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70. 上級ダンジョンは簡単でない その2

 上級ダンジョン第六層からは個人の能力が試される。


「回復バトルですか」


 第六層はセーラ担当。得意である回復能力を活かしたテーマだ。じゃんけんバトルのように対戦相手のジーマノイドが用意されている。ナース服の女性ジーマノイドによって勝負の内容が説明された。


「今からこの場に100人の怪我人が出現します。彼らをより多く回復させた方が勝ちになります」


 ルールの疑問点についてセーラが質問する。今回はセーラが主役であるためメイは一歩下がって状況を見守っている。


「多くの人を回復させた方が勝ちということでしょうか」

「いいえ、回復量で判定します。今回だけ特別に回復量を数値化します。重症であればあるほど回復量が多く得点が高いです」


 片っ端から回復するのではなく、重症患者から優先して治療する戦略が求められる。だがそれはあくまでも一人一人回復した場合のこと。強力な範囲回復魔法が使えるのであれば、先手をとって魔法を使った方が勝ちというスピードゲームとなってしまう。当然そのための対策は取られていた。


「怪我人の中にダミーとしてアンデッドが含まれております。彼らを回復魔法で攻撃した場合、そのダメージ量が減点となりますのでご注意ください」


 つまり闇雲に範囲回復魔法を使ってもポイントは伸びないという事だ。


「説明は以上です。何か質問はございますか?」

「制限時間はありますか?」

「無いです。ですが、たった100人ですからすぐに終わるでしょう」


 相手のジーマノイドはおそらくセーラと同等の実力の持ち主だろう。セーラの魔法であれば例え瀕死であっても全快するため、決着がつくのに時間はかからない。


「分かりました。もう結構です」

「セーラもう良いの?」

「ええ。わたくしの勝ちは見えましたわ」


 まだ始まっていないにも関わらず勝利宣言をするセーラ。メイはその策を教えてもらう。


「流石セーラ。えげつない」

「照れますね」

「誉めてないから」

「それではみなさん、よろしくお願いします」


 セーラは戦いの舞台へと足を踏み入れる。全体を見回せるように高台に登り、上から回復魔法をかけるのだ。


「怪我人が出現したらスタートです。準備はよろしいでしょうか」

「はい、大丈夫です」


 この勝負、負けたら命を取られるという類のものではないので気楽に挑戦可能だ。再度やり直せば良いだけなので、初回は様子見する作戦を取るのもありだろう。もちろん、勝ち確と宣言しているセーラがそのようなことをするつもりは毛頭ない。


「はじめます」


 ジーマノイドの合図で100人の怪我人が出現する。骨折をしている人もいれば、単なる切傷のひともいる。病気の人もいれば全身包帯で瀕死の人もいる。症状も千差万別で、どのような症状でも治せる実力が必要だ。また、よく見ると人々の間にスケルトンがいる。棒立ちで何もしない姿は実にシュールである。


