28. セーラ家の娘にはならない
「驚かせてすまない」
なでなで。
「まさかセーラのお友達がこんなに可愛い娘だったなんて」
なでなで。
「こんなところで良ければ永え、いつまでも居て良いからな」
なでなで。
「うふふ、一か月も一緒に暮らせばもう娘みたいなものよね」
なでなで。
「いや、その理屈はおかしいから」
セーラの部屋からリビングに移動し、何故か両親に挟まれてソファーに座っているメイは、両側からなでなで攻撃を喰らい続けている。
ファーストコンタク時の迫力はどこに行ったのか、セーラ親の顔が蕩けまくっているぞ。
「お父様もお母様もずるいです!」
なでなで。
ソファーの後ろに周り、セーラもなでなでに参加してきた。
「うざい。っておい、そこは洒落にならないから!」
無抵抗なのを良いことに手つきが段々とR15に向けて怪しくなってきたので、慌ててその場から飛び退くメイだった。
手をワキワキさせながら興奮しているセーラ両親の見た目は若い。
ただしメイが思うに、見た目以上に歳をとっていて四十歳は越えているだろう。
メイは家族や親戚が超若作りなので、実年齢とかけ離れた見た目をしている人物であっても大まかな年齢が自然と分かるようになってしまったのだ。
「恐ろしい親子だ。うちの家族ですら守る常識を軽々と突破してきたから」
「そんなに褒められたら照れてしまいます」
「嬉しいな」
「うふふふ」
「もうやだ」
ふさふさなカーペットの上で膝を抱えて蹲り、何故か前転をしてから orz のポーズを決める。
ボケる精神的余裕はまだあるようだ。
「さてと、それじゃあ改めて自己紹介を。メイです」
「トモエだぞ」
「ソルティーユ」
「セーラの父、トオルです」
「セーラの母、マイコです」
メイはセーラ家族とは反対側のソファーに座り、トモエとソルティーユに挟まれた状態で挨拶をした。セーラが加わりそうな顔をしているが、今はそっちに居なさいとメイは視線でけん制する。
「セーラ」
「はい」
母親がセーラに声をかけると、ソファーの裏側に居たセーラが、先ほどメイがいた両親の間に座る。
なでなで。
「(扱いは似てるのね)」
メイとは違って背が高いため頭をずっと撫でているわけではなく、肩を抱き寄せたり、ほっぺたをくっつけてもにゅもにゅしたりと、愛情表現が少し違う。
「(トモエもソルテも十分可愛い系なのに、なんで私ばかり)」
それはメイの勘違いだ。
今はメイが優先されているだけであって、トモエもソルティーユもセーラ親の毒牙にかかることは決まっている。
セーラは小さくて可愛くてロリィな娘が好きだけれども、セーラ親は可愛い娘全般が大好きなのだ。
「それで、さっきのは何だったの?」
出会い頭の殺人未遂。
その話題はスルー出来ない。
「あーうん、その、なんだ」
「うふふふ」
「お父様、お母様、メイの質問なのですから、誤魔化さないで正直に答えて下さい」
「なんと、セーラが私に意見するなんて!マイコさんマイコさん、娘がこんなにも大きく成長して嬉じぐっ……ぐすっ……ぐすっ」
「トオルさん、今日はお赤飯ですね。こんな立派な娘になってくれて、私も鼻が高っ……ううっ……」
ハンカチで目頭を押さえてガチで涙目になっている二人を見て、溺愛され過ぎっぷりにドン引きするメイ一行。
「お父様もお母様も大げさなのです。前を見てください。メイからの質問ですよ。誰だって当然の反応になります」
『わかる』
「なぁに、これ」
涙がピタリと止まって真顔で頷く両親。話を進める度にコントもどきが挿入されるのだろうかと少し不安が増すメイだった。
「セーラから友達が出来たと連絡が来てな。悪い虫が着いたのなら排除せねばと思いついサクっと」
「つい……でサクっとしないで!?」
「セーラに何かあったらと思うと怖くて……」
「怖いのはこっちだったから!」
怪我をしない世界とはいえ、首筋に剣+額に銃口でビビらない訳が無い。
「気になるなら普通に会いに来れば良かったじゃないですか」
