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42. 特定の人に対する嫌がらせはよろしくない

「参加者の方はこちらにお並びくださーい!」

「空いている列にお並びくださーい。どの列でも行き先は同じでーす!」


 コロシアムに集まる多くの人と、彼らを列に並ばせるよう奮闘するイベントスタッフ達。

 ウェザーに紹介されたイベントの会場がコロシアムというわけではない。

 フィールド探索型イベントのため、特殊フィールドへの転移門をコロシアムに設置し、そこからイベント会場に移動してもらう流れなのだ。


「お、ついにお前も参加するのか?」

「違う違う。俺は観戦だよ。ダンジョン攻略を手伝ってくれそうな人が居ないか見に来たんだ」

「そりゃ残念。お前と一緒に遊んでみたかったんだけどな」


「よーし、今回は優勝狙っちゃうよー」

「私がいるからあんたは無理だって」

「なにおー!」


「出発前にお昼ご飯はいかがっすかー」

「おぅ兄ちゃん、焼きそばやるよ。ガツンと大盛食って力つけときな」

「ありが……大盛すぎぃ!」


 至る所で活気のある会話が飛び交っている。


「……」

「メイどうしました?」

「ううん、凄い人手だなと思ってね」

「そうですね。わたくし、人が多すぎて目が回りそうです」

「うひゃー参加者多すぎだぞ!」

「観戦する人もいるみたいだし、ここの人たち全部が参加者じゃないみたいだよ」


 人、人、人。

 コロシアムを埋め尽くす程に人が押し寄せてきている上に、出発前の腹ごしらえを狙っていくつもの出店が並んでいるために、出発列と出店列が入り混じってカオスの様相と化している。

 それでも、必死に列整理をするスタッフの声かけに素直に従う人しか居ないため、大きな問題は起きていない。


「観戦希望の方はこちらの列にお並びくださーい!間違えても向こうで修正できますので、並び直さなくても良いでーす!」

「こちら側は出店の列になりまーす!希望の方は出発締切時間までにお済ませくださーい!」


「私たちは参加者の列だからここかな」

「最後尾札持つぞー」


 『参加者用出発ゲート列 最後尾』の札が見えたので素直にそこに並ぶ。メイたちはお昼ご飯を食べて来たから出店に並ぶ必要は無いし、この混雑の中でウェザーを探して挨拶するのも他の人に迷惑だと判断したからだ。


「この転移門は合言葉が不要で良かったよ」

「スラム街の時は恥ずかしいセリフを言わされましたもんね」


 メイは見られていないが、セーラたちも中に入るために合言葉を言わされていたのだ。

 このイベントの転移門はそんなことはなく、宙に浮いた光の渦に触れると自動的に目的の場所へ転移してくれるようだ。


「この人数相手に合言葉とかやってたら、いつまで経っても終わらないしね」

「もう一回メイのアレを見たいぞー」

「見たい見たいー」

「止めてよ、あれホント恥ずかしかったんだから」


 強制的に刻まされた黒歴史の話などしながら、列に並んで暇つぶしをする。転移には一人当たり十秒もかかっていないため、サクサク進みメイたちの番になった。


「これに触れば良いんだよね、うわ!?」


 他の参加者同様にメイが光の渦に触れようとしたら、衝撃によって右手が弾かれた。


「え?なんで?」


 何回か試してみるが、ことごとく弾かれてしまう。


「メイ様でいらっしゃいますか?」

「うん、そうだけど」


 困っていたらゲートの傍に立っていたスタッフのお姉さんが声をかけて来た。


「メグ様から言伝がございます」

「嫌な予感しかしなーーい!」


『メイのバカ力は私たちの想定を大きく越える事態を引き起こし、イベントを正常に継続させるには多大な苦労がかけられることが目に見えております。その意趣返しとしては何ですが、この転移門を通過する際にはメイが良くご存じの合言葉が必要になるよう設定させて頂きました。どうぞ感情を込めてお叫び下さいませ』


