29. これ以上の羞恥プレイは耐えられない
「これで勝ちだから」
「うわ!その手があったか!」
「またわたくし負けました……」
「強いわねぇ」
セーラのお屋敷に滞在して一か月。
セーラ親のダンジョン攻略話・馴れ初め話・召喚元世界の話、セーラの小さい頃の話・異常な趣味を見つける話などを聞いたり、逆にメイたちのことを話したり、屋敷や庭園を探索し、内設されているテニスコートでテニス勝負を繰り広げ、プールを堪能したり、優雅で怠惰で家族化アタックを回避する毎日を過ごしていた。
「強いというか、みなさんが弱いというか……」
メイVSセーラ一家の構図でセーラ親の世界産ボードゲームで遊んでいたが、メイが圧勝していた。
メイがゲーム系に強くセーラたちが弱いのもあるが、負けたら変な罰ゲームをやらされそうで怖かったのでメイが本気を出したというのが一番の勝因かもしれない。
「ちょっとトモエの様子見に行くね」
長く遊んでいたので、休憩がてらリビングを離れてトモエの部屋に移動する。ソルティーユは自室で惰眠を貪っているので寄る必要は無い。
「うぃーっす、どんな感じ?」
ノックをして部屋に入ったけれど、トモエは集中を切らさずに机に向かって作業を続けていた。メイの声かけにも反応しない。邪魔をするのは悪いと思い、少しだけ待って作業が途切れないようだったら後でまた来ることに決める。
「んんーっ!」
ソファーに座ってトモエが作業している姿をぼぉーっと十分くらい眺めていたら、トモエは手に持つモノを机の上に置き、両手を上に伸ばして凝った体をほぐそうとする。どうやらキリが良いタイミングのようだ。
「おじゃましてるから」
「えっ!びっくりしたぞ」
「あはは、ごめんごめん。それにしても、私が部屋に入ってきても声かけても気付かないくらい集中出来るなんてすごいね」
「ううーなんか恥ずかしいぞ」
メイは集中しようとしても雑念が入るタイプなので、素直に羨ましかった。
「それでどんな感じ?」
「良い感じのが出来たぞ」
「おおー上手いなぁ」
トモエに渡されたのは、一枚の紙。
そこには、武器防具を装備した四人の男女の冒険者が並んでポーズをとっている漫画風の姿が描かれている。
「筋肉マッチョも描けるんだ。ムッキムキだけどあいつらより臭くなさそう」
大剣を背負った上半身裸の男性は、先日出会った臭過ぎる連中よりも品があり、不快さどころか格好良く感じられる。
「この武闘家がオススメだぞ」
「あははは、めっちゃ太ってるやつだよね。いるいる、こんなキャラ」
お腹が達磨のように綺麗な曲線を描いている巨大な男性が、指貫を装備した手でマンガ肉を貪り食べている姿は、ネタ強キャラの風味がある。
「それでいて、女の子も可愛く描けるんだもんなぁ」
杖とローブととんがり防止を装備した優し気な表情の女性の周りには、二冊の本が宙に浮いている。
その子と並ぶようにして立つのは、勝気な表情で弓矢を構えるスレンダーな耳長エルフの女性だ。
魔法職の女の子は可愛い系、エルフは美人系の描き分けが出来ている。
「それでトモエ先生、今回の自己採点は?」
「七十五点だぞ」
「おお、高いね!」
「段々慣れて来た気がするぞ」
トモエがやりたいと思っていたこと。
それは漫画絵を描くことだった。
元の世界に居た頃からノートの端などに絵を描くことが好きだったのだが、こちらの世界に来て漫喫で多くの漫画を読んだことで、また描きたくなってきたのだ。
自分の絵柄というものがあるわけでは無いので、漫喫から借りて来た様々な画風の絵を模写したり、オリジナルの絵を描いたりしながら、描くことを楽しんでいた。
「そろそろまたみんなの絵を描いてみるぞ」
トモエがセーラ宅で最初に描いたのは、メイ・セーラ・トモエ・ソルティーユ四人組の私服姿だった。その時点で本人の特徴を捉えつつ可愛く描けていたのだが、満足できなかったトモエは画力が向上するまで再度みんなの姿を描くのを止めていた。
「自分が絵になるってなんとなく恥ずかしいんだけど、トモエの絵なら可愛いくて許しちゃうから」
「ありがとうだぞ」
この羞恥プレイは嬉しさによるものだから問題ないのだ。
「私、トモエの絵って人物画しか見たこと無いけど、背景とかモンスターとかは描かないの?」
「見せたことが無かっただけで、描いてるぞ。机の上にあるぞ」
「じゃあさ、漫画を描いたりしないの?」
トモエがこれまで描いてきたのは一枚絵のみ。
漫画の形式でストーリー立てたものは無い。
背景とモンスターと冒険者が描けるなら、冒険活劇ストーリーの漫画を描けるのではないかと思ったのだ。
「漫画は絵だけじゃなくてコマ割りとか台詞のスペースとかも考えなきゃならないから大変なんだぞ。やってみたいけど、今は沢山絵を描いてみたいって気持ちが大きいぞ」
「なるほどねぇ。それじゃあコミケがこっちにもあったら『画集』みたいな形で本を出すのかな」
