中編「演奏、やってます」(5)
4時。いよいよ開演です。4人は控室からステージに出ます。各自の楽器のところにいき、ヨッシーのキーボードの音をもとに最後のチューニング確認をします。準備OK。
タエコが鳴らすドラムスティックのカウント音が4つ鳴り、イントロが始まります。1曲目はシーナ&ロケッツの『YOU MAY DREAM』。ミクッツが最初に取り組んだ、創設メンバーには懐かしい曲です。終わるとマイのMC。
「こんにちは。ミクッツです。今日は、私たちの、ここ『エンジェル』でのライブに来てくださって、ありがとうございます。うちのバンド、ほんとはここに出られるようなテクないんですけど、一生懸命やります。最後までお付き合いください...」
続けてマイが曲紹介をして、2曲目。オリジナル曲の「天使のメッセージ」。アップテンポの曲に、会場がさらにのってきました。
3曲目は川本真琴の「1/2」。結構むつかしい曲をものにしているのを聞いて、ドリンクカウンターの横で戸松さんと並んでいたオーナーが「これは...たいしたもんだ」とひとこと。
ステージがいったん暗転。中央に椅子がひとつ運び込まれ、ボーカルマイクとギター用のマイクがセットされると、スポットがあたります。アコースティックギターを手にしたマイが椅子に座ってマイクのポジションを調整し、話し始めます。
「ええと、最初も言いましたが、私たち、技術的にはまだまだで、今回のライブも実はピンチヒッターでお話をいただきました。バンドとして出させていただくだけでも光栄なんですが、私にとって、こういう形でソロのギター弾き語りをする機会までいただきました」
一呼吸おいて、マイが続けます。
「ギター始めて5年とちょっとです。弾き語りの舞台に立つってあこがれてたんですけれど、いざその舞台に立つと、緊張して...正直いま心臓バッコンバッコンです。何言ってるかわかんなくなってきたので、演奏に移ります。さっきやった「1/2」と同じ川本真琴さんの、『愛の才能』という曲を、ギター1本にアレンジしました。それでは、聞いてください」
Bマイナーのコードを一発鳴らすと、マイのボーカルが始まります。
会場は一瞬で引きずり込まれました。渾身のボーカルとギター。みんな聞き入ります。軽音部のメンバーも、マイのボーカルは初めてです。彼女の少しハスキーな歌声がこの曲にぴったり。付き合いの長いマーちゃんも、正直ここまで彼女が歌えるとは思っていませんでした。
カウンターの近くで戸松さんが、「してやったり」と言わんばかりに、笑みを浮かべています。
スキャット入りの後奏がしばらく続いて、曲は突然終わります。
しばらく間をおいて、そこここから拍手が起こります。それはやがて満場に広がり、割れんばかりの拍手と歓声に包まれます。
立ち上がって何度もお辞儀をするマイ。無事演奏を終えた安堵と、これだけの拍手をもらった嬉しさで、満面の笑みに少し涙ぐんでいるように見えます。。
椅子とマイクが片付けられ、会場が落ち着いたあたりで、ふたたびステージ全体に照明が灯ります。マイはもとのポジションに戻りました。
「それではここで、私たちミクッツのメンバー紹介をします」とマイ。二代目ミクベー、ミクピー、タイコ、の順に紹介し、いつもとおり、ヨッシーがリーダーのシショーを紹介します。
「今日のライブは6曲の予定ですが、次は5曲目。この曲につては、作詞をしてくれた二代目ミクベーから紹介してもらいます」
「こんにちは。二代目ミクベーです。去年の8月に加入しました。えーと...最初のころ、作詞がマストだってことで、最初に歌詞を作ったのが、2曲目の「天使のメッセージ」でした。でも、わたしが書いた歌詞を、みんなで直してくれて出来上がったので、いわばミクッツ合作です。で、次に演奏する曲の歌詞は、わたしがひとりで書きました。それにマ、じゃなかったシショーがスローバラードのすてきな曲をつけてくれて、この歌ができあがりました。大事な人のことを思いながら、聞いていただけるとうれしいです。それでは...『あなたがいま、いる』」
ヨッシーのキーボードソロで、教会オルガン風のコラールで始まる前奏。それにベースとドラムス、さらにギターが加わります。
そして、一瞬ノエルのほうに視線を送ってから始まる、ミカのボーカル...