セーラと出会ってから二か月以上も経過している。こっそり会いに来てメイたちがどんな人物なのかを確認出来ただろうに。
「もちろん会いたかったさ!会いたかったさーーーー!」
「セーラから会いに来ないでって止められたのよ。自分の力で頑張りたいからって」
ぎゅぎゅっとセーラに抱き着く両親。
単なる溺愛では無く、しばらく愛娘に会えなかった寂しさを埋めているのかもしれない。
真っ先にメイを愛でたからそれは無いか。
「それでもこっそりと見に来ることくらいは……」
セーラを溺愛するあまり、言いつけを破れなかったのだろうか。
「お嬢様から、旦那様と奥様を近づけないように厳命されておりましたので」
会話に混じってきたのがメイドのルナ。
どうやらルナたち執事&メイドが鉄壁のガードで守っていたようだ。
「家の主人の扱いが……」
「旦那様や奥様から、何が何でもお嬢様の要望を優先させること、と仰せつかっております」
「自業自得じゃん!」
溺愛するあまり娘に会えなくなってしまったとは皮肉なことだ。
「そのため旦那様と奥様は毎日のようにお出かけなさり、お嬢様に近づくものへ呪」
「幸せを祈っていたのだよ、ははは」
「話をぶった切るならもっと早いタイミングで切ってくれないかな!?聞こえちゃったから!?」
「髪の毛の入手は許されたので……」
「怖っ!鳥肌やばっ!」
『見せて見せて』
「ぎゃああああ!キモイ!」
メイの鳥肌を見たいと一瞬で距離を詰めて来た三人。
恐怖のあまり、反射的にギャグ力で吹っ飛ばしてしまった。
『あーれー』
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「そんなに娘が大事なら、ダンジョンの挑戦を認めなければ良かったのに」
「あっはっは、可愛い娘の願い事を拒否できるわけが無いじゃあないか」
「それに娘なら諦めて帰ってくると思ってたのよ」
「あー、納得」
娘のことを良く知っているからこそ、初心者ダンジョンをクリア出来るとは思っていなかったのだ。
「一体どんな魔法を使ったのか、参考までに教えてくれないか」
「別に大したことはしてませんよ」
「そんなことないわ。セーラの頑固さは私たちが良く知ってるもの」
どのようなアドバイスをしても敵を無限回復させることを絶対に止めないという確信が両親にはある。
メイの考えた手段は、止めるどころかむしろ無限回復を推奨することだった。
「簡単ですよ。『もっとギリギリを攻めたら?』って言っただけです」
セーラは歪んだ嗜好により、敵が死ぬギリギリで回復させることで、死の恐怖を延々と煽る。
それならば、可能な限り死ぬギリギリまで削って回復させることで、より大きな恐怖を与え、セーラはより大きな快感を得られるのではないか。これなら喜んで従ってくれるはずだ。
「回復させる度に、次はもう少しダメージを与えて……といった感じで、毎回ダメージを増やすんです。そうすればいずれ許容量を超えて相手を倒します」
「…………で、でもセーラならギリギリを見極めて、倒すほどのダメージを与えないかも知れないわ」
「それならそれで、かなり微妙な調整が必要になります。何回か繰り返せば一度くらいは力加減を失敗することくらいあるでしょう」
「なんということだ」
娘の嗜好を否定せずに利用することで問題を解決する。
これほどセーラにうってつけのパートナーは居ないでは無いか、とメイの株がさらに爆上がりした瞬間だった。
「運が良かったのは、この世界では敵の体力が分からないことですね。ゲージとか数値で見られるとなると、ギリギリで止めやすくなりますから」
そしてこのアドバイスがメイにとって最も優れている点は、アドバイス通りにやったとしても時間がかかるということだ。いずれクリア出来ると確信しつつ、自分は安心して先に進むことが出来る。セーラから逃げつつも、置いて来たという後悔を感じにくい名案だった。
