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44. ファッションショーは楽しむしかない

「よし、今日も無理せず楽しんで行くよー」

『おー!』


 現在のポイントは夕飯と個室代を引いて七百ポイント。

 朝食は無料だったのでマイナス無しだ。


「今日の作戦をおさらいするよ」


 個室を出る前にブリーフィング。


 イベント二日目の最初の課題は『制限時間付き宝探し』

 闇雲に散策するのではなく、何時までにいくつの宝を見つけてゴールするかを決めてポイント管理をする必要がある。


「十個見つけて八時間以内にゴールする、ですよね」

「悪くても千三百ポイントになるように調整するんだぞ」

「昨日も言ったけど、もっと上を目指さなくても良いのかなぁ」


 十個見つけると千ポイント。

 七時間経過すると基礎点の千ポイントが七百ポイント引かれるので三百ポイント。

 合計すると千三百ポイントになる。

 メイ達はこれを基準として動くことに決めた。

 見つけるペースが悪ければ、早めに戻って基礎点で稼ぐのだ。


「お宝を見つける難易度次第だと思うけど、多分大丈夫。このイベントって、ポイントを大量に稼ぐんじゃなくて、限られたポイントを上手くやりくりすることが求められるイベントだと思うんだ」

「どういうことですか?」

「昨日のイベントも今日のイベントも、上位と下位が実力によって大きく離される課題ってわけじゃないと思うんだ。運も絡むし、ピンポイントに活用できる能力を持ってたとしても、それが使えるのはせいぜい課題一個だけ。極めつけは夕飯や宿泊にポイントが必要なシステム。四日間を通して無駄なくポイントを稼ぎ節約して『使う』能力が求められてると思う」

「使う部分については、徹底して節約すれば有利だと思うぞ」

「確かにね。でも今日みたいに宿泊をケチって疲れが取れきれなかったら翌日深夜に辛くなるとか、ちゃんとデメリットも用意してあるんだよね。欲望を我慢させることが目的なシステムじゃなくて、自分が最大限のパフォーマンスを発揮するための取捨選択が出来る人が有利ってことじゃないかな」


 実は有力選手の多くがメイと同じ考えをしており、しっかりと夕飯をとり個室でぐっすり眠っていた。翌日の課題内容を事前に伝えられたというのは、ちゃんと考えて休みなさいよ、という運営からのメッセージでもあったのだ。


「つまり大量にポイントを稼ぐというよりも、現実的に稼げるラインの中での最大値を狙うということですね」

「うん、それで上位と離され続けるなら手を打たなきゃだけど、そんなに悪い結果にはならないんじゃないかな。今日だって宝が見つかりそうに無かったらさっさと諦めて帰るから」


 ガチャのようなものである。まだ出るかもしれない、まだ見つかるかもしれない、そう思って探索すれども時間ばかりが経過してしまう。沼にハマる前にスパっと帰ることが重要だ。


「ポイント管理が重要なシステムになってるから、多分無理に探して大量ゲットっていう可能性は無いと思うんだよね……」


 そんな裏技的なことを用意したら、せっかくのシステムが台無しになってしまう。

 時にはそんなイベントがあっても良いかもしれないが、これだけ大規模なイベントでそれをやられたら興覚めだ。


「難しいですね……」

「まぁ、基準を用意したんだから後はそれに合わせて楽しむだけだよ。今日も相手へガンガン攻撃してね。ソルテは薬の量次第だけど」


 昨日三本使ってしまったので、イベント終了までの時間を見越して使わなければ肝心なところで攻撃できなくなる可能性がある。こちらもコントロールが必要だ。


「う~考えるのめんどくさいから指示して~」

「はいはい、それじゃあ行きましょう」




 イベントフィールドは昨日とは全く違う場所だ。

 山あり谷あり平原あり草原あり砂漠ありと、広大なフィールドが目の前に広がっている。

 それもそのはず、千人近くが最大で十時間も探索するのだから時間を使わせるためにも広さが必要だ。


「スタート地点とゴール地点は同じになります」


 ということは、原点のままで良いならばスタート後に即座にゴール出来るということだ。ただし、そうするとすぐさま次の課題に取り掛かる必要があるため、朝の十時から翌朝までずっと森で潜む必要があるが。


 メイ達が八時間以内にゴールすると決めた理由もここにある。

 早くゴールすると次の課題が辛くなるため、ある程度は宝探しで時間を使っておきたかったのだ。


「経過時間は配布した腕時計をご確認ください」

「今回は時間が分かるようになってるのね」

「薬使わなくてよかった~」


 もう目の色が変わる薬は一本しか残っていないため、また体内時計で時間を感じろと言われたらどうしようかと思っていた。と言っても、十時間もあるからせめて一時間ごとにアナウンスくらいはあるかと考えてはいたが。


