27. 豪邸でおもてなしを受けるのは、やぶさかではない
「逃げるなああああ!」
「逃げるに決まってるからああああ!」
都会エリアの雑踏の中を駆けまわる小さな姿が二つ。
フリルが多いピンク色の派手なコスチュームを着てステッキを持った女の子と、それに追われるメイだ。
「しつこい!」
赤信号を避けながら人と人との隙間を縫うように逃げ続けるメイを、ウェザーは執拗に追う。
そんな彼女たちを、街の人々は微笑まし気に見守っている。
どちらもちんまいため、子供たちがじゃれているようにしか見えないからだ。
一部、メイのことを知っている人たちは、近くの建物が崩壊するのではとスリルを楽しんでいるが。
「別に仲間になってくれなんて言わないから!」
「いやだー!関わりたくなーい!目が死にたくなーい!」
ウェザーとまともに関わったら、今よりも酷い目に合う予感がヒシヒシとしていた。
「(せめて敵対関係とかライバル系なら自我を保てそうなんだけどなぁ)」
普通に接したら、なし崩しで目のハイライト消去フレンズになりそうで怖いのだ。
神輿イベントにおけるウェザーのお仲間さんの絶望の表情を忘れることはできない。
「可愛い照れ顔を拡散するのは止めるからさぁ!」
「はぁ!?なんであんたそれ知って……っと危ない危ない」
「ちぃっ!」
人生最大の汚点を持ち出されて、思わず停止して詰問しかけたが、それが罠だと気づき逃亡を再開する。
「それ広まったら問答無用で元の世界に帰るから!」
あの姿を全ての人々に知られた羞恥世界で暮らすなど耐えられない。
間違いなく元の世界に戻るだろう。
「(このままじゃ追いつかれる)」
雑踏の中で逃げることで相手の機動力を封じていたが、それでも元々のスペックが違いすぎるため、徐々に差を縮められている。
「(くっ、赤信号か。仕方ないから右に曲がって)ひゃあっ!」
目の前の信号が赤になるため、道路を渡らずに右折して逃げようとしたら、急に足元の感覚が無くなり変な声が出てしまった。
「あれ、どこ行った!?」
追ってきたウェザーがメイと同じく角を曲がると、メイの姿が消えていた。近くに隠れるような店や抜け道は無い。
「おっかしいなぁ」
不思議に思いながら辺りを探し出すウェザーの、すぐ近くにメイはいた。その足元に。
「トモエが落とし穴に私を落として助けてくれたってのは分かる、その点についてはお礼を言うから。ありがとう」
落とし穴の中にはセーラ、トモエ、ソルテが待ち構えていた。
落ちて来たメイを受け止めた後、トモエはすぐに罠魔法を使って落とし穴の上部を塞ぎ、穴の存在を隠ぺいした。目を凝らして見るといくつか空気穴が空いていることに気付くが、穴の存在を疑わない限りはまず気付くことはないだろう。
彼女たちが逃げているメイを手助けしてくれたので、上にいるウェザーに声が聞こえないように小声でお礼を言う。
「ただね、コレはどういうことなのかな」
メイを受け止めたのは、メイ大好きなセーラでは無く、柔らかくてぶよぶよした無数の太い植物っぽいナニカだった。両手両足がそれらに巻き付かれ、穴の中で大の字で宙に浮かされている形になっている。
「落とし穴に何もしかけないのはMeの主義に反するぞ」
「そんな場面じゃないでしょうが!」
大声で怒りたいけど、ウェザーから隠れている最中なので出来ない。
それをチャンスと考えたのか、自らを拘束している何かが体にも巻き付きはじめる。
「こ、こら!R15のタグがついちゃうから!」
「メイが何を考えているのか、分からないぞ」
「声をあげることも出来ずに羞恥に悶えるメイ。ぐへへへ」
「ひゃんっ!だ、だめっ!」
それ以上はいけない。本当にR15のタグがついてしまう。
残念ながらその危機は、ウェザーが探索を諦めたことで去ってしまった。
残念ながら。
「仕方ない、今回は諦めるか」
その言葉が聞こえ、少し時間が経ってその場を離れたであろうと思い、ギャグ力で自らの体に巻きついているソレを吹き飛ばした。トモエたち諸共。
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「酷い目に合った。他のエリアに移動すべきかなぁ」