「コミケ羨ましいぞ。Meの世界も即売会があれば良かったのに、心から残念だぞ」
トモエの世界には『個人が絵を描いて本にして売り買いする場』はなく、『本』となる漫画は全てプロが描いたものだけ。個人漫画があるとしたら、ネットに相当する場で情報体として趣味で公開するだけだった。
絵を描くのが好きなトモエは、メイから日本の即売会文化について教えてもらい、羨ましくて仕方なかったのだ。
「(でもトモエの場合、コミケがあったら『落とし穴大全』とか作って売りそう)」
ニッチなジャンルで人気が出る姿がメイの目に浮かぶようだった。
「どんな形でも私たちが楽しんで読むから、それで我慢してね」
「分かってるぞ。それだけでも嬉しいぞ」
「それじゃそろそろご飯にする?」
話の区切りがつき、丁度夕飯時だったので、トモエを連れてセーラたちが待っているであろうダイニングへと向かうことにする。
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そしてまた後日。
「メイさん、こんなイベントがあるんだって」
「あとでトモエさんに渡してあげてね」
『第一回 異世界即売会 場所:都会エリア 日時:……』
セーラ父母から渡されたパンフレット、そこには『即売会』の文字が書かれていた。
トモエは今日も絵描きに夢中なので、タイミング良いところでメイから教えてあげて欲しいということなのだろう。ご飯時などの全員が揃った時に自分たちが直接教えなかったことは、セーラ父母にとって特に理由は無かったのだが、メイに託したという選択がメイにとって非常に大きな転機となった。
「へぇ、こっちでも即売会あるんだ。トモエが喜ぶね」
パンフレットは即売会の参加サークルを募集する内容だった。
「第一回ってことは今回が初めての開催なのかな。雰囲気は日本のと同じっぽいけど……あ、日本式って書いてある」
注意事項のところに『今回は日本式で実施いたします』と赤字で目立つように書かれている。実は主催が日本人のため、初回は自分が知っているやりやすい形式で開催したかったのだ。
「開催期間は一日だけ、ジャンルごとにちゃんと分けるんだ」
日本の即売会では見られないジャンルも多い。おそらく他の世界での類似イベントを参考にしたのだろう。
「トモエだったら何のジャンルになるんだろう。幅広く描いてるから絞るの大変そうだなぁ。落とし穴とかあれば面白……ろ……」
メイの言葉が詰まったのは、落とし穴ジャンルが本当にあったからではない。
それよりも問題のジャンルを見つけてしまったからだ。
『成人向け』
日本でならば男性向、と表現されるそのジャンルが、より直接的な表現で用意されていた。
即売会ならば存在して当然のそのジャンル。
メイはそれを見つけた瞬間、最悪の状況を思い浮かべてしまったのだ。
「(私がやらしいことされる漫画を描かれるっ!)」
冒険しているメイが落とし穴にはまり、ノクターン行きなアレコレをされる漫画。トモエがそれを嬉々として描く様子が頭の中に鮮明に浮かんでしまったのだ。
「(冗談じゃない!漫画とはいえ、自分がアレされてる姿が世の中に広まるなんて、恥ずかしくて生きていけないから!)」
先日の羞恥プレイとは比較にならないほど最悪な羞恥プレイ。
それを防ぐため、メイは動き出す。
「(トモエにイベントについて教えないのはダメ。セーラの両親が何かの拍子で言いそうだから)」
『そういえばトモエさん、あのイベントに参加するの?』などと聞きそうだ。
それにセーラ一家ならば、何かを察してトモエのイベント参加を強力に後押ししそう。
「(それに、今回イベントをスルーできたとしても、何度も開催されたらいつかはイベントの存在に気付かれる)」
他に手段はあるのか、頭をフル回転させる。この時ばかりは雑念が入らない。入れる余裕が無い。
「(いっそのことイベント開催者を探して弱みを握り……)」
『脅迫は最強の交渉術』とは若葉姉のお言葉だ。メイはまだその神髄を教えてもらっていないが、その言葉だけは強く印象に残っている。
「(いや、もうイベントの告知はされている。突然中止になったらその理由を誰かが確認して、何かの拍子に私が原因だとバレれば、セーラたちがメグあたりと組んで嫌がらせのために新たに開催するかもしれない)」
否、理由をつけているが、イベントを楽しみにしている人を悲しませたくないだけである。
セーラたちがこの説明を聞いていたら、ニヤニヤしながら真っ赤になるメイを楽しんで見ていただろう。
「(となると逃げる……どこに?)」
パンフレットの会場欄が目に入る。
『都会エリア』
つまりこのイベントは、初級世界の人々のためのものなのだ。
「(中級世界に行く。しかも最低限トモエを連れて)」
超難易度の初級ダンジョン攻略がはじまる。