井伊谷
1553年 4月下旬 遠江国井伊谷 金丸平三郎
「 お初にお目にかかりまする。武田家臣金丸平三郎にございます。 」
井伊谷を抑える井伊家の本拠井伊谷城の大広間に通されていた。
「 井伊家当主井伊信濃守直盛である。武田家臣が何用ですかな。 」
懐から書状を取り出し井伊殿の側に控えている小姓に渡した。
「 我が主から信濃守様への書状にございます。実は、井伊亀之丞殿を当家で召し抱えたいのですが井伊家の跡継ぎということもあるので一度信濃守様へご確認をと。 」
その場に居合わせた者全員顔を伏せて当主の次の言葉を待った。場が凍るなか一人の尼が入ってきた。
「 父上いいではありませんか。亀は、信濃で子供まで作ったようです。井伊谷を捨てたのです。 」
その発言に一気に場が沸いた。窘める者もいれば煽る者もいた。収拾がつかなくなってしまった。
「 皆の者客人の前でどれだけ恥をかけば気が済むのだ。大概にしなさい。」
普段温厚なのであろう当主からの怒声に皆が正気を取り戻し姿勢を正した。
「 平三郎殿、内容は分かりました。亀之丞への書状を書きますので少しお待ちください。」
少ししてから書状頂けたのでお暇をしようと思ったのだが、先程の尼と中野殿に止められた。
尼の方は名を次郎法師と言い、現当主の実の娘で亀之丞殿の元許嫁なのだとか。一途に思い続けていたらしく亀之丞が妻を娶ったと聞き一気に切れてしまったらしい。そこで亀之丞殿に最後に思いを伝えたいらしく書状を預けられた。そして中野殿からは、昨晩横に居た女性についてだった。その女性の名は”ひよ”と言うらしいのだが、中村殿の正室の妹で大変亀之丞殿を慕っており、出来れば一緒に連れて行って欲しいとの事だった。昨晩の事もあったので断れず連れて行くことにした。
この”ひよ”という女性、史実では亀之丞の井伊谷帰還後正室となり、虎松後の井伊直政を生む女性であった。平三郎の判断は、三郎を大きく支える事なったのである。
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