「皆さまに探していただく宝になりますが、こちらになります」

「こ、これは!?」

「オイオイ、マジかよ!」

「やっべぇ、テンション上がって来た!」


 お宝のサンプルが登場すると会場は騒然となる。

 そのお宝は『宝箱』に入っているのだ。

 ゲームで定番の大きな大きな宝箱。

 普通に暮らしていては絶対に出会うことのないファンタジーな代物。


 それを探して開けることが出来るというだけで、やる気が段違いだ。


「こちらがそのまま置いてあるわけではございません。入手のためには特定の場所に立つ、仕掛けを解くなど様々な条件をクリアする必要がございます。まずはその条件をお探しください。それらは目立つように設置しておりますので特に説明は致しません」


 仕掛けが解けないか、解くのに時間がかかりそうな場合に、諦めて他の宝を探しに行く判断も必要となりそうだ。


「中身は様々な武器防具になります。イベント特殊仕様の装備品ですので、どなた様でも気軽にお使い頂くことが可能でございます。なお、箱を開けた時点でポイントが加算されますので、装備品を持ち歩くのが不便という方はその場に置いたままで構いません。宝箱ごと自動で消去されますので、他の方に奪われる心配もございません」

「はい!はい!装備の特殊効果は使えますか!火が噴き出るとか!」

「使用可能です。今回の課題中のみ利用可能ですので、是非ご堪能下さい」


 これはエグイ。

 武器防具で遊ぶ時間も捻出しろと、運営はそう言っているのだ。


 武器倉庫で使ってみたい武器を手にすれども重くてどうにもならず泣く泣く諦めた人がほとんどだ。防具なんてそもそもダンジョン内でしか見つからない。ファンタジー世界に来たならば一度は使ってみたい英雄装備。一時的にしろ、それを使えるチャンスが来たとなればテンション爆上げだ。


 それこそ、もうイベントなんかどうでも良いと思う人が出て来るかもしれない。


「……それでも全部集めれば千点は入るから遊び尽くしても脱落にはならないわけね」


 誰かがつぶやいた悪魔の囁き。

 この課題、全チーム同点になるかもしれない。


 これまでの説明はなんだったんだ!




「白のローブだ!」


 岩場の陰の地面に書かれていた数独を解いて出て来た宝箱。

 そこから出て来たのは回復系の魔法使いが装備できそうなローブだった。着るのは当然セーラ。


「おおー似合ってる似合ってる。所々赤いのがオシャレでいいね」


 裾や袖の縁が赤い三角形でデザインされており、腰ひもや胸元の小さなリボンも赤く染められている。全体は白がベースで主張し過ぎない程度の赤色がアクセントとなっているローブがセーラに良く似合っている。


「優しいお姉さん感がしゅごいぞ」

「セーラおねえちゃーん」

「はーい」

「これで中身が残念じゃなければ最高なのにね」


 一言多いメイである。


 宝の内容を知った後もメイ達は基本的には方針を変えていない。

 欲望に負けずに狙うポイントは厳守と決めた上で……いや、千点越えてれば良いと妥協した上でファッションショーを楽しんでいる。


「ロッドもセットなのが良いですね」


 はてなマークの形をした魔法使い定番の杖も宝箱の中に入っていた。本体の素材は木で出来ているが、はてな上部の空間に見知らぬ大きな宝石がはめ込まれているのが雰囲気出ている。