実際は予想よりも大幅に速くセーラがクリアしてしまったため、こうやって一緒に生活することになってしまったのだが。
「やっぱり娘に欲しい」
「お断りします」
「そこをなんとか」
「自分の家族が大事ですから」
「家族は二つあってもおかしく無いさ」
「おかしいから、というか何で娘にこだわるの」
「そりゃあ正式な娘だったらもっと色々と……」
「お断りします!」
今ですら過剰なスキンシップを受けているのに、これ以上何が起きるというのか。恐ろしすぎる。
「そういえば、なんでセーラは私たちをここに連れてくるのをご両親に秘密にしてたの?」
ちゃんと連絡してあったなら、門をくぐった直後に襲撃されていたはずだ。それが無かったということは、両親には伝えていなかったことになる。
「驚かせたくて」
「どっちを?」
「どっちも」
「気持ちは分かるけど、後でお仕置きね」
「ぐへへへ」
お仕置きという名の絡みが出来ると喜ぶセーラだが、その内容が隔離して放置だと知り絶望するのはちょっと後のお話。
「またお嬢様らしくない笑い方を……といっても、これってお金持ちの『フリ』なんですよね?」
「もちろんさ。物語の中で描かれるお金持ちの暮らしってやつに憧れてね。希望を叶えてもらったんだ」
「漫画やアニメを参考にしながら、時間かけて設計したのよね」
この世界における漫喫の役割は、単に娯楽というだけでは無い。空想上のモノを現実化して体験するための、貴重な資料でもある。セーラ親は、様々な豪邸の描写を参考に屋敷や敷地を設計し、造ってもらった。
「メイドや執事も?」
「用意してもらったのよ」
屋敷を管理する多くの使用人はみな、ジーマノイド。本人は特に働く必要が無く、全て使用人がやってくれる豪邸でのんびりと暮らす。その夢を彼らは叶えてもらったのだ。
「メイさんたちも何かあれば彼らに遠慮なく言ってあげてね。それが仕事だから私が自分でやろうとすると拗ねちゃうの」
「あはは、落ち着かない気持ち分かります」
「私たちも慣れるのに時間がかかったからね。まぁ、彼らもプロだから、みんなが気まずい思いをしないように汲み取ってくれるので、自由に過ごしたまえ。いつまでも」
「そして娘に」
「お断りします」
これから毎日、しつこい勧誘との戦いになるのだろう。
「セーラって、私を家族の一員にするためにご両親に会わせたがってたの?」
「はい!」
「わーお、良い返事」
「流石だな、娘よ」
「流石ですね、娘よ」
「うん、拒否して正解だったから」
嫌な予感ほど良く当たるものだ。
「(あれ、でもここに来たから呪いが止まったと考えると……いや流石にそれは……でも……)」
直近で最悪の羞恥プレイをしたのが実は呪いのせいである可能性に気付いてしまったメイは、少しの間の過剰スキンシップを我慢して過ごすことと、呪いがこれから先も継続する可能性を天秤にかけてしまった。
会うべきだったのか、会わざるべきだったのか。
会ってしまった今ではどうでも良いことを考えて沈黙してしまったメイの代わりに話をつなげたのはトモエだ。
「Meからも一つ教えて欲しいぞ。トオルとマイコの娘の名前がセーラなのは何でか知りたいぞ?」
トモエの疑問も最もだ。
トオルもマイコも日本的な名前なのに、セーラは西洋風の名前。
「いやぁ、せっかくの異世界だから、異世界っぽい名前にしたくて」
「素敵ですよね」
「あ、はい、そう思います」
それはキラキラネームではないか、と言いかけて思わず口癖が消えて普通に答えてしまったトモエである。
「素晴らしい名前ですね!」
と、他の人の話は聞き流すことが多いソルティーユが、珍しく勢い良く食いついて来た。
「あなたはソルティーユさん、ですね。似た雰囲気の名前同士、娘とも仲良くしてやってください」
「もちろんです!セーラは良い名前です。うん、うん」
何故ソルティーユが名前を気にしているのか、その悲劇的な理由が明らかになるのは、もう少し先のことである。
セーラ宅でのお話はいくらでも暴走させられそうなので、さらっと終わります。