「よし、世界ごとメグをぶっ潰してやるから」

「お止めくださーい!」


 ひとまずこの会場から消滅させようかと、全力でギャグ力を放出し始めるメイ。神の理を覆す程の威力がこめられていることに気付いたスタッフのお姉さんが慌てて止めに入る。


「大丈夫だぞ。メイはこんなに人がいるところで暴れることは出来ないぞ」

「イベントを中止にさせるようなこともしないよねー」

「メイはお人好しですから」

「よしまずはお前らからな」

『きゃー』


 セーラ達にからかわれているように、メイの性格上無関係の人を巻き込むことは出来ない。


「悔しいけどあんたたちの言う通りだから。それなら発想を変えて、この力で神様の世界とやらに殴り込……」

「メイの合言葉みってみたい!」

「見たいぞー!」

「見たいですぅ」

「わ、わわ、私も見てみたいです!」

「俺も見たいぞ!」

「ワイもワイも!」

「拙者も見たいでござる」

「ウンババ」

「アタイも見てみたいね」

「へぇ、楽しそうなことやってるじゃない」


 物騒なメイの言葉を遮ったセーラ達に、なんとなくノリで乗ってくる周囲の人たち。


「なぁに、これ。というか人間じゃないの居なかった?」


 不可思議なノリに気持ちが削がれ、力が霧散してしまった。このままではメグや神様をぶん殴ることが出来ず、恥ずかしい合言葉を言わざるを得ない流れになってしまう。


「ぜ、絶対嫌だからね!?」

「でもメイ、このままだと列が進まず他の方の迷惑になりますよ」

「大丈夫だって、メイのアレすっごい可愛いから見た……ぐふふ……見たいぞ」

「迷惑になるのは私のせいじゃないし、トモエ思いっきり笑ってるからーー!」


 もういっそのことイベント参加は諦めようか。メイがそう決断しようと思ったその時。


「イベント参加したいなぁ……」


 その気配を察したソルティーユが、ボソリとつぶやいた。


 ノリの良いどんな煽りよりも、お人好しにつけこんだ言葉よりも、その他の何よりも、切なげにイベント参加を訴えるソルティーユの姿が、メイにはクリティカルヒットだった。


「うぐ……ソルテめんどくさいって思ってたんじゃ」


 長い長いイベント。

 みんなで楽しむよりも、めんどくさいという感覚の方が大きいのかと思い込んでいた。


「そんなことないよ。自分でも不思議なんだけど、こんなに長くみんなと遊べるのがすっごい楽しみ」


 純粋なその気持ちが、メイの心にグサリと突き刺さる。

 そんなに期待されたら、断れるわけないじゃないか、と。


「……………………不本意だけど、仕方ないわ」

「メイ、やってくれるのですか!?」

「わーい!楽しみだぞー!」

「ふふふ、でもあんな恥ずかしい姿、絶対に見せないからね!」


 メイには一つ秘策がある。


 ギャグ力は無色透明、ゆえにそれを向けられた相手は対処が難しいという強みがある。

 だが、それは味方との連携の際に不便だ。

 例えば、ギャグ力を足場として使う場合、それが見えていれば味方も足場として活用することが出来るのだ。


 ゆえにメイは練習していた。

 ギャグ力に色をつけることを。


「声すら通さない鉄壁の守りを見せてあげる」


 鮮やかな紫色に染められた力がメイと光の渦を包み込み、周囲から姿が見えなくなる。声すらも届かない守りの密度の高さは、メイの訓練の賜物だ。


「誰も見てなくても恥ずかしいから……」


 黒歴史のページを増やし過ぎないように、一度で決める。


「あいあいあいあい愛してる。らぶらぶらぶらぶラブしてる。私とあなたは、両想い~(はあと」


 ノリノリでポーズも完璧に決まった。

 誰が見ても文句の付け所の無い恥ずかしい合言葉だ。


「ぐうっ……やっぱりダメージが大きいから。でもこれで先に進めるでしょ」


 改めて光の渦に手を触れると、今度は弾かれること無くメイの体はイベント会場へと転移した。


 その瞬間、メイを覆っていたはずの『無色透明』の力の膜も消滅する。


 メイがセーラ達から悲劇を伝えられるまで、ほんの僅か。


「(そんな逃げ、許すわけないじゃないですか。色を消して声も聞こえるようにっと……)」




「あああああああああああああああああああああああ!メグぶっつぶすうううううううううううう!」




『課題:三時間丁度にゴールすること』


 イベント初日の課題はシンプルな内容だ。