「エリアハイヒール!エリアハイヒール!ハイヒール!ハイヒール!」


 開始と同時に範囲を絞ったエリアハイヒールで複数人を一気に回復し、その後も重傷者を優先して回復させるジーマノイド。一方、セーラは……


「ヒール、ヒール、はい、ヒール」


 慌てることなく隅っこの方から順番に回復をしている。数値はあっという間に差がついた。


「(勝負を捨てているのかしら)」


 ジーマノイドがそう思うのも当然だ。だが、セーラの作戦はここからが本番であった。


「セーラ、行くよー」

「はーい、お願いしまーす」


 まだ怪我人が残っているものの、セーラは回復を止めてしまった。そしてセーラに声をかけたメイ達の行動を待つ。


「とりゃー」

「ぎゃああああああああ!」

「ハイヒール!」


「落ちろ落ちろー」

「ぎゃああああああああ!」

「ハイヒール!」


「ニトロブレイズー!」

『ぎゃああああああああ!』

「エリアハイヒール!」


 なんと、怪我が治った人をメイ達が攻撃し始めたのだ。そして新たに生まれた怪我人を回復し、セーラのポイントがどんどん伸びて行く。


「えぇ……」


 これにはナース服ジーマノイドもドン引きである。


「もっと、もっとダメージを与えて下さい!ぐへへへ!」

「鬼いいいい!」

「悪魔ああああ!」

「人でなしいいいい!」

「ハイヒール!」


 阿鼻叫喚とはこのことだろう。終わらない暴力に晒されたイベント用ジーマノイド達は、本気で泣き叫び止めてくれと嘆願した。


「いっそ殺してくれええええ!」

「だーめーでーすー!エクストラヒール!」


 制限時間を確認したのは、この方法でじっくりとポイントを稼ぐためであった。セーラの圧勝である。


「もういいだろ。止めてええええ!」

「たすけてーーーー!」


 勝利が決まっても地獄は中々終わらなかった。


――――――――


 七層はトモエ担当。


「あちらの女性が部屋の右端に到達するまでの間に何らかの罠にかけることが出来れば合格です」


 分厚いガラスで隔たれた先に、200メートルトラック程度の広さの何も無い部屋がある。メイ達から向かってその左端に一人の女性が立っている。


「部屋の中は罠をかける側の望む環境に設定可能です。例えば森、山岳、草原、海岸などご自由に設定してください」


 何も無い部屋を仕掛けたい罠に適した環境へと変更することが出来る。例えばトモエの場合、先のイベントで森の中で無双したように足場も見通しも悪い環境にすることで落とし穴に落としやすくすることが出来るのだ。


 あまりにもトモエにとって有利な条件。

 だが当然、有利にするだけの理由がある。


「ちなみに、あの女性は罠感知の能力を持っていますのであしからず」

『最悪だー!』


 思わず声を揃えて叫んでしまうメイ一行。

 どれだけ環境が悪かろうとも、罠のある場所が分かっているなら回避するのはたやすい事。トモエにとって相性が最悪だった。


「罠だらけにしてどこも通れなくしたらどうかな?」


 メイの考え方もある意味最悪ではあるが、自然な考え方の範疇だろう。


「それはダメだぞ。トラップっていうのは正解があるからこそトラップなんだぞ」

「何そのこだわり……」


 トモエにとって罠はおびき寄せてかかってもらうもの。強制的にかからせるものではないというトラップに対する妙なこだわりがある。それが無ければ、そもそもトモエの能力ならば女性の足元に突然罠を出現させればそれで終わりだったりする。


「それじゃあフィールドは草原でお願いするぞ」

「かしこまりました」

「ちょ、ちょっとトモエ!?」


 悩むことなく草原を選んだトモエ。

 草原は見通しが良く、罠を仕掛けるには不向きであるためメイは驚いてしまった。

 だがそんなメイの反応は気にせずにトモエは案内のジーマノイドに質問をする。


「あの人と事前に話をすることは出来る?」

「はい、可能です。そちらのスピーカー横のボタンを押しながらお話しください」


 いつの間にかガラス横の壁に小さなスピーカーとボタンが設置されていた。トモエの要望に答える形で今生成したのだろう。


「あーあー聞こえてるか確認だぞー」


 トモエがスピーカーに向かって話しかけると、軽い準備体操をしていた女性がその声に反応する。


「聞こえてるわよ、トモエさん」

「Meのこと知ってるなんて驚きだぞ」

「そりゃあ知ってるわよ。あなたは有名人ですし、同じ罠に関係する能力の持ち主としてチェックはしてるわ」


 良くも悪くもメイ一行のこの世界での知名度は非常に高い。特に大イベントの最終日に中心となって暴れたのが大きかった。この女性もそれでトモエの事を知ったクチだ。


「でも良いの?草原なんて簡単に突破するわよ」


 すでに部屋の中は草原フィールドに変更されている。

 草の長さは女性の足首程度であり、スムーズに移動が出来そうだ。


「気にしなくて良いから全力で突破して良いぞ。もしゴール出来たらMeからもプレゼントをあげるぞ」

「プレゼント?」

「もうゴール付近に置いてあるぞ。そこからだと見えないと思うけど、秘蔵のお宝本だぞ」

「本?」


 女性の位置からはそれは見えなかった。

 メイ一行の場所からは見えたけれども、何の本なのかは良く分からない。


「う~ん、良く見えない。双眼鏡とか欲しいから」

「どうぞ」

「あら親切」


 ジーマノイドがわざわざ双眼鏡をメイに渡してくれた。


「どれどれ……………………はぁああああああああ!?」


 それはいわゆる禁書の類のものであった。

 この世に存在してはならない禁断の書物。


「ちょっ……トモエ!なんであんなのが存在するの!?」


 嫌な汗がぶわあっと滝のように流れ、焦るメイ。

 その本はメイにとって・・・・・・絶対に存在を認めてはならない物だったのだ。


「それじゃあはじめるぞー。よーいスタートだぞー」

「こらああああああああ!」


 メイの焦りを無視して勝手にスタートするトモエ。

 このままではあの女性があの本を手に入れてしまう。


 メイは介入することを瞬で決断した。


 パリイイイイイイイイン!


「!?」


 スタートして駆けだそうとした女性の耳に爆音が聞こえてくる。

 そちらの方を見ると、両腕をクロスし、足を折り曲げてガラスを突き破って来るメイの姿が目に入った。


「止おおおおまああああれええええ!」

「きゃああああああああ!」


 体中に所々ガラスが刺さった状態で鬼のような形相で近づいて来るメイに女性は思わず逃げ出してしまう。


「ちょっ!待て!ゴールなんかさせないから!」


 トモエが仕掛けた罠を回避しながら全速力でゴールに向かおうとする女性だが、後ろからメイが力を使って止めようとして来る。


「ひいいいいいいいい!助けてええええええええ!」

「ゴールはダメええええええええ!」

「きゃああああああああ!」


 トモエが仕掛けた罠。

 それは草原に潜む数々の罠ではない。


 開始前に女性と会話を試みた事。それこそが罠だったのだ。

 あの時点で女性がトモエの話しかけを怪しいと判断して無視すればトモエも別に手を考えるしか無かっただろう。だが女性の能力が『物理的な罠』にしか効果が無く、会話という罠に気付かなかったがゆえに『本』の話題をトモエに出されてしまったのだ。


 そうなれば結果は決まったもの。


 メイに似た女性がうねうねにアレされてそうな表紙の本の入手を防ぐべく、メイにより強制的に罠にかけられる追いかけっこが始まった。


「あっ……いや、いやああああああああ!」


 女性の運動能力は平均的。

 例え落とし穴の位置が分かっているとはいえ、メイに追いかけられた状態では逃げ切れなかったのである。


「きゃああああああああ!た、助け、いやあああああああ!」


 無残、女性は見せられないよ状態になってしまった。


「やったぞ!クリアしたぞ!」


 作戦が成功して喜ぶトモエ。

 だが喜ぶのはまだ早い。


「トーモーエー!」

「あ……」

「絶対描かないでって言ったのにーうわああああああああん!」


 本を手に戻って来たメイのまさかのガチ泣きである。

 怒られ殴られることを想定していたトモエは、しばらくの間、困惑させられてしまったのであった。


――――――――


 第八層はソルティーユ担当。


「わぁ、おくすりいっぱい!」


 巨大なテーブルの上に多くのフラスコが並んでいる。

 100個近くはありそうなそれらに、色とりどりの薬品が入っている。


「ルールは簡単です。次の階への入り口を防ぐ壁を破壊すること」


 これまたジーマノイドがルールを簡潔に説明してくれる。


「この壁はあなたが今までに発生させた錬金爆発の最大威力でギリギリ破壊できない強度にしてあります」


 つまりこれまで以上の威力の爆発を発生させる組み合わせを見つけなければならない。


「チャンスは1回。失敗した場合は、皆さん全員の上級ダンジョンへの挑戦権を剥奪します」

『はぁ!?』


 これまでの階ではこのような制限は無かった。

 八階層ということで終わりが近づいているとはいえ、難易度の急変に皆が驚く。


「たった一回のチャンスで突破しろなんて無茶だから……ってそういうことか」


 だがメイはすぐにこのルールの意味に気が付いた。

 ソルテはこれまで勘で適当にニトロ薬と何かを合わせて爆発させており、何とかけあわせると何が起きるのかは分かっていない。分かっていたとしても、1回で極大爆発を成功させられる可能性はかなり低いだろう。


