66. 魔法少女抗争が美しくない
「迎撃用意!」
「イエス!マム!」
ウェザーが構えたのを見て、マニー達も揃ってマシンガンを構えた。
「行くわよ!」
「撃て!」
ウェザーが飛び出したタイミングでマシンガンから小気味よいテンポで銃弾が放たれる。
「この程度、造作もないわ!」
当たっても痛くは無いはずだが、ウェザーは器用に左右に体を移動しながら前進し、避けながらマニーに向かって突撃する。否、いくつかは当たっているが気にしてはならない。雰囲気が大事なのだ。
「弾幕が薄いわよ。ウェザーに集中して!」
「イエス!マム!」
特攻しているのはウェザーのみ、メイ達は様子見中だ。牽制のためにメイ達にも弾幕を張っていたが、それらを全てウェザーに集中させた。
「なかなかやるわね。でもまだまだ甘いわ」
フットワークをより素早くし、ウェザーの前進は止まらない。あからさまに何発も当たっているが気にしてはならないのだ。避ける動きをしている時は当たらないのがお約束なのだから。
「もらったわ!」
そうしてついにマニーの直前までたどり着いたウェザーは、渾身の一撃をぶち当てるべく右拳に力を篭めて踏みこんだ。
「かかったわね」
「なにぃ!?きゃああああああああ!」
踏み込んだ地面が突然爆発し、ウェザーは上空へ飛ばされてしまった。
「ぎゃっ!」
「おかえり」
そのままメイたちのいる初期位置へと出戻りだ。
「いつつ、まさか地雷をしかけているとは、迂闊だったわ」
「地雷」
何をどう考えたら魔法少女の話でマシンガンだの地雷だのという言葉が出て来るのだろうか。
「今がチャンスよ。GO!」
「イエス!マム!」
攻守逆転。マシンガンを構えた黒い魔法少女たちが、ゆっくりと前進して来る。
「次は貴方達に譲るわ」
「そう?それじゃあプリティトラッパーやっちゃって」
「最初からえぐいの選んだわね」
「全力全壊が魔法少女らしいじゃない」
「彼女の全壊は精神的に壊れるのよね」
魔法少女にとって最低最悪の敵が始動する。
「プリティ・ピット・テンタクル!」
『!?』
トモエが杖を頭上に掲げて魔法を唱える。何も起こらなかったように見えるが、黒い魔法少女達は恐怖に怯え前進を止めてしまった。彼女たちはトモエの能力を知っていたのだ。
だが彼女たちはあまりにも運が悪い。マニーはトモエの事を知らなかったのだ。
「どうしたの、進みなさい!」
「マム!ですが!」
「口答えは許しません。私の部下たるもの命を捨てる覚悟で挑みなさいと何度も言ってるでしょう」
「マム!どうか、どうかお許しを!」
「まったく情けない。後で再教育が必要だわ」
そう言うとマニーは前に……出ることなく、仲間の一人の背後に立つ。
「進みなさい」
「ヒエッ」
そしてあろうことか、銃を彼女の背後につけて前に進めと脅したのだ。
「うわああああああああん。許してええええええええ」
キャラを捨てて号泣するが、マニーはそれすらも許さない。
「誰が泣けと言ったのですか。進みなさい。進んで敵を討つ。あなたにはそれ以外の選択肢はございません」
「お願いします。許して下さい。なんでもしますから」
「何でもすると言うのなら進みなさい。私が望むのはそれだけです」
たとえ背中に銃を突きつけられているとはいえ、痛みを感じないこの世界ならばそれほど恐怖は無いはずだ。だが彼女は怯えている。
何故ならばマニーの持つ銃に撃たれると、魔法少女服が消え去り全裸になる特殊仕様だからだ。
軍隊のノリを実現するためのちょっとしたお遊びペナルティであり、普段は人のいないところでやってキャーキャー遊んでいる。もちろんマニーは人のいるところで女性を全裸にするなどと言う鬼畜なことをする人間では無いのだが、マニーはこれが中継されているということを忘れていた。
「(この子、演技上手ね)」
などとのんきに考えていたりする。
逃げれば全裸。逃げなければ触手攻め。究極の選択を突き付けられた彼女に天啓がおりる。
「(そうだ、これなら!)」
涙ぐみながらも、彼女はマシンガンを構え直して恐る恐る前に進みだした。
「そう、それで……ってそっちは!?」
彼女が進んだ方向には地雷が埋まっている。地雷の場所を忘れていて吹き飛ばされました。これなら醜態を晒さずに済む。起死回生の一手である。
だが残念ながら、彼女の願いは叶わなかった。
「なんでええええええええ!?」
ここを踏めば爆発する。そう思って地面を踏みしめた瞬間、彼女の足元が突如消え失せた。そもそもトモエは地雷の場所を分かっておらず、広範囲に適当に落とし穴を作成した。それが偶然地雷が設置されていた場所に重なってしまったのだ。
「いやああああああああ!」