うららかな光の中
こずえを渡る青い風
開け放した窓 春の息吹き
あなたがいま、いる
言葉もなく交わす眼差し
このまま時間を止めたい
あしたが来なくてもいい
あたたがいま、いるから
ふたりが過ごした月日
そんなに長くないけれど
それだけ愛しさがつのるのよ
あなたがいま、いる
三年先、五年先
ふたりにはただ遠すぎる
約束守れなくてもいい
あなたがいま、いるから
一年先、二年先
ふたりにはまだ遠すぎる
約束守れなくてもいい
あなたがいま、いるから
あしたが来なくてもいい
あたたが、いま、いる
あたたが、いま、いる
演奏が終わると、やわらかな、あたたかい拍手が会場に広がりました。
ノエルは、ずっとミカのほうを見ています。会場全体に送っていたミカの視線が、ノエルのほうに向きました。ステージのミカ、会場のノエル。一瞬ですが、二人は確かに見つめ合いました。
拍手がほぼ終わると、マイの「ワン・ツー・スリー・フォー」を合図に6曲目が始まります。プリプリの「Diamonds」。会場がいっせいに盛り上がります。何度も演じて、サビのミカとヨッシーのハモりとかけ合いも、堂に入ったものになりました。
オーナーがぽつり。
「この子ら、この夏で活動終えるんだって?」
「そうです」と戸松さん。
「うーん。続ければ、とてつもなく化けるかもしれないのに、もったいないなあ」
6曲目が終わり、割れんばかりの拍手の中、マイが大きな声で「どうも、ありがとうございましたー」と言います。
軽音部のあたりから声が起こります「アンコール」「アンコール」...
しばらく「アンコール」の声が響いていました。すると...
「やっほ~い!」と言いながら、ハンドマイクを持って控室から飛び出してきた女の子がいました。
ルミ女の夏服。身長はミクッツで一番高いミカよりさらに少し高く、端正な顔立ちに、腰まで伸ばした黒髪が印象的です。
客席から「え~」「なんで?」の声が上がります。
「みなさん、お待たせしました。初代ミクベー参上です!」
ミクッツの創設メンバーのひとり、ミクこと鷹司美紅が、サプライズで登場しました。
「みんな、元気だったかな? 私は、ご覧の通り、すーーんごく元気だよ。ルミ女の制服久しぶりで、超なつかしッコだよ」
「あらためて紹介します。ミクッツのベーシスト兼メインボーカルだった、初代ミクベーです」
「ちょうど家族の用事が明日、天歌であるんで、パパにたのんで、一日早く来ちゃったんだよ。それがねー...」
際限なくしゃべりそうなミクを遮ってマイ。
「あのーー、ミクちゃん。そろそろ演奏の時間だよ」
「しまった。エヘ」といいながらミクがグーにした右手を頭の右斜め上に。
「それでは、アンコールの声にお応えして、ていうか最初からその予定でしたが、もう1曲。メインボーカルを初代と二代目のミクベーでお送りします、ミクッツ最初のオリジナル曲『どぅ?』」
メインボーカルは、開演前にミカとミクで相談して、それぞれが歌うところといっしょに歌うところを決めました。
タエコが鳴らすドラムスティックのカウント音が4つ。ボーカルを含めて全員が一斉に音を奏でます。
場内はほとんど総立ち状態の盛り上がりになりました。
拍手と歓声の中で、ミクッツの「エンジェル」ワンマンライブは、終了しました。
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メンバーは客席に向かいます。最初に5人揃ってオーナーと戸松さんのところへ行って、お辞儀をします。オーナーはずっと拍手を続けれくれました。それから香川先生と軽音部のみんなのところに。しだいに初代ミクベーのところにみんなが集まる形になりました。
そのあとは、思い思いに家族や友達のところに行きます。マイは付属病院の福田さんとなにやら話をしています。
ミカはおじいちゃん、おばあちゃんのところへ向かいます。
「どうだい?」とおじいちゃん。
「うん。緊張したけれど、すっごく楽しかった」
