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47. 昔の話がまともじゃない

 トモエがはじめて落とし穴に興味を持ったのは四歳の時だった。


 テレビで放映していた昔の海外のアニメ。とある猟師が、狩ろうとしていた動物たちからコミカルないたずらを受けて撃退されるお話だ。主人公となる動物が毎話変わり、いたずらの内容もそれぞれ動物ごとに違い工夫が凝らされていた。


 この作品の中で落とし穴を使ったのはキツネ。


 単純な落とし穴から、フェイクを織り交ぜたもの、一見落とし穴とは無関係そうなトラップが連鎖して最終的に落とし穴に落とされるなど、一話の中でバラエティ豊かないたずらが描かれていた。


 トモエはこの話を見て、強く興味を惹かれた。

 惹かれてしまった。


 トモエは普段からこのアニメを見ていたわけでは無い。普段は他のアニメを見ていて、その裏番組として放送されていたからだ。その日は偶然いつものアニメがお休みだったため、裏番組であるこの作品を見る機会が生まれた。


 たらればではあるが、もしこの時トモエが視聴したのが他の話であったならば、他のいたずらに興味を持ったのだろうか。それとも興味を抱かなかったのだろうか。それは分からない。ただ、今現在笑顔で落とし穴を掘っていることを考えるとトモエにとって幸せな過去……ほんとにぃ?




 そんなこんなで興味を持ったら即行動。

 両親はすでに他界していたため親代わりに育ててくれている祖父に地面を掘る道具をねだったトモエは、小さなスコップをゲットした。しかしそこは非力な四歳児。力も技術も無く、庭の地面を掘ろうともびくともしない。何度も何度も何度も何度も挑戦するが、数センチの穴を掘るので精一杯だ。


 月日は経ち、トモエは小学生になった。

 同級生たちと友達になり毎日楽しく……ということは全くなく、学校から帰るとすぐに裏山などで穴掘りの練習をする毎日だった。


 トモエの家はいわゆる『田舎』と呼ばれる地域にある。田園風景が広がり、自然豊かな山々への入り口がそこら中にある。一キロ以上離れている学校まではのどかな農道を歩いて登校するような、そんな地域。


 そんな場所だからこそ、穴掘りの練習場所を欠かすことは無かった。


 友達付き合いが悪く、穴掘りばかりしている変人。


 小学校低学年の頃のトモエは、周囲からそう評価されて浮いていた。


 転機が訪れたのは小学校四年生の秋。

 

 同級生の女の子が、同じく同級生の男の子にいじめられた。

 いじめと言っても、日本で社会問題となっているような陰湿なものではなく、男の子が好きな女の子に素直になれず思わずからかってしまい、女の子を泣かせてしまったというレベルのものだ。


『大丈夫、私が仕返しするから』


 このころはまだ妙な口癖が無かったトモエが、仕返しをしてあげると女の子に言った。

 同級生たちは驚いた。これまで一人でいることが多かったトモエが、特に仲が良かったわけでもない女の子のために行動するのが信じられなかったからだ。


『え……あの……?』

『私に任せて』


 泣いていた女の子ですら、あまりのことに驚き、涙が止まっていた。

 なんてことはない、トモエはただ落とし穴を使う口実が欲しかっただけなのだ。泣いている同級生のため、という恰好の大義を得たトモエが本性を露わにする時が来た。


 この時にはすでに、トモエは深い落とし穴を掘ることが出来るようになっていたのだ。

 小学四年生の女の子。

 まだ体は成長中ではあるが、四歳のころからのたゆまぬ修練により得た技術がそれを可能にさせた。

 どの角度でなら、どの土質でなら、どの力加減であれば、現時点のトモエでも落とし穴を作ることが出来るのか、それをしっかりと把握できていたのだ。


『うわああああ!』


 哀れ、男の子は校庭に作られた一メートル近い落とし穴に落とされてしまった。


『これに懲りたら泣かせないことね!』

『こんなところに落とし穴作っちゃダメだよトモエちゃん。他の人が落ちたら危ないよ』

『あはは、大丈夫大丈夫』


 被害者であったはずの女の子がトモエを嗜めるくらいには、やりすぎに見えたのだろう。落とされた男の子も女の子の手前我慢しているが泣きそうだ。がんばれ男の子。


 とはいえ、トモエの言うように安全には気を使った設計になっていた。トモエが特定の操作をしない限りは、誰が乗っても落ちないような工夫がしてあったのだ。ただし数人固まって乗ったら重さで崩壊してしまう作りの甘さがあるのは小学生らしいというべきか。


 その日から、トモエと男の子との戦いが始まった。


『今日こそは絶対やっつけてやる!』

『ふふん、そのまま進んで良いのかな?』

『ぐっ……その手には乗らないぞ!そんな罠にうわあああ!』


 地面が不自然にえぐれているから迂回したらそっちが落とし穴だった。

 地面が不自然にえぐれているけど迂回させる罠だと思ったら普通に落とし穴だった。

 地面が石畳だから大丈夫だと安心していたら横から大きな丸太が飛んできて石畳から押し出された先が落とし穴だった。

 落とし穴に落ちるのは諦めて落ちてもすぐに脱出しようと思ったら上から土が降って来た。


 毎回手を変え品を変え、無残にも男の子は落とし穴に落とされ続ける。


『なぁ、聞いたか?トモエが肥溜めの近くで何かしてたって』

『俺は犬のフンを集めてたって聞いたぞ』

『え?山に入って動物のフンを集めてたんじゃないっけ?』

『『『かわいそうに』』』


 これまでは落とし穴の底には何も仕掛けられていなかった。

 いや、むしろ柔らかい土が敷き詰められていて、落ちた衝撃を和らげる安全仕様だった。

 落としたことにより大怪我を負わせて、二度と落とし穴を掘ってはならないと大好きな祖父に言われるのが嫌だったからだ。

 実際、家庭訪問の際に先生から祖父に対してトモエを注意してもらうよう話があった。


『はっはっはっ!子供はこのくらい元気がある方が良いでしょう。大丈夫ですよ、トモエはちゃんと限度を知っている子ですから』


 その時に祖父が擁護してくれたため更に祖父のことが好きになったりしたが、そんな祖父を悲しませることはしないと心に誓ったため、安心安全にはこれまで以上に気を遣うようになっていた。


 落とし穴の下に何かを仕込むことはやりすぎ。それがトモエの感性だったので、絶対にやらない。でも、やると匂わせて相手を怖がらせるくらいはやりたかった。


 そしてこの噂により、狙い通り男の子は恐怖してしまった。

 次に落とし穴に落とされたらヤバイ、と。


 でもこのまま『止めてください』と頭を下げるのも悔しい。

 せめて一回だけでもやり返したい。


『ほら、お前らもうちょっと頑張れよ』

『なんで俺たちが……』

『僕もう帰りたいよぅ』

『限定シールやるから、頼むよ』


 友達を巻き込んで作った不格好な落とし穴。

 深さは五十センチ程度しか無く、隠し方もビニールシートをかぶせた上に土を乗せただけでところどころシートがチラ見できるお粗末なもの。


『今日は俺は何もしないからお前からかかってこいよ!』


 不自然な地面、不自然な呼び出し、不自然な声かけ。

 トモエは一目で落とし穴だと看破したが、男の子が頑張って作ったソレをドヤ顔で指摘するようなエグイことはしない。むしろ、自分以外が作った落とし穴を体験できることが嬉しかった。


『何か怪しいなぁ……まぁいっか』


 なんて不自然な演技をしながらゆっくりと歩き、自ら落とし穴へとはまる。


『きゃー!落ちちゃった!あははは!』


 トモエはこれまで一人でずっと落とし穴を作る練習をしてきた。

 それではその作った落とし穴はどうして来たのか。

 完成したことで満足して埋めたのか。


 いや、そうではない。

 せっかく作ったのだから、一度は体験してみなければ勿体ない。


 こうしてトモエは、落とし穴を作って落とすことも落とされることも好きになっていたのだ。

 だからこそ男の子が作った落とし穴にすら落ちて楽しんでいたのだが……


『なんで楽しそうなんだよ!』


 その姿を見て男の子の心はポッキリと折れてしまった。

 もうトモエには関わらないし女の子にも酷い事を言わないように気をつけるから落とすのは止めて欲しい、その言葉を残して男の子は去って行った。


 それからのトモエはまた以前のように一人に戻り、放課後になると山に入って落とし穴の練習を続ける毎日を続ける……という流れにはならなかった。


 この落とし穴抗争により目立ってしまったトモエを、周囲が放っておくことはなかった。

 それも悪い方向で。

 目立つことを良く思わない女の子、その男の子のことを好ましく思っていた女の子、彼女たちを中心にトモエに対する風当たりが強くなりかけたのだ。それこそ、陰湿ないじめがもう少しではじまる、そんな状況にすらなっていた。


 その状況をトモエは力業で打ち破った。

 その時にはすでにトモエは落とし穴以外のトラップの能力も高かった。

 トラップを連鎖させることで最終的に落とし穴に落とす技術や、落とさなくても心理的に恐怖を与える方法など、落とし穴の技術を磨くことが自然とそれ以外のトラップへの技術を高めていたのだ。


『Meに危害を加えるなら、どうなるか分からないぞ』


 元々、肥溜めや犬のフンを集めている、なんていう噂のある人物だ。彼女を怒らせたら何をされるか分からない。些細なトラップの積み重ねとその恐怖が合わさって、トモエに手を出せる人はいなくなった。

 また、孤立することも無かった。トモエの仲間であれば自分がトラップの対象になることは無いため、また、トモエ自身が普段は横暴なタイプでは無く普通の明るい女の子的な雰囲気の子だったこともあり、むしろ多くの人が寄って来ていたのだ。


 ある意味恐怖で縛り付けていたようなものであるため、『友達』は出来なかったけれども。


 中学生になった後もその状況が続き、高校に進学して大好きな祖父がなくなり天涯孤独の身となり……


「そのタイミングでこの異世界にやってきたんだぞ」

「わーお、クレイジー」

「最後におじいさんの話をもってきて酷いですねって素直に言わせないところ、ずるいです」

「さすがメイの仲間だわ」

「それどういう意味かなぁ!?」


 今は森の中でのイベントの途中。

 トモエが『狩り』に出てから暇になったセーラ達は通信機を使って雑談を続けていた。その会話の中でトモエの落とし穴好きの理由という話題が出たのだが、狩りをしながらもその会話を聞いていたトモエが自分の過去について教えてくれたのだ。


 そう、『狩り』をしながら。


 通信機からトモエの声と一緒に『ぎゃあああ!』だの『この悪魔がああああ!』だのと聞こえて来るのに平然と話を聞き続けられている点、メイやセーラの異常さも垣間見える。


「恐怖政治の女帝とか、怖すぎるんだよ」

「失敬だぞ。Meは普通の女の子だぞ」

「普通の女の子は肥溜めに近づかないと思います」

「ち、違うって、それは噂だぞ!」

「その噂を流すのもどうかと思うよ……」

「しょんぼりだぞ。おっと、そこは危ないよーなんてね。あははは」

『ぎゃああああ!』


 罠魔法により意図した場所に瞬時に落とし穴を作ることが出来るため、相手のテントの真下に落とし穴を作ることも可能だ。だがそれはトモエの流儀に反している。あくまでも落とし穴は相手を誘い込む『待ち』のトラップだ。そして出来ることならば自らの手で創り出した落とし穴に相手を落としたい。


 罠魔法の存在は、相手に恐怖を与えておびき出すために使えばよい。このままテントに籠っていたならば落とされるかもしれない、そう思わせて相手に何かしらの行動をさせるのだ。立ち向かってくるのでも逃げるのでもどちらでも構わない。結局は誘導された先で落とし穴に落ちるのだから。犬のフンや肥溜めと同じこと。実際に使わずとも存在を匂わせるだけで相手を恐怖で縛り付けることができるのだ。


「ほらほらトモエが来たぞー」


 やり方はこうだ。

 通信機でセーラ達と会話をしながら自分の存在をアピールし、相手が慌ててテントから出て来たところであらかじめ作っておいた落とし穴に誘導する。


 このやり方でトモエはすでに十組の相手を落とし穴に沈めている。


「そろそろ眠くなってきたぞ。ひきあげるぞー」

「了解、そろそろ私も寝るよ」

「そうですね、わたくしも寝るとします」

「んじゃまた明日ね」


 翌日のイベントもまた万全のコンディションで挑むために、極悪ハンターはようやく眠りに着く。運悪くそのターゲットとなってしまった参加者たちがシクシクと嘆き悲しむ声が、一晩中森の中に響いたとかなんとか。


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