる。
落ちる。
光が遠ざかる。
海面が小さくなる。
暗い。
冷たい。
どこまでも深い。
そして――
ゴッ。
頭が岩へぶつかった。
その瞬間だった。
脳の奥で何かが弾ける。
知らない景色。
眩しい光。
大量のモニター。
キーボード。
歓声。
怒号。
拍手。
そして――罵声。
『また負けたのか』
『永遠の二番手』
『結局アインには勝てなかったな』
『世界二位(笑)』
記憶が流れ込む。
止まらない。
知らないはずの人生。
知らないはずの名前。
いや。
違う。
知らないんじゃない。
思い出したんだ。
「……あ」
俺は。
人間だった。
二ノ宮乃蒼。
プロゲーマーだった。
世界二位。
何度も大会で優勝した。
何度も世界へ挑んだ。
それでも。
最後まで勝てなかった相手がいる。
世界一位。
アイン。
どれだけ努力しても。
どれだけ研究しても。
どれだけ練習しても。
最後にはあいつがいた。
届かなかった。
勝てなかった。
そして。
逃げた。
画面から。
世間から。
自分自身から。
最後には――命からも。
「……そうか」
思い出した。
俺は死んだんだ。
海の中で自分の身体を見る。
半透明。
柔らかい。
指もない。
骨もない。
「ウミウシ……?」
その時だった。
視界に赤い文字が浮かび上がる。
【個体名:未設定】
【種族:ウミウシ】
【残り寿命:365日 23時間 59分 59秒】
数字が減る。
58。
57。
56。
「……寿命?」
思わず笑った。
死んだと思ったら転生。
しかもウミウシ。
さらに寿命一年。
あまりにも馬鹿げている。
「クソゲーかよ」
普通なら絶望する。
最弱生物。
寿命一年。
海の底には何がいるかも分からない。
何もかも終わっている。
けれど。
不思議と絶望はなかった。
むしろ。
胸の奥が熱かった。
前世では終わった。
途中で諦めた。
逃げた。
だが。
今は違う。
誰も俺を知らない。
誰も期待しない。
誰も失望しない。
なら。
今度こそ。
最後までやれる。
ノアはゆっくりと海の下を見る。
深い。
暗い。
どこまでも続く海。
その先に何がいるのかは分からない。
最強の生物がいるかもしれない。
怪物がいるかもしれない。
だが関係ない。
世界一位になるなら。
全部倒すだけだ。
前世では世界一位から逃げた。
だから。
今世では絶対に逃げない。
視界の寿命タイマーが減り続ける。
【残り寿命:365日 23時間 54分 12秒】
ノアは小さく笑った。
そして静かに呟く。
「俺が、この世界の一位になる」
冷たい海の中で。
最弱のウミウシはそう誓った。
その瞳だけが、不自然なほど鋭く光っていた。