地面に落とされた彼女は無残にも触手に両手両足を大の字に拘束され、体中を舐めまわされるという恥辱に塗れている。
「え、え、きゃああああああああ!」
それを見て真っ赤になり両手で顔を覆ってしまうマニー。えっちぃことに耐性があまりないが、指の隙間からこっそり見ているむっつりなのだ。
「な、ななな、なんてハレンチな。これが魔法少女の戦い方ですか!」
マニーの憤りはもっともだ。
だが、ウェザーは全く意に返さない。
「何言ってるの。魔法少女と触手は王道の組み合わせじゃないの」
お前が何を言ってるんだ。
「王道って、あなたそっち系のをやりたかったの!?」
お互い幼女を夢中にさせる純粋な魔法少女を目指していたと思っていたマニーは愕然とする。
「勘違いしないで。私が求めているのはあくまでも子供向けの魔法少女よ。魔法少女とは、子供に認められ、親に認められ、そしておっきなおにいちゃんに歪んだ性の対象として認められて完成するのよ!裏で醜い男の本能を刺激する、それがあってはじめて魔法少女は完成と言えるのよ!」
「な、なんですってええええええええ!」
「どうやらあなたは、世の中というものを知らないようね」
各方面に激怒されそうなセリフではあるが、実際問題成人男性の性命力は侮れない。表立って性的なものはNGであると明確にし、劣情を催すような表現には決してならない工夫がなされているが、男共の想像力はそのはるか上を行く。また、普段は本気で性的な感想を抱かないタイプの人間でも、『今の角度でパンツが見えないんだ』くらいには感じる人もいるだろう。
それが良いか悪いかと言われればウェザーにとっても悪い。であるが、現状そのように扱われているのならば、その流儀に沿うのもまた魔法少女を愛する者の使命である。
そう、強引に自分を納得させて見ないフリをしようとしているのだ。
「それならあなたもあれを経験したのかしら」
「なわけないじゃない」
「おいコラ」
ゆえに、自らが経験するなどありえないのだ。
「いやああああ、あ、チャンス!」
マニーとウェザーが会話している間にも蹂躙され続け、目のハイライトが消えそうな女性であったが、諦めずに暴れたためか右腕の拘束が一瞬解けた。その瞬間を逃さずに彼女は胸元に手を突っ込み、中から楕円状の何かを取り出した。触手が慌てて再度拘束しようと迫って来るが、その前に女性はその物体の上部についているピンを口で加え、思いっきり下に引いて取り外した。
「きゃああああああああ!」
手りゅう弾を使った自爆攻撃で触手諸共吹き飛ばしたのだ。このままあられもない姿を晒し続け、決定的な状況に追い込まれるくらいならばと、彼女の諦めない気持ちが引き起こした奇跡である。
「や、やった!」
彼女の拘束は解け、地面に落下する。狙い通りに触手は吹き飛んだ。九死に一生を得たのだ。
「はい、セーラ」
「プリティ・エクストラ・ヒール!」
「え?」
鬼畜共が、回復魔法で触手を復活させやがった。
「ぐへへへ」
「うわぁ」
自分がドン引きするような行為を命令するメイに周囲はドン引きである。
「なんでえええええええええ!?もういやああああああああ!?」
ああ無残。このまま彼女はR18な姿を衆目に晒してしまうのか。
「待ちなさい。今助けるわ」
そうはならなかった。これまで下手に手を出したら自分も触手に絡めとられてしまうのではと不安に思い仲間達は救出できずに手をこまねいていたが、彼女の必死の行動により手りゅう弾が効果的だと言うことが分かったのだ。落とし穴の範囲外から次々と手りゅう弾が投げられ、彼女は救出された。
「悪逆非道な者共を成敗します!」
「イエス!マム!」
あまりの非道っぷりにマニー側のやる気が満ち溢れてしまった。
ここから先は乱戦模様だ。
トモエが触手穴を大量に設置したかと思えば、マニー達は手りゅう弾を投げまくり地面ごと吹き飛ばす。それを見て自分も参加したくなったソルティーユが『プリティ・ニトロ・ボム』などと薬瓶を投げ込み辺りは爆発だらけ。ウェザーは流石に爆破地帯に踏み込む勇気が無かったが、決死兵と化したマニーの部下は爆発をものともせずに前進し、ガトリングで絶えず攻撃を仕掛けてくる。
「ちょっとメイ、なんとかしなさいよ。こうなったのもあんたたちのせいなのよ」
「仕方ないなぁ」
ついにメイが動き出す。
死兵たちでさえも、何が来るのか不安になり前進が一時的に止まってしまう。
メイはロッドを軽やかに真横に振り、呪文を詠唱する。
「プリティ・レインボーロード!」
すると振った場所から七色の虹の足場が出現し、メイがその上に飛び乗ると足場が伸びて動く通路となった。メイは虹の足場の上を軽快なテンポでリズム良く駆け抜ける。
