近況報告
「近況報告終わり。私は言いたいこと言い終わったけど、舞翔は?」
「残る。先に行ってて」
みんなでお線香をあげて、黙祷を捧げた後に母さんの近況報告(約三十分)が行われた。
多分俺と二人だったら軽く一時間は話し続けていただろうけど、今日は他に人がいるから抑えている。
それでも長いけど。
「じゃあ先に車に戻ってるね。私は悠仁君と唯さんにお説教をしてるから」
「お手柔らかにお願いします」
「なーに?」
「なんでもないです……」
母さんの笑顔によって悠仁さんは全てを諦めた。
唯さんに関しては元から全てを諦めた顔をしている。
「水萌ちゃんと恋火ちゃんも来てね。ちゃんと謝らせるのと、あなた達はちゃんとお話しないとだから」
「舞翔くんと一緒に居たら駄目ですか……?」
「そんな可愛い顔しても駄目。あなた達は一回家族として話しなさい」
母さんの言葉に水萌が少し不貞腐れたような顔をするが、母さんの言うことなので反論はないようだ。
レンの方は抵抗なくついて行くみたいだ。
多分母さんの意図を察した。
「紫音君にも聞きたいことがあるから来てもらっていい?」
「あ、はい。また後でね、まーくん」
「うん」
こうして悠仁さんと唯さんは放心した状態で、水萌は渋々といった感じで車に戻って行く。
花宮は俺に手を振って、レンはちらっと俺の方を見るだけ。
「なんでだろう、花宮が一番女子してる気がする」
後ろから見てても花宮は服装は男物なのに萌え袖をしてるし、女子の中でも小さい方な水萌とレンの隣に居ても違和感ないくらいに華奢だ。
「話し方とかはちゃんとしてるから頼りにはなるけど、夜道で襲われないか不安になるな」
花宮は女子に間違われることが多いと言うし、何か対策でもしないと危ないと思う。
俺のように水萌とレンの送り迎えぐらいでしか外に出ないなら話は別だけど。
「後でそれとなく聞いてみよ」
花宮はちゃんとしてるし、何かしら対策をしてるだろうから大丈夫だろうけど、不安なものは仕方ない。
もしかしたら花宮は俺が心配する必要がないぐらいに強い可能性だってあるわけだし。
だけどそれはそれだ。
「実は裏番……馬鹿らしい妄想はやめよ。それよりも父さんに俺の近況報告して合流しないと」
俺が早く合流しないと悠仁さんと唯さんが母さんにボロボロにされる可能性が高い。
それに水萌とレンも巻き込まれるかもだし、母さんが花宮に余計なことを聞く可能性だってある。
「ということで父さん、色々と話すことがあるから早足で話すね」
去年の俺とは違う。
去年までの俺なら父さんに楽しい報告なんてできなかった。
ただ謝罪をして、そして父さんに自分勝手な恨みをぶつけていた。
だけど今は父さんに楽しい報告ができる。
「俺さ、友達ができたんだよ。しかも……四人も」
一瞬文月さんを入れていいのか迷ったけど、今は俺一人しか居ないから言ったもん勝ちだ。
「そのうちの三人は父さんも知ってる子で、さっき居た子達なんだよね。どうやって出会ったとかは時間がないからまたいつかね。だけどこれだけは言うね、みんな俺にとって大切な人なんだ。そう言えるような相手に出会えたんだ」
俺は父さんにおそらく笑顔でそう告げる。
俺が笑顔になれるのもみんなに出会えたから。
少なくとも父さんの前で笑顔になれるのは絶対にそうだ。
「しかもさ、彼女って言うの? 恋人ができたんだよ。あの俺に」
たまに会う父さんに「絶対に孫の顔は見えない気がする」と何回言われたか。
実際父さんが俺の孫を見ることは叶わなくなったけど、孫ができる可能性は生まれた。
「もしも孫が生まれたら見せにくるからね」
何年後の話か、それも本当に生まれるかもわからない架空の話だけど、これも一人だから話せる話。
今は父さんしか聞いていないから。
「父さん、俺は前を向けたよ。父さんがいなくなってちょうど三年だっけ? 俺のせいで父さんがいなくなってからずっと俺は自分を責めてきた。母さんから父さんを奪ったこととか、母さんに大変な思いをさせてることも」
中学時代は父さんのことでずっと塞ぎ込んでいた。
だから友達がいなかった……わけではなく、小学校時代からいなかったので父さんのせいではない。
だけど壁が高くなったのは確実に父さんがいなくなってからだ。
「母さんから父さんを奪った俺が幸せになっていいのか悩んだよ。俺はずっと一人で生きてくつもりだったから」
母さんを一人にさせた俺が友達を作って幸せになるなんて都合が良すぎる。
そう思っていた。
「これは本当にごめんなんだけど、父さんのことなんて今日の朝母さんに言われるまで忘れてた」
もちろん存在を忘れてたわけじゃない。
忘れてたのは父さんに対する罪悪感だ。
「父さんのことなんか忘れて普通に楽しんでました。だから恨んでくれていいよ、なんなら夢に出てきてくれていい。そこで色々と話そ」
夢に出てくれるのなら俺としても好都合だ。
この三年、父さんは一度も俺の夢には出てきたことはない。
それこそ恨まれての結果なんだろうけど、幸せにしてる俺を恨んで逆に出てきてくれるならそれはそれでいい。
むしろ父さんは俺に文句を言った方がいいはすだ。
「だから出てきてよ。俺に文句を言ってよ。それで許されるなんて思ってないけど、俺のことを怒ってよ……」
父さんは生きてる時だって俺に怒ったことはない。
だけどもうなんでもいい。
なんでもいいから父さんともう一度……
「なんてね。父さんの方が俺と会いたくないんだもんね。そもそも俺の顔なんて見たくないか。俺の自己満足に付き合わせてごめん。帰る」
俺は父さんにそう告げて立ち上がる。
すると父さんのお墓の隣の列から物音がした。
気づかないうちに誰か来ていたのかと思って視線を向けると……
「ニャー」
「猫だ」
お墓の間から白い猫が出てきた。
物音の正体はこの猫らしい。
「野良猫だからってお墓に乗るなよ。それとそれ以上近づくな。ステイしてろよ」
俺は猫から視線を外さないように後ずさる。
もしも襲われたら俺は死ぬ。
場所的に不謹慎な言い方かもだけど、他の言い方が思い浮かばない。
多分猫の方は俺に興味はないんだろうけど、こっちを見てる以上は油断はしない。
そして曲がり角に着いたところで猫から視線を外して普通に歩き出す。
どうにかして襲われることを回避した。
俺はほっとしながら母さん達が待つ駐車場まで向かった。
駐車場ではぐったりした悠仁さんと唯さんが居て、水萌と花宮が母さんと楽しそうに話していた。
俺に気づくと話をやめて、トイレに言ってるらしいレンを待った。
レンが帰って来ると俺達は車に乗り込み家に帰った。
悠仁さんと唯さんは自分の家に、その他の俺達はうちに。
その日はなんだかレンがボーッとしてた気がしたけど、なんだったのか。