都会エリアのカフェで休憩するメイ一行。
初級世界を一通り巡ったメイたちは都会エリアに戻って来た。
ここで暴れたほとぼりが冷めたのか、どのお店にも入れるようになっていた。なので再び怠惰な生活でもと考えて街中をぶらついていたところ、ウェザーに発見されてしまったのだ。
「しっかし、なんでウェザーが私のアレを知ってるのかな。もしかして拡散されてる?」
あの場に居た人には撮った写真を拡散しないように強く言いくるめてある。もし広がったら元の世界に帰ると言ったので、少なくともジーマノイドたちはここで楽しく過ごしてもらうという条件に反しないためにも大人しくしているであろう。アキラ(人間の男性)も拡散するような人には見えないし、セーラたちはメイが帰ったら困るだろうから広げないだろう。
「先日、ウェザーさんにお会いしたので、話が弾んでつい……」
「セーラのせいかああああ!」
まさかのセーラが犯人であった。
つい……などと言ってるが、拡散しないように強く言い含めて教えている。
メイが困った姿を見たいという気持ちから起こした犯行である。
この世界から帰らないギリギリのラインを見極めながら話を広げているところ、悪質である。
「ぐええ、首絞めは勘弁してください」
神の理を貫通出来るようになってから、無敵モードをほんの少しだけ突破できるようになったのだ。首をキュッとすれば、多少息苦しくすることくらいは可能だ。
「まったく……でもあの子、諦めそうにないんだよなぁ。どうしよう。いっそのことダンジョンクリアして中級世界に行く……ムリだよねぇ」
三人を見て大きなため息をつく。
この三人がいる以上、ダンジョンクリアは簡単では無いだろう。
「それなら、ほとぼりが冷めるまでどこかに隠れるというのはいかがでしょう」
「隠れる、ねぇ。あの子諦めるかなぁ。聞き込みとかして地道に探してきそう」
目の死んだ仲間を大量投入して人海戦術すら使ってくるかもしれない。
自分と同じ、目的のためなら手段を選ばない気配を感じていた。
もっとも、セーラたちに言わせれば、メイは周囲の人を気にして手段を選びまくる、とのことだけれども。
「絶対に見つからず、快適に過ごせる場所に心当たりがあります」
「絶対に?」
「はい、絶対に、です。それと、隠れている間に『街で暴れてたあの四人組を最近見かけない』とか『ダンジョンに挑戦してるのを見かけた』という噂を流してもらいましょう。そうすれば、わたくし達が中級世界へ移動したと勘違いして諦めてもらえると思います」
「いやいや、どうやって噂を流すのさ」
「そちらも心当たりがあります。いかがでしょうか」
あまりにも都合が良い話で胡散臭い。
ただ、最近はウェザー関連で逃げ回ったり、アクティビティに夢中になったり、スラム街イベントで精神的な大ダメージを負ったりと、疲れを感じていた。
本当に快適に過ごせると言うのなら、そこで一月くらいのんびりするのも悪くない。
「トモエやソルテはどう思う?」
「Meは問題ないぞ。というか、ちょっと籠ってやってみたいことがあるから、腰を据えて休める場所はありがたいぞ」
「私はぐだぐだ出来るならどこでもー」
二人ともメイたちに気を使っているわけでもなく、問題なし。
後は胡散臭い話を信じるかどうかだ。
「(スラム街でのアレ考えたら、多少厄介なことがあっても平気平気)」
そもそも、セーラたち曰く『人が好過ぎる』メイがセーラの提案を断るはずが無いのであった。
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「ほけー」
メイの目の前にあるのは豪邸オブ豪邸。
都会エリアの高級住宅街にある、高い塀に囲まれた広大な敷地。
巨大な鉄の門が轟音をあげて開かれると、どこまでも続くかと思えるほど広い手入れが行き届いた庭がお出迎え。
そして十分ほど歩いて進むと遥か遠くに見えてくるのが巨大な洋風の豪邸。
物語の中でしか見ることのない、金持ちオブ金持ちのお屋敷を前に、メイは呆然とし、トモエはハイテンションで写真を撮りまくり、ソルティーユは歩くのがめんどくさかったのか休みたがっている。
「ようこそ我が家へ」
「……そういう流れかー」
嫌な予感がするので避けていたセーラのお宅訪問。
セーラが何故これまでウェザーにメイの情報を渡していたのか分からなかったが、隠れ場所として提案することで自然に連れてきたかったのだとようやく気付いた。
「お父様とお母様は外出中とのことなので、ひとまずはご安心ください」
「嫌なことが先延ばしになっただけだから」
セーラの狙いが分かったから諦めて帰る、ということはない。セーラの手のひらの上でコロコロされたとはいえ、今の状況ならばセーラの言う通りにした方が都合が良いのは間違いないからだ。
「私が我慢すれば良いだけの話……か」
「ぐへへへ、大丈夫ですよ。メイが想像しているような悪いことは起きませんから」
「いやいや、むしろ何が起きるか想像出来なくて怖いんだから」
何が起きるのか事前に教えて欲しい、と聞いても恐らくセーラは教えてはくれないだろう。そういうタイプだ。
「ささ、中へどうぞ」
「はーい」
セーラはメイの手を取り、屋敷の中へ連れて行く。
これまた大きな扉が、小さな音を立てて開かれる。
『おかえりなさいませ、お嬢様』
「うっわ」
玄関に並んでいたのは、列になって並ぶメイドと執事だった。
正面右側にメイドが、左側に執事が並んでいる。
「ただいま帰りました。お父様とお母様は外出中との連絡を頂きましたが、まだかかりそうですか?」
「はい、今晩にはお戻りになられる予定でございます」
答えたのは、メイド側の列に並ぶ先頭の女性だ。
全員を代表して答えているところから、メイド長的な立場か、あるいはセーラ担当メイドのような立場なのだろう。
「分かりました、ありがとう。それで、こちらが私の大切なと……友達です」
「メイです」
「トモエだぞ」
「ソルティーユだよ」
驚きの気持ちを胸にしまって挨拶するメイとトモエ。ソルティーユは早くゴロゴロしたい。
「いらっしゃいませ。ご挨拶が遅れて申し訳ございません、私はルナと申します。皆様のご来館、心から歓迎致します。ご滞在中に何かご用命の際は、私共に遠慮なくお声かけください」
「お世話になります」
普通でない状況に普通に対応できるメイ、強い。
「さあ、わたくしの部屋でお茶にしましょう」
「やったー」
ソルティーユの喜び声を聞きながら、セーラの部屋に連れられる一行。
「それでは、ごゆるりとお寛ぎくださいませ」
セーラの部屋の広さにまたしても呆然としている間に、ルナが紅茶とお菓子の用意をしてくれていた。
屋敷の散策は翌日にすると決めて、ゴロゴロしたり談笑したりとまったりと過ごしていると、いつの間にか外は暗くなっていた。
「お嬢様、そろそろ奥様と旦那様がお帰りになられます」
ついにその時がやってきた。
「分かりました。わたくしが玄関まで出迎えます。念のため確認しますが、例のことはまだ伝えては?」
「はい、秘密にしております」
『例のこと』などと不穏な単語が聞こえて来るが、もうメイたちは事が起きるのを待つしか手は無い。手に負えない事態だったら、窓から脱出して逃げる心構えだけはしてあるが。
両親を迎えに部屋から出たセーラの戻りを待つ。
お世話になるということで、『何も無ければ』丁寧に挨拶をしなければ。
「ソルテも横になってないで挨拶の準備する」
「はーい」
漫画を読みながら床をゴロゴロしているソルテ。
洋館だけれども、日本式の世界なので土足では無く清潔にされているのだ。
少しばかり緊張して待っていると、ドタドタと走ってくる音が聞こえて来た。
「(これアカンやつだ)」
客人の元へ走ってやってくるなど、トラブルの香りしかしない。
その予感は大正解だった。
ドカンと大きな音を立てて入ってきた男性と女性。
「うちの娘を誑かしたのは貴様かああああ!」
訂正しよう。
入ってきたのは日本刀を手に持つ男性と、リボルバーを手に持つ女性だった。
彼らは部屋に押し入ると、扉に一番近いところに座っていたメイに近づき、男性が日本刀を振りピタリとメイの首筋で止め、女性が銃口をメイの額に押し付ける。
「ひえっ……」
あまりの恐怖でちびりそう。
「…………………………………………うちの娘になりませんか?」