「プリティ・フルーツ・ライト!」
駆けながらロッドを振るうと、今度は宙に様々な形をした果物が出現し、それらが地上に居る黒い魔法少女達に降り注いだ。
「きゃああああああああ!」
攻撃力は全く無いのだが、ノリで悲鳴を上げる魔法少女たち。
「まだまだ行くよ、プリティ・レインボー・シュート!」
虹色の光を頭上に集め、それをマニーに叩きつける遠距離単体魔法攻撃もどき。
「きゃああああああああ!」
もちろんこれもただの演出でありダメージは無い。マニーの叫びも雰囲気に呑まれただけである。
「最後はこれ、プリティ・ヒーリング・シャワー!」
遥か上空まで虹の光を打ち上げたかと思うと、虹色の雨があたり一面に降り注ぐ。するとなんということでしょう。爆発によって荒れ果てた地面が元の緑豊かな草原に戻ったではありませんか。もちろん、メイにはそんな力は無いのでセーラがこっそり回復魔法をかけたのだ。
「みんな争いは止めようね」
ウィンクして決めポーズをするメイ。やりたい放題やりすぎである。その結果はもちろん。
『ずるいいいいいいいいいいい!』
そりゃそうだ。
――――――――
この場の魔法少女達から羨望の眼差しを一身に受けて満足するメイだが、本格的な魔法少女になれなかったからこそ工夫していたウェザーやマニーにとっては面白くない。ひっこんでいるように強く言われ、盤面はウェザーVSマニーの構図と化していた。
「おーほっほ、あなた一人程度なら楽勝ですわ」
「負け犬の遠吠えは負けてから言いなさい」
改めて煽り合って仕切り直し、戦闘が再開される。
ウェザー一人に対して相手はマニーと部下全員。メイ達を下がらせたからと言ってタイマンを選択しない点、マニーも割と腐った精神の持ち主なのだろう。
「数で押してしまえば終わりですわ!突撃!」
「イエス!マム!」
ウェザーは取り囲まれ大ピンチ。このまま黒い魔法少女達が飛び掛かり押さえつけられるのかと思えたその時。
「え、なに、きゃああああ!」
「どこから!うわああああ!」
「足が、くそ、いつの間に!」
黒い魔法少女たちは、突如地面から湧いて出た謎の存在に襲い掛かられ、逆に地面に押し倒されてしまったのだ。
「何が起きたの!?」
「ふ、私が何も準備してないと思ったのかしら」
「まさかこれって!?」
黒い魔法少女たちを押し倒しているのは人間であった。連れてこなかったと思わせていた、ウェザーの仲間達。実は勝負がはじまる前からずっと地面に潜んでいたのだ。
「これのどこが魔法少女なのよ!」
マニーは激怒する。
何故ならば、ウェザーの伏兵が着ていたのは迷彩服だったからだ。
「緑色の魔法少女服よ。ちょっと特殊な形だけど、フリルがついてて可愛いでしょ」
「かわいくなああああああああああい!」
腰や袖に申し訳程度のフリルがついているだけで、ガチめの迷彩服を魔法少女コスと言い張るウェザー。何を言われようとも退く気は無い。
「これでようやく一対一ね」
「ふ、ふん。あなたごとき私一人で十分ですわ」
「この距離なら私の方が有利よ」
「魔法少女は最後まで諦めないのよ!」
「良く言ったわ!」
そこからは泥臭いキャットファイトだ。
ウェザーが近づくまではマニーがガトリングをぶっぱなし、距離を詰められたら拳銃とナイフに持ち替えて近接戦闘。プロレス技をかけられたり、至近距離から銃弾ぶっ放してナイフを相手の背中に何度も振り下ろしたりと、相手を罵倒しながら醜い争いを繰り広げる。果ては純粋な殴り合いにまで発展し、最終的に二人ともダブルノックアウトの形で地面に倒れた。
「ふふ、やるじゃない。私に近接戦闘で土をつけるなんて」
「あなたこそ、魔法少女にかける想いは見習うところがあるわね」
ボロボロになり倒れる二人の魔法少女。
何故か空はオレンジ色に色づいている。
「…………」
「…………」
無言の空気が悪くない。
「私も遠距離攻撃は大切だと思ってたのよ。自分が使えないから意地張っちゃったわ。ごめんなさい」
「私こそ。最近の魔法少女は近接戦闘が重要だって知ってたのに、体を動かすのが苦手だからあなたが羨ましくて」
「そうかしら、さっきのマニー、格好良かったわよ」
「も、もう、からかわないでくださる」
これは間違いなくアレなシーンである。
「ねぇ、私とお友達になって下さらない?」
「私で良いのかしら?」
「もちろん、あなただから良いの」
「ふふ、ありがとう。よろしくね」
「うん」
ここにまた一つ、新たな友情が芽生えたのである。
「なぁに、これ」
魔法少女と言えばケンカしてからの仲間入り。実はそれがやりたかったのだと後程ウェザーとマニーにゲロられて、触手落とし穴の餌食になったとかなんとか。