20. 祭りに怨嗟は似合わない
「さぁ今年もこの季節がやって参りました、第十三回『バトル・オブ・ネリ』。欲望渦巻く戦場を生き残るのはどのチームでしょうか。実況は私ベラミー、解説はメグさんでお送り致します」
「よろしくお願い致します」
自然豊かな農村に位置するその神社は、森に囲まれた小さな山の上にある。神社と山の麓はなだらかな百段の階段で行き来が出来るようになっている。
階段を降り切った先には、南方に広い参道が真っすぐと続いていて、東西方向にも細い道がのびている。T字路の形だ。
しかしそれは普段の姿。
お祭りが行われる今日、道路は南東と南西にも追加され、広さも大幅に拡張されている。道路で無い部分には十メートル以上の高さの観客席が用意され、『バトル・オブ・ネリ』を待ち望んでいた多くの観客でぎっしりと埋まっている。
実況と解説はその観客席の中に用意された個室の中にいる。
「それでは各チームの入場です!」
実況の掛け声を合図に、独特な神輿を担いだ集団が各道路の先からやってくる。
「東から入場したのは、『動物愛好会』。このお祭りには第一回から参加している常連です。トレードマークの動物神輿ですが、今年は猫が主役のようです」
あらゆる動物がグネグネと絡み合っている像が乗っている神輿だ。犬、ウサギ、ヘビ、馬、ゾウ、鳥などのの動物(リアル調)が絡み合っている姿は可愛さだけでは無く狂気も感じさせる。
「メグさん、彼らの神輿はいかがでしょうか」
「猫とは驚きました。『動物愛好会』はこれまで干支を神輿のシンボルとして扱っていたので、今年は一周してネズミが主役になるのではと言われていたのですが」
「なるほど、彼らは昨年『来年を楽しみにしていてください』と仰っていましたが、こういう意味だったのですね」
どうでも良い情報である。
ちなみに、神輿を担ぐメンバーは全員、何らかの動物の被り物をしている。馬やハシビロコウなんかのアレである。
これもまた狂気を感じさせる。
「順番に紹介致しましょう。次は南東の『黄金最優王国』です。こちらは第五回から参加の常連ですね。意匠を凝らした黄金像が人気のチームです。今年のテーマは『ワビサビ』とのことですが……メグさん、どういうことでしょうか」
「全異世界に向けて詫びるべきだと思います」
日本庭園の上にお茶を飲んでいる姿の巨大な大仏が乗っている。砂の一粒に至るまで、丁寧に黄金で作られているところがこだわりだ。
「とまぁボケはさておき、単なる日本庭園だとボリュームが足りず、かといってお茶を煎じている姿だとインパクトが足りないと思ったのではないでしょうか。彼らは黄金の美しさをアピールしたいだけの見た目重視のチームですので」
「なるほど、個人的にはお茶を煎じてる姿でも十分インパクトがあったと思いますが」
彼らにとって、勝敗などどうでも良い。一人でも多くの人が黄金の美しさに魅せられてくれればそれで良いのだ。
担ぐメンバーは全員、全身を金箔で覆っている。リアルやったら危ないからダメ、ゼッタイ。
「南から登場するのは、『魔法少女組』。今回が初登場のチームですね。名前の通り担ぎ手の皆さん可愛らしい衣装に身を纏っております。神輿はステッキを持った魔法少女二人組と使い魔の像。観客席の大きなお兄さんお姉さん達の顔が緩んでおります」
「私が担当している人が似合いそうなチームですね。今からでもねじ込んだ方が面白……いえなんでも」
流石メグ。メイが嫌がりそうなネタには敏感だ。
「神輿を先頭で担いでいるのがリーダーのウェザーさんでしょうか。笑顔で観客に手を振っています」
「可愛らしいですが油断はできません。『魔法少女』をテーマにしたことで『魔法』をほぼ自由に活用することが出来ますので、優勝候補の筆頭です。ただ一つ気になるのは、リーダー以外のメンバーの表情がどことなく暗いことですね」
ウェザー以外のメンバーも観客に手を振っているが、目が死んでいる。メイも拉致られたらこうなっていただろう。
あと、残念ながら魔法は使えない。
「可愛らしい姿に癒されたところで次に参りましょう。南西から登場するのは『科学戦隊ガッターマン』。危険すぎるネーミングに実況もちょっとばかりドキドキです。第四回に一度だけ出場してますね。神輿は……犬型戦車ですかね」
大型ではなく、犬型。
本体は座っている巨大な犬の形をしている機械だ。体中に無数の砲身をつけており、優し気な表情とは裏腹に凶悪感が酷い。
担ぐ人たちも全身に何かしらの機械を装着している。パワードスーツだろうか。
「本気で勝利をもぎ取りに来ていると見ますが、いかがでしょうか」
「大人げないと思います。ただ、今回は偶然にも魔法少女組が出場したことにより、科学と魔法という面白い構図が出来ましたね」
だが魔法は使えない。
「第四回の時は制御できずに自爆により敗北したそうです。今回はその欠点を補えていると良いのですが」
「観客席には被害が及ばないのでみなさんご安心ください」
被害があっても無傷な世界だが。
「西から登場するのは『We Love 触手』。果たして私の正気度は最後まで保っていられるのでしょうか。神輿は謎の触手たち。第六回、第七回を連覇して以来の出場です。出場禁止になったのではと噂されてましたが、許可出したの誰だ!」
他のチームの神輿は像や機械のような『非生物』であるが、『We Love 触手』の神輿は謎の生物だ。蛇のような触手が何本も絡み合ってウネウネ動いている。担ぐ人の体にも何本もの細い触手が絡まっていて、どこかしら顔が赤らんでいるのは気にしてはいけない。
「あの中に私が担当している人をぶちこみたいですね」
「メグさんが担当している人、可哀想すぎでは!?」
「彼女にはご褒美ですよ」
「はいぃ!?」
メイ逃げてええええ!
「これ以上凝視するのは危ないので、最後のチームを紹介しましょう。神社から階段を降りて登場することを許された唯一のチーム。ディフェンディングチャンピオン、『マッチョマンズ11(イレブン)』。昨年初参加にして初優勝。あらゆる攻撃を持ち前の肉体で全て弾き返し、我々を驚愕させた伝説のチームです。鍛え抜かれた筋肉が活躍の場を求めて脈動しております!」
「きもちわるっ」
「ちょっ!メグさんっ!」
異常な筋肉美に惚れる人だって観客席の中に居るかもしれないですよ?
彼らはもちろん、メイがおよそ一週間前に出会った筋肉集団。この日のためのトレーニングの最中だったのだ。
「今年も彼らが優勝候補筆頭であることは間違いありません」
「ですが今年は攻撃力が高いチームが多く参加してますので分かりません。昨年は例年に比べて全体的に攻撃力不足だったとも言われてますから」
「となると『マッチョマンズ11(イレブン)』としては今年優勝して、その意見を真正面から弾き返したいところですね」
『マッチョマンズ11(イレブン)』最大の武器である臭いは、特殊香水によって無効化されている。基本的に参加にあたって制限は無いが、ゲ〇だらけの大会となるのは流石に見栄えが悪すぎるための特殊措置だ。
「さあ、各チーム準備は完了しております。後は死力を尽くしてこの大舞台で己の全てをさらけ出すだけだ。白熱の決戦はこのあとすぐ!」
「なあに、これ?」
観客席のとある場所。
浴衣に身を纏い、お祭りを楽しもうとしていたメイの目から、ハイライトが消えていた。
「ま……負けたっ!?」
「世の中は広いぞ……」
浴衣を着ながら綺麗に orz を決めるメイ。浴衣でやるのは初めてだったけど上手く出来たのでちょっと嬉しい。悔しいのか嬉しいのかどっちだ。
ソルティーユへの説得が成功し、全員浴衣姿でお祭りに行くことに決めたメイ一行。着いた先で謎の神輿バトルが繰り広げられ、自分の知っているお祭りじゃないと呆然とした一幕があったが、なんだかんだいってノリで楽しんだ。
神輿バトルの後、拡張された道路はやや狭まり、大量の露店が所狭しと並び出した。どこからかお祭りのぴーひゃら音も聞こえて来る。
「そんなに美味しいのですか?」
「はぐはぐっ!おいちい」
崩れ落ちたメイとトモエを不思議そうに見つめるセーラと、何かのヒーローっぽい仮面をつけながら焼きそばっぽい何かを食べているソルティーユ。
どちらの世界の焼きそばが美味しいか。
メイとトモエの決戦は予想外の結末を迎えた。
なま焼きそばという焼きそばの概念を超越した他世界の料理に完敗したのだ。
「くっ……焼いて無いのにっ!焼いて無いの美味しいっ!」
生なのに焼きそばとは如何に。
とまぁこんなおふざけをしながらも、色々な世界の出店を巡り、舞を堪能し、全力で日本的お祭り楽しんでいる四人だった。
お祭りの最後にはもちろん花火だ。
メイが望んでいたような、シンプルな輪っかの花火が、緩急つけて次々と打ち上げられる。
「綺麗……」
神社の裏手にある高台で四人並んで花火を鑑賞する。
風情ある景色に、メイの心が安らぐ。
異世界に喚ばれてから、ハチャメチャな毎日がずっと続いていた。メグやセーラたちに振り回され、ウェザーみたいな変人に絡まれ、何度もギャグ力を叩きつけるような日々は楽しくもあり、疲れもした。
「心が浄化される……」
嘘だ。
漫画喫茶でだらけた毎日を送り、田舎でスローライフを送っていたメイの心がそれほど疲れているわけがない。その事実を意図的に無視して花火に感動しているっぽい自分に浸りたかっただけである。
「ホント、綺麗です……」
花火では無い違うものを見てうっとりするセーラが左腕に体を寄せてきても、
「どーんどーんだぞー!」
風情そっちのけでトモエが騒いでいても、
「ぬふふー」
右腕に体を寄せてきたソルティーユの浴衣から試験管の感触があったとしても、
「今の私なら何でも許せる気がする」
今のメイの心は菩薩のようだと自分で思い込もうとしていた。
「それなら、都合の悪いことは今のうちに白状した方が良いでしょうか」
「まったくもう、今なら、ね」
後で正気に戻ったメイが間違いなく制裁するだろうが、今この時はそんな無粋なことはしない。
「実は先ほどウェザーさんに会いまして、メイのことを色々と教えました。近いうちに遊びに来るそうです」
「……………………ふ~ん、そう」
言葉通り、メイは特に怒ることは無かった。
暗闇の中で無ければ、瞳の近くがピクピク痙攣しているのが分かったはずなのに、そのことを気付かずに調子に乗ってしまったのが、セーラたちの運の尽きだった。
「じゃあMeも今のうちに白状するぞ。実はいつもメイに味見をしてもらうときに、わざとめっちゃ熱いの食べさせて、残った食べかけをセーラにあげてたぞ」
「……………………あの熱いのワザとだったんだぁ」
熱くしすぎることで、食べきれないように画策していた。
この告白にも、気持ち悪い!とぶっ飛ばす気配はない。
「私もマ……メイに白状する」
ただしママ呼びは許さないらしい気配を悟ったソルティーユ。
「実は役所で私のママをメイにしてくださいって言ったