67. 別れの挨拶もシリアスではない
「ええ!帰っちゃうんですか!」
「はい、なのでここに来るのも今日が最後になるから」
「そうなんですか……清々、いえ、寂しくなりますね」
「おいコラ」
初級世界でメイが一番お世話になったレストランに、お別れの挨拶にやってきた。
「冗談です、皆様のおかげで来店されるお客様が増えたのですから感謝しておりますよ」
「いやぁそれほどでも」
「褒めてないです」
褒めているようにしか聞こえない台詞であるが、『皆様のおかげ』の部分が『店の大破』を指しており、非難の意図も込められているのだ。
「それじゃあ最後に豪快なのやっとく」
『おおおおおおおお!』
「はぁ……」
大乱闘からの大崩壊が癖になってしまったイカれた客共が大歓声を上げた。メイが居なくなるのは寂しいが、最後の一撃を味わえることが至高の喜びであるという変態どもだから仕方がない。
「あなたともう一度戦えないのが残念だわ」
「……誰?」
「ちょっ!コキュートス喰らいたいの!?」
「…………………………ああ、クリスさん!」
「この子、本気で忘れてましたわよね」
忘れているも何も、メイが彼女にまともに遭遇したのは料理奪い合いバトルのあの日だけなのだ。その後の大イベントでもメイを倒そうと参加したが、大乱戦となってしまいただのモブとしてしか扱われなかったのである。
「それなら今日やっとく?今ならあの氷程度破壊できそうだけど」
「うえっ!?何よそれ!」
鍛えられた今のメイの力であれば、突破出来ないものなど殆ど無いのである。
「と思ったけどやっぱりやーめた。クリスさんの戦い方だと料理が勿体ないもん。最後に暴れるとしても美味しく食べたいし」
「あなたがそう言うのなら仕方ないわね。うん、仕方ない」
手持ちの貴重なアイテムを使ってでも倒せない可能性があると分かり慌てたクリスは、敵前逃亡を選択した。その道を示してくれたメイの提案にのっかる形ではあったが。もしメイが元の世界に帰る選択をしていなかったらとんでもない借りを作ることになっていたぞ。
「よく見るとあの時の兄ちゃんたちもいるね」
カトラリーを破壊したゲンジロウやトマト料理を工夫して食べたサトルなど、イベントで出会った人物が勢揃いしていた。みな、メイとお別れを言うためにやってきたのだ。
「達者でござるよ」
「メイさんのはちゃめちゃな話を聞くのが楽しみだったので寂しいです。向こうでも元気でね」
「あはは、ありがと」
お別れ会の様相を呈して来ており、メイは名前も覚えてない人相手にも丁寧に最後の挨拶をした。
「俺は来ない方が良かったかな」
「帰れ!」
だが一人だけ、速攻で拒絶された相手が居た。この世界でのメイの最大の辱めの関係者、アキラである。
「まぁまぁそんなこと言わずに、話だけでも聞いておいて損はないぜ」
「あなたに罪はあんまり無いのは分かってるけれど、顔を見るだけでトラウマが刺激されるから帰ってくれないかな」
すでに嫌な汗が全身から噴き出ている。このタイミングで『らぶしてる』などと言われたら、まだ料理を口にしてもいないのに建物が全壊しそうだ。
「それじゃあ一言だけ伝えてからすぐに帰るわ」
アキラはそう言うと、メイの耳元へと顔を寄せる。
「気をつけろ。例のシーン、動画にしてお前の世界に拡散される可能性があるぞ。奴らならそのくらいやる」
「!?」
言われてみれば、醜悪なメグであればそのくらいのことはやりかねない。むしろそんな当然のことにすら気付いていなかった自分が恥ずかしいくらいだ。
「ありが」
お礼を言おうとしたメイだったが、アキラはすでに店を出るところであり、感謝の言葉は届かなかった。慌てて店の外に出て追おうとしたが、何も言うなというばかりに後ろ姿のまま右手でサムズアップしていた彼を見てメイの心は少しばかり揺れた。
「(私もあーいうのやってみたいいいいいいい!)」
この世界の住人の多くは拗らせているのであった。
店に戻ったメイは、仲間達とどんちゃん騒ぎをしながら全力でレストランを崩壊させ、別れの宴を堪能した。
「そうそう、上級ダンジョン長そうだし、途中で戻ってきたらまたこの店に来るから」
『来るな!』
――――――――
「あら、もう来ないのかと思ってたわ」
「そう思ってたんだけどね、あれで終わるのもなんか微妙だったし」
次にメイ達がやってきたのはウェザーのところ。
「あなたとはもう少し交友を深めたかったですわ」
「お断りします」
「おーほっほ、冗談がお上手ですこと」
「本気だから!」
あの日以来、マニーはウェザーと共に遊んでいる。
「イエス!マム!デスカ」
「ハイ、ソウデス」
仲間達も交流しているようで、人数が増えて活気が出ているようだ。マニー部下の目のハイライトが消えかかっているとか、気にしてはならない。
「セーラさんにもお世話になったわね。あなたがいなければきっとメイに逃げられてしまったでしょう」
「お気になさらずに。わたくしもメイの色々な姿が見られて楽しかったですから」
「これ怒るとこだよね」
メイの魔法少女コスを見たくてセーラが裏切りまくったがゆえのウェザーとの交友である。結果として可愛い服を着るに留まれたから良かったものの、一歩でも間違えばバッドエンド一直線だった。改めて自分が無事のままこの世界を去れる幸運を噛みしめるメイであった。
「それじゃね。なんだかんだあったけど楽しかったよ」
「待ちなさい」
「何?」
ウェザーとは魔法少女抗争の時に今後の話を色々としてあるので、改めて時間をかけて話をする必要はない。故に、簡単な挨拶だけで済まそうと思ったのだが、去ろうとするメイにウェザーがストップをかけた。
「スマホを見せなさい」
「……みんな、逃げるよ!」
「こおらあああああああああ!」
メイのスマホにはウェザーが魔法少女コスでノリノリな姿が写真と動画でたっぷりと記録されている。魔法少女抗争の前に、メイはウェザーにそれらを日本でばらまかれたくなかったら余計なことをするなと脅したが、何もしないからと言ってばらまかないとも言っていない。また、例えばらまかなくとも、向こうに帰った時に偶然出会ってしまえば脅されるのは目に見えている。
「このまま逃げたらあんたの動画ばらまくからね!」
「あんたには人間の血が流れてないのか!」
「お前が言うなああああ!」
メイとウェザー、やはりこの追いかけっここそが、最後の交流に相応しい。
「いや、相応しくないから。誰か助けてええええ!」
――――――――
「うわああああああ!」
「来るなあああああ!」
「酷い言われよう」
ウェザーから逃げ切ったメイが次に訪れたのはジーマノイドが働く役所である。
「胸に手を当てて考えてみたらいかがでしょうか」
「こうかな。う~ん、分からない」
「死ねば良いのに」
色々と紆余曲折あったものの、メイが最もお世話になったのはジーマノイドだろう。担当のメグはもちろんのこと、街中の至る所でメイ達が楽しく快適に過ごせるようにフォローしてくれていた。最初に訪れたレストランもまた彼らが運営しているのだ。
「お別れの挨拶に来た」
「さっさとゲームオーバーになってください」
「失敗前提とか酷いから。絶対に上級ダンジョンクリアしてみせるから」
メイの力はチートと呼ばれてもおかしくないものだ。力が当初のままであれば、対策の取りようはいくらでもあったのだが、神の理を凌駕し始めたがゆえに、難易度の高い試練であっても強引に突破することが出来るからだ。例えば難しいクイズに答えないと先に進めない、という場合にクイズに答えずに次のフロアへの障壁を強引に破壊して先に進むような手段も取れるのだ。ゆえに、このレベルの力があってなおクリア出来ない難易度では流石に無いだろうとメイは踏んでいた。
「分かりました。それでは私も真面目に対応致しましょう」
「メグ?」
メグから相手を小馬鹿にするような雰囲気が消え、背筋を伸ばし真剣な表情でメイの前に立った。後ろでメイのことを恐れおののいていた他のジーマノイド達も起立し、背筋を伸ばしてからメイに向かって軽く頭を下げる。
「メイ様。あなたは新たな娯楽をこの世界にもたらして下さいました。娯楽を提供する神の遣いとして、感謝致します」
「お、おう……」
「本来ジーマノイドは感情を持たず、担当する人間の希望に沿う性格が表に現れます。あなたと数多くぶつかり合ったこの性格も、恐らくは貴方が心の底からぶつかり合える相手を求めていたから生まれたものでしょう。ですが、私が今抱いている気持ちは、決して作られたものでは無いのかもしれません。これはきっとあなたが我々のことを本気で人として接して下さったからではないでしょうか。我々ジーマノイドにも、多くの『楽しむ心』を提供して下さったこと本当にありがとうございます」
「なぁに、これ」
唐突に褒められて恥ずかしがるメイ。メグ相手に感謝されるなど、むず痒くて仕方ない。
「ええと、その、喜んでもらえたようで何よりだから」
「元の世界に戻った後も、メイ様の幸多からんことを祈っております」
そう言うと、メグは深々とお辞儀をする。
別れの挨拶としては申し分ないものだろう。いがみ合っていた相手が実は内心感謝していたというよくある話ではあるが、メイとしてはそう悪い気分ではない。
これなら後腐れ無くこの世界を去れそうだと満足してメイは役所を後に……
「ちょーーっと待ったーー!本題がまだだから!私の動画を日本に絶対に公開しないで欲しいから」
「チイッ!」
「うわ、こいつまさか体よく追い出して後で揶揄うつもりだったな!」
「面白いことをおっしゃいますね」
「否定しろよおおおおおお!」
感動的な雰囲気で別れた後に嫌がらせが待っている、というのもまたギャグ作品のお約束。メイはギリギリのところでその罠にはまるのを逃れることが出来た。
「いい、もし向こうに帰った後であんたたちが何か仕掛けてきたら、どんな手段を使ってでもここに戻って来てあんたたちをぶっ潰すから」
日本に戻ってしまえば神から授けられた力は消えてしまい、何ら力を持たないか弱い女の子に戻ってしまう。この世界のことを記憶していたとしても、何かが出来るはずがない。はずがないのだが、メイならば予想外の手段で復讐して来る可能性が決して拭えない。
「そこはほら、メイのご家族もあの動画を大層気に入ると思いますが」
「だから嫌だっつってんだから!」
「承知致しました。私共から地球に対してアクションはしません」
「私のスマホに勝手に動画をコピーしておいて、時限式で勝手に公開されるような罠をしかけるとかも止めてよ」
「チイッ!」
「よし、戦争だ」
結局最後は大乱闘の末に建物崩壊のオチとなってしまうのであった。妙に感謝されて終わるよりかはよっぽど二人らしい結末ではある。