「私たちも楽しませていただきましたよ」とおばあちゃん。
「来てくれて、ほんとうにありがとう」
「いや、僕たちはほんとに幸せ者だよ」とおじいちゃん。
そこへ、ヨッシーといっしょに男の人がやってきました。
「森宮部長」と男の人がおじいちゃんを呼びます。
「吉野さんじゃないですか」とおじいちゃん。
「お父さん、この方は?」とヨッシー。
「いまの会社に就職したときに大変お世話になった方だ」
「じゃあ、ヨッシーのお父様が就職されたのって、おじいちゃんの会社?」とミカ。
「そうか。吉野さんのお嬢さんが、ミカのバンドのお仲間だったんだね」とおじいちゃん。
「父が」とヨッシーがおじいちゃんに。
「祖父が」とミカがお父様に。
「お世話になっています」と二人のユニゾン。
それからミカはおとうさんのところにいきました。
「こんだけ持ち歌があったんだね。練習大変だったろう」
「うん。最初のうちはとにかく必死だった。でも最近は楽しいよ」
「そりゃよかった」
「楽しかった?」
「うん。とっても楽しかった。またライブするのかな?」
「いまのところ、あとは学内のライブだけ」
「そうか。もし、また見せてもらえる機会があったら、教えてほしい」
「わかった」
そのあと、リツコと友達にあいさつ。
「ノエルくん目当てだったけど、ライブもすっごくよかったよ」
「ありがとう」
「私たちはいいから、行ってあげなよ」とリツコが視線でノエルのほうを指します。
「じゃあ、また学校で」
ノエルはかなり疲れたようでした。
「大丈夫?」とミカ。
「うん」
「どうやって戻るの?」
「父親が迎えに来る。もうすぐ...」とノエルが言ったところに、お父さまがやってきました。
「今日は、息子をお招きいただいて、ありがとうございました」とお父さま。
「いえ、来ていただけて本当によかったです」
「じゃあ、今日のところはこれで失礼します」
「また、連絡するから」とノエル。
ミカは会場を後にする二人を見送ります。
本降りになってきた雨の中、タエコ兄とミクが加わった6人で、「JUJU」へ行きました。
ミクが「なつかしい~」を連発します。
今日はみんな、バーガーのセットを注文しました。
みんなの注文の品がそろったところで、マイが口を開きます。
「今日はみんな、おつかれさま。いいライブができたと思う」
「マイ、かっこよかったよ!」とヨッシー。
「ありがとう。嬉しいって気持ちと、やれやれって気持ちが半分ずつかな」
「まさに独壇場」とタエコ。
「お兄さん、本当にありがとうございます」とタエコ兄にマイ。
タエコ兄は例によってニコニコしています。
「ミク、ほんとによく来てくれたね」
「みんなの一世一代のライブだからね。用事がなくっても馳せ参じたところさ!」
しばらくバーガーとポテト、ドリンクを楽しみながら歓談。
特に、ミクの転校先の学校生活のことで盛り上がります。
ひととおりみんなが注文の品を食べ終わった頃、店長の半澤さんが、トレーを持ってやってきます。
「ライブ大成功、おめでとう! とってもよかったよ!」
いつものように、ミニチョコレートサンデーです。
「わあ、ありがとうございます。これいただくと、ものすごい達成感湧くんです」とマイ。
「文字通りご褒美」とタエコ。
「さて、ひとつ真面目な話」とマイが表情を引き締めて言います。
「実は、8月にワンマンライブのお誘いがかかりました」
「ひょっとして?」とヨッシー。
「そう。付属病院の福田さん」
「いつ?」とミカ。
「8月11日。山の日の祝日。お盆の時期だけれど、みんなどうかな?」
「私は大丈夫だよ」とヨッシー。
「わたしも」とミカ。
「じいさんに言ってお盆の予定変えさせる」とタエコ。
「じゃあ、お願いしますってことで福田さんに言っとくね」
「残念無念。我が一族の集まりがあるので、私は参戦できませぬ」とミク。
「わかった。画像送るから」
「ライブがひとつ増えて、なんか、とってもうれしいな」とミカ。