 スタート地点からすべての参加者が一斉に進み出し、目標時間丁度のタイミングでのゴールを目指す。当然ながら、時計のような時間を計れるものは使えなくなっている。

 小高い丘を越え、足場の悪い岩場を通過する全長およそ五キロメートルのコースだ。

 地図が配布され、現在地が分かるようになっているため、迷うことは無いだろう。

 登山道は広く、いくつもの丘が横並びに用意されているため、混んでいる登山道を避けることが出来る。

 岩場も広く、トラップなどの罠もなく、フィールドは散策を邪魔しない作りになっている。


「純粋に時間感覚が試されるのですね。誰かが時間を数えた方が良いのでしょうか」

「数えるのは悪手かもしれないぞ」

「どうしてですか?」

「みんな数えさせないために相手を攻撃して邪魔すると思うぞ」


 フィールドは安全でも相手もそうとは限らない。

 時間感覚を狂わせるために手を出してくることは容易に想像できることだ。


「そもそも時間通りに着ける人、いるのでしょうか」

「追加課題が厄介だよー」

「優勝候補を探して着いて行くことが出来ない嫌な課題だぞ」


 追加課題、それは最初の丘を越えた先に用意されている。

 フィールド内にオレンジ色の球が落ちていて、それを必ず一つ以上拾わなければならない。

 球の中には『プラス 五分二十三秒』や『マイナス 三十二分五秒』のような時間が書かれた紙が入っていて、その時間分だけ目標時間を加減しなければならない。


 各チームごとにゴール目標時間がずれてしまうため、この課題が得意そうな人を探して着いて行く、という手段が使えないのだ。


「メイどうします?」

「ソウダネ、ドウシヨウカ」


 感情が消えた虚ろな瞳で、抑揚のない言葉を返してくるメイ。

 まだ先ほどのダメージが抜けていない。


「メイがこの調子だと、Meたちがなんとかしないとだぞ」

「邪魔されても時間が測れるものがあれば良いのですけど……」

「それってどういうの?」

「例えば蚊取り線香とかですね」


 蚊取り線香であれば、火をつけてどこまで進んだかで時間を確認することができる。それを奪われないように気をつければ良いだけなので、時間を気にする必要が無いのが非常に大きい。


「もっと周りに気付かれにくくて、邪魔されにくいものがあれば最高なのですが」

「持ち込み出来ないから辛いぞ」

「…………いけるかも」

『え?』


 解決案を思い付いたのは、まさかのソルティーユだった。


「なるほど、それでしたら確かに……」

「ソルテ凄いぞ!」

「えへへ……どうかな、ママ」

「スゴイネー」

「うう~いつものママじゃない~」

「コレもどうにかしないといけませんね」


 今回の課題をうまくクリア出来たとしても、メイがこのままでは意味が無い。


 みんなで楽しく遊ぶこと、が最重要なのだ。


「ちょっとばかり荒療治するぞ」

「大丈夫ですか?」

「回復は任せたぞ」


 トモエは自分の右足と左足それぞれの足元に罠魔法で小さな落とし穴を作り、足首付近まで地面に埋もれさせる。効果は薄いかもしれないが、吹き飛ばされた時に少しでも耐えるための仕掛けだ。


「……らぶしてる?」

「ぬおおおおおお!」

「ぎゃあああああ!」


 トモエの準備は意味が無く、空の彼方まで飛ばされてしまった。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 だが貴重な犠牲のおかげで、虚ろだったメイの顔に赤みが刺し、感情が戻って来た。

 感情というか、激情という感じだけれど。


「もぅ嫌あああああ!」


 その場から走って逃げだそうとするメイ。

 ここにきて不参加になるかと思われたが、途中でジャンプしてそのまま勢いよく地面に倒れ込む。


 ジャンピング orz


 地面に手と膝をついた瞬間に勢いがピタリと止まるのが特徴の大技だ。

 どうやってるの、これ。


「あらやだ美しい」

「しゅごい」

「このイベントで勝てますように」

「彼女が出来ますように」


 そのあまりの美しさに、拝みだす人が多数。


「案外余裕ありそうだから安心したぞ」

「もう戻って来れたのですね。良かったです」

「スタッフの人が助けてくれたぞ」

「ママもしかして楽しんでるのかな?」


「私を拝むなー!」


 笑顔な人々に囲まれて、顔を真っ赤にさせながら怒るメイの表情は、どことなく楽し気だった。


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