52. 優勝を目指すには手段を選んではいられない
『最終課題は宝探しです』
最後は二番目の課題である『制限時間付き宝探し』を拡張した内容。
広いフィールドに散りばめられた宝箱を探し、中に入っているコインを回収する。今回はコイン一枚につき千ポイント獲得出来て時間経過によるマイナスポイントの要素は無いため、優勝するには一枚でも多くのコインを獲得する必要がある。
『また、これまでの全てのフィールドを結合したものになります。ただしそのまま結合すると広すぎますので、全体的に縮小してあります』
最初の課題に登場した小高い丘や二番目の課題の宝探しフィールドはもちろんのこと、森や海も含まれる。全てが元の広さのままだとすると一日かけても探索が終わらないため、縮小することで対策してある。
『宝箱の総数は、参加チーム数とイコールになります。また、現時点で上位十チームはそれぞれ指定されたコインを獲得しなければマイナス五千ポイントになりますのでご注意ください』
全チームにはあらかじめ宝箱の在りかのヒントが書かれた紙が配布されている。メイたちは現時点で十位であるため、そのヒントに書かれた宝箱を見つけなければ大きなマイナスポイントとなってしまう。
「うげーそれなら十一位の方が良かったよ」
「これでしたらウェザーさんの方がチャンスありそうですね」
ウェザーチームは現時点で十四位。マイナスポイントを気にせず動けることを考えるとメイ達よりも有利と考えることもできる。
『なお、コインは十秒間手にすると自動的に消えます。リストバンドの赤いボタンを押すことで、現時点で手にしているコインの内容を確認することが出来ます』
海のイベントのようにリストバンドが再度配布されている。ボタンを押すことでコインの収集状況や現時点での総合順位がリアルタイムで確認できるようになっている。
『コインを手にした方が行動不能になりますと、その方が獲得していたコインが出現し、地面に落ちますのでご注意下さい』
ざわり、と会場にざわめきが広がる。
これまでとは違って相手からコインを奪う方法が明示されたのだ。つまりは奪い合うことが推奨されているということ。
『なお、終了時間一時間前になりますと、リストバンドのボタンを押して頂くことで上位十チームの居場所が分かるようになりますので、是非ご活用ください』
その証拠に最後の最後まで争える機会を提供してくれている。
『以上でルール説明は終了となります。ご質問はございますか?』
「チーム内でコインの受け渡しは可能ですか?」
『できません』
となると、宝箱を見つけた時に誰がコインを手にするかを慎重に選ばなければならない。守りに特化した能力をもつ人に持たせるのが鉄板だけれども、裏をかいて一番守りが苦手な人に持たせるのもありかもしれない。
「うちのチームだと私が持つのが一番安全だと思うけど、セーラに持たせるのも面白いかもね」
「でもセーラはメイと離れないから、あんまり意味ないぞ」
「あー確かに。私が囮になる意味ないのか」
「ぐへへへ、ごめんなさい」
「謝る気持ちが全く伝わらな~い」
茶化してはいるものの、誰にコインを持たせるかによって戦略が大きく変わるので、検討は真面目に行う。
「イベントは十時から十五時の五時間でしょ。全部のフィールドを周る時間は無さそうだから、ある程度奪うこと前提のルールなんだよね。攻撃特化の方が良いのかなぁ」
「それなら制限時間ギリギリまで十位近くで粘ってから最後に特攻するのも手だぞ」
「作戦としてはありなんだけど、簡単に上位から奪えるとも思えないんだよね。スタートダッシュで一気に稼ぐ方が……うわー悩ましい!」
そこら中でメイ達と同じように悩まし気に作戦を練っている声が聞こえて来る。そんな彼らに運営から最後の小さな爆弾が落とされる。
『なお、あちらに見えます宝箱ですが、上位十チームのいずれかのチームに指定してあります』
スタート地点からおよそ百メートル程度離れたところに置いてある宝箱。まずは最初にそれを奪い合え、と。
「あれ、うちかと思ったら違ったんだよね」
事前にもらったヒントの紙には一言『海底』と書かれている。海はフィールド外れの方にあるため、乱戦からは避けられそうだ。スタート付近の宝箱だったら作戦が立て辛かったので一安心。
「でも結局はスタート後の乱戦に加わるか、それとも抜け出して集める方を優先するかを決めなきゃなんだよね。う~ん、悩ましいなぁ」
だからこそ、イベント開始前に戦略を立てる時間が三十分用意されている。泣いても笑ってもこれが最後。長かったフィールド探索型イベントはこれにてフィナーレを迎える。観客も離れたところで映像を見ながら、まだかまだかと始まるのを心待ちにしている。
そしてスタートの時はやってきた。
『それではスタートです』
開始直後、そこは地獄の様相を呈していた。
大地はひび割れ、嵐が吹き荒れ、巨大な竜巻が何個も出現し、どこかで見たことあるような氷の壁がそびえ立つ。
「宝箱集めなさいよ!」
好戦的なチームが『宝箱?何それ?全員ぶっ潰せば良いんでしょ?』の精神でスタートした全てのチームを戦闘不能に追い込むために全体範囲攻撃を仕掛けて来たのだ。これでは抜け出すこともままならない。
「もっと!もっとだ!誰も前に進ませるな!」
「くそぉ!それならこっちだってやってやる!」
「これじゃあ何も出来ないよ!」
「うわあああああ!」
無理矢理進もうとした人が竜巻に巻き込まれて上空から地面に叩きつけられる。怪我は無いが、空中での激しいゆさぶりと地面落下の恐怖で精神的にズタズタだ。
「私達チャンスかもよ」
メイの能力は攻撃よりも守備の方が強い。以前のイベントで氷の壁を打ち破ることが出来なかったが、攻撃を受けて力が破られそうになったことは無いからだ。四人を力の球体で包み、宙に力を浮かせて足場にして壁を越えれば突破できるかもしれない。
「メイ、ちょっと良いかしら」
「ウェザーか。どうしたの?」
地獄の中に突入しようかと悩んでいたところで、ウェザーがチームメイトと一緒にやってきた。
「このイベントが終わったら、私の仲間にならない?」
「やだ」
「そんな即答しなくても。前にも言ったようにあなたなら絶対魔法少女姿似合うわよ」
「やだ」
「手ごわいわね……」
恐れていたことが起こってしまった。ウェザーとの関係性が深まり、再度勧誘されることをメイは何よりも避けたかったのだ。このイベントが終わったらしばらく会わないように気をつけようと決めていたのだが、間に合わなかった。
「何度言われてもぜーーーーーーーーーーーったい嫌だから!」
「う~ん嫌われたわね。でも絶対あなたなら似合うわよ。そうだ、あんたたち、今からメイに魔法少女服を着せるわよ。そしてそのままなし崩し的に……」
「ちょっ……来るなぁ!」
魔法少女服を着たメイの姿を見たいセーラ達は助けてくれない。イベントについて考えていたところで思わぬピンチが訪れた。
命令をロボットのように遂行する目が死んでる魔法少女たちとウェザーがにじり寄って来る。
「やめろぉおおおお!」
メイは彼女たち相手に力をふるった。
右手を振り上げ、いつものように『高く高く吹き飛ばす』
『あーれー』
空高く吹き飛ばされたウェザーたちは、嵐や竜巻を貫き氷の壁を越えて彼方へと消えて行く。
「あっそういうことか!」
これこそがウェザーが狙っていたこと。メイの力で強引に地獄地帯を脱出したかったのだ。
「それならそうと言ってくれれば良かったのに……」
「メイのツッコミ、意識してやる時よりも素でやった時の方が威力大きいんだぞ」
「え?ホント?」
知らぬは本人ばかりなり。
そしてこの突破が膠着した事態を動かす。
このままではウェザーたちがコインを独り占めし、優勝してしまう。フィールドに出て彼女たちを止めるか自分たちも稼がなければならない。
「くそっ、仕方ない」
荒れ狂っていた攻撃が止み、飛び出せなかった面々が一気に飛び出した。
「今だ!」
『ぎゃああああ!』
もちろんその隙を逃すわけが無い。
罠にはまった面々が再度吹き荒れる嵐に巻き込まれる。
ただ最初とは違うのは、攻撃者も飛び出して先に進んだというところ。殲滅は諦めたものの、精神的ダメージだけでも負わせようという魂胆だ。
「このまま突破するよ!」
それならまた待ってから突撃すれば良いかと言われるとそれは違う。先行したメンバーによって氷の壁などを作られて外側から閉じ込められる可能性があるからだ。
力で仲間を守りながら先行チームに紛れてメイたちも強引に走り抜ける。
「トモエお願い!全力で好きなやつばらまいて!」
「ウネウネヌチョヌチョやるぞ?」
「おっけー!表現できないくらいやっちゃってー!」
「わーい!やるぞーーーー!」
メイ達は激戦区から離れて、自分たちが指示されたコインを求めて海の方向へ進路を変える。スタートライン近くの宝箱争奪戦には加わらない。
ただ、大量の置き土産を用意しておいたが。
「よし、一番乗……きゃっ!」
速さに特化した能力の持ち主がいち早く宝箱に到達する。奪われる前に手にして逃げようと焦ったのが運の尽き、後一歩のところで足元の感触が消えてしまう。
「うわああああ!しまったああああ!」
五メートルほどある深い落とし穴にはまってしまったのだ。製作者はもちろんトモエ。罠魔法を使って遠距離から落とし穴を用意したのだ。
「くそぉっ、早く出ないとっ……え、なにこれ、やんっ、ちょっ、やめっ、ああっ、あああああああ!」
残念無念、触手に捕らえられた『彼女』がノクターン行きになったかどうかは名誉のために伏せておくことにする。
「ラッキー、私がもらっ……きゃああああ!」
偶然なのか意図的なのか、参加者の中でスピードタイプは女性が多かった。そして落とし穴は宝箱周りの全ての地面に仕掛けられている。一つを避けたところで意味が無いのだ。
「やだぁ、あんなんなりたくないー!」
プライバシーを守るために穴の上からは見えないような謎の配慮がされているが、先ほどから艶めかしい声が聞こえている。両手両足を掴まれた新たな被害者は、自分もまた同じような声を挙げることになるのかと恐怖に顔が歪む。
男が落ちたらどうなるのかって?
そういうことは考えてはならない。
「それなら穴を飛び越えてっ……きゃっ!」
上から宝箱の元へ飛び込もうとしたが、穴の中から触手が伸びて来て『彼女』の体を拘束する。
「いやあああああああああああ!」
これこそが、トモエが自らの欲望を最大限詰め込んだ極悪非道な落とし穴。触手地獄。
ここを突破しなければ宝箱の元にたどり着くことは出来ない。
この宝箱を指定されたチーム、涙目である。
「本当はメイに仕掛けたかったぞ」
「絶対やめてよ!」
「ぐへへへ」
このままセーラ達と一緒に行動していたら、なし崩し的に一線を越えてきそうな予感がして、鳥肌が立つメイだった。
「(でもそれももうじき……ふふ)」
「?」
「セーラ何かあったの~?」
「なんとなく、嫌な予感がしたのですが……?」
セーラがこの感覚の理由を知る瞬間は、すぐそこまで迫っていた。