 そう、なんとこの宝箱、武器防具がセットで出て来るのだ。


 だとするとやることは一つ。


「はいこっち向いてーそうそう、次は杖を抱き抱えてみよっか。うわ、可愛いー」

「トモエも並んでよ。ミスマッチかな。でもこれはこれで面白い」


 撮るのだ。ひたすら写真を撮るのだ。

 出来るだけ映える風景の場所で撮りたいけど、そこまで厳選する時間は無い。武骨な岩場でひたすら可愛い女の子を取りまくるのだ。


 ちなみにトモエは忍刀+黒くノ一セット。裾は短めだが、手足以外の露出は控えめで闇に紛れることを前提とした衣装になっており、色っぽさは抑えられている。


 どうやらこの宝箱、開けた人に似合う武器防具が出るようだ。


「次はメイが開けるんだぞ」

「いいよいいよ、次はソルテで」

「大丈夫ですって!」

「絶対オチが待ってるから!メグが嫌がらせしてくるから!」


 恥ずかしい装備が出て、しかも必ず着なければならないなどの制限がありそう。これ以上恥ずかしい目にあったら、本気で神様の世界に殴り込みに行くかもしれない。


 そのため自分も着飾りたいけど、出来ないのである。


『ごめんなさい。イベント中は本当になにも仕掛けてませんから開けて楽しんでください メグ』


 次の宝箱をソルティーユに開けさせたらこんな紙切れが入っていた。


「嘘だ!メグはそんなこと言いながら罠をしかけてくるから!」


 これまでの煽り合いを考えたら信じられないのも当然であろう。だがメグはそれを見越していた。


「裏にも書いてある『念のため、次の宝箱はメイにしか開けられないように設定しました』だって」

「よし、ゴールしよう」

『えー』


 まだ三着しか見つけていないし、時間もたっぷり残っている。

 このままなら千ポイント以上は手に入るけど、みんなもっとファッションショーをしたいのだ。


 ちなみにソルテの衣装はアルケミスト装備。まさかの白衣だった。

 胸にワンポイントの花の刺繍があるだけで、それ以外は普通の白衣なのだけれど、アイロンがしっかりかかっているだけでエリート研究者的な雰囲気が醸し出されている。普段のソルテはヘロヘロな白衣で怪しげな研究者的風貌なのだ。

 武器は分厚い本。残念ながら宙には浮かない。




「……うう、開けたくないよぅ」

「大丈夫ですって!きっと可愛い衣装が出ますから!」

「メイのコスプレ見たいぞー」

「こすぷれー」

「こすぷれ言うな」


 山岳地帯までやってきたメイ一行。

 中腹あたりでトモエが隠し扉の存在に気づき、その中の小部屋に宝箱が置かれていた。


「ほら、時間が勿体ないですよ」

「メイならどんな衣装でも可愛いぞ」

「ママがんばれー」

「くぅーどうしてこんなことに!」


 ここまで来てしまったのだ、開けずに帰るというのは本当に時間の無駄。悩んでいる間に貴重な時間が減って行くのも分かっている。だがそれでも葛藤せざるを得ないのだ。これまでの精神的ダメージが体を縛り付ける。


「ええいもうこんちくしょー!」


 古臭いヤケクソ声をあげて思い切って宝箱を開ける。そしてその中に入っていたものは……


「きゃー!格好可愛いですぅううう!」

「羨ましいぞ!羨ましいぞ!後で装備させてほしいぞ!」

「ママ格好良いー!こっち向いてー!」


 全身を覆う銀色に輝く鎧が、太陽の光を反射して眩しく光っている。歩くたびにガシャガシャと音がするが、決して重くは無く動き辛くも無いためバク宙などの激しい動きも可能だ。メイはバク宙出来ないけど。

 そしてその重厚な装備にぴったりの両刃の剣。武器倉庫でメイが見て憧れたあの装備。


 エクスカリバー


 やや透明がかった空色の刀身は見ているだけでうっとりしてしまう程美しい。


 『本当にごめんなさい。イベントを楽しんでください メグ』


 どうやらメグは流石にやりすぎたと本当に反省していたらしい。

 やられたらやり返す。

 この信条がある限り、やり返すまでは絶対に許しはしないが。


 しかしこれでメイが羞恥に苛まれる心配は無くなった。

 後は全力で宝物を探し、時間の許す限りファッションショーを続けるだけだ。


「えへへへ」


 メイ、ご満悦である。




 お宝を巡って熾烈な争奪戦が繰り広げられるかと思われたこの課題、蓋を開けてみれば運営からのプレゼントコーナーであり、初日とは打って変わって平和そのものであった。


「あれ、ウェザーだ。おおーい!」

「うわ何それ。格好良すぎない?」

「でしょでしょーウェザーは衣装変わってな……くないね。いつものと違う。もしかして魔法少女の衣装が出たの?」

「ふふん、可愛いでしょう」

「正直可愛い。普段のよりこっちの方が断然良い」

「着てみたくなった?」

「やだー」

「えー着ようよー」

「やだー」

「もーそうそう、この星屑のロッドも凄いんだよ」

「うわ!動くと星の軌跡が出てるぅ可愛いいいい!」


 このように、イベントフィールド内は男女問わず頭が緩くなったような会話が繰り広げられている。

 この状況で誰かを攻撃するような無粋な人はこの世界に居ないのである。


「これめっちゃ可愛いわね。優勝賞品で用意してくれないかしら」


 例えダーティークリスであってもそれは同じだった。


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