 つまり正攻法での突破は求められていないということだ。


 そしてルール説明の内容。

 壁を破壊しろとは言ったが、並べられた薬品を使えとは言っていない。

 つまりメイの力で破壊しても問題無いのだ。


「よーしがんばるぞー!ママたちは手出し無用だよ!」


 だがそんなことを考えもしないソルテは喜び勇んで薬品を選び出した。


「(ソルテってこういったらなんだけど、馬鹿だから……)」


 セーラとトモエは思慮深く戦略を練る知恵がある。そのほとんどが邪悪な方向で活用されているのでメイとしては絶望しか無かったのだが、それは置いといてソルテにはその知恵が無い。


 パズルなどは好きで得意ではあるが、好きな事以外ではあまり頭が回らないタイプ。


「わぁ、ニトロがこんなにいっぱい!使って見たかったのがある!あれ見たこと無ーい!」


 恐らく今はもう、チャンスが一度であることなど忘れているだろう。


「(二人とも、いざとなったら私が介入するから)」

「(はい)」

「(分かったぞ)」


 このままソルテが貴重な一回を使ってしまうなら、手出し無用とは言われたけれどもメイは手を出すつもりだ。こんなところでしょうもない終わり方をしたくはないのだ。この後でソルテに恨まれようともメイは己の力であの壁を破壊すると決めていた。


「迷っちゃうなぁ。よ~し、それじゃあこうしよっと!」


 ソルテの錬金術は、試験管などの入れ物に入った薬品を投げるだけで勝手に結合されて錬金が発動する。その能力は進化し、今では錬金素材であれば好きなだけ同時に錬金出来るようになっていた。つまり、錬金素材が複数個あったとしてもそれらを手に持って投げるなどの作業は不要であり、謎の力により勝手に素材が指定の場所に移動して錬金されるのだ。


「いっけええええええええ!」


 ソルテは机の上に乗った全ての薬品を壁にぶつけたのだった。


「(笑ってる?)」


 メイは気が付いた。

 この階の説明役のジーマノイドが、ソルテの行動を見てうっすらと笑みを浮かべていることを。


「(まずい、これは罠だから!)」


 ソルテが全てを混ぜてしまうことも想定されていたのだろう。

 そうした場合に絶対に爆発が発生しない組み合わせになっていたのだ。


「ソルテ、ダメ!」


 メイが叫んだがもう遅い。

 錬金は発動し、全ての薬品が壁の付近に収束して効果が発生しようとしていた。


「これはまさか!」

「セーラ?」


 発生しかけている白い光を見てセーラが何かに気が付いた。


「発動しようとしているのは究極の癒しの力です。この威力、死者すらも蘇らせる効果があるかと」

「厄介な!」


 死者は蘇り、状態異常は解消され、一時的に各種能力が百倍になるバフ付きの癒し効果。

 それが地球全体を覆えるくらいの範囲内に発動するトンデモ効果。


 これではメイが全力で壁を殴ったとしても、壁までも癒されて元に戻ってしまうかもしれない。

 それはセーラでさえも出来ないことだ。


「うらやましい!」

「こら、セーラ!」


 壁の破壊ギリギリで回復させたいとうずうずしていたセーラにとっては喉から手が出るほど欲しい力であった。


「でもやるしかないから!」


 どれだけ絶望的な状況でも、やらないわけには行かないのだ。

 メイは急いで力を練り、錬金術の効果が終わる前にとギャグ力で壁に向かって攻撃を仕掛けようとした。


 その時。


「これも追加だよー!」


 ソルテが黒い何かを壁に向かって投げつけた。


『え?』


 その場の誰もが驚いた。

 その黒い何かが錬金の素材として追加された瞬間、白い光がたちまちどす黒く濁り出したのだ。


「まずい!」


 それを見たジーマノイドはすぐにその場を離れる。

 逃げ足が早すぎである。


「あははー反転したっぽいぞ」

「ということは……どうなるのでしょうか?」

「超回復の反対なんだから、あの程度の壁くらい軽く吹き飛ばしてくれそうだから」

「おーそれは良かったぞ」

「これでこの階も突破出来ますね」

『あはははははは』




「逃げろおおおおおおおお!」




 その日、異世界が消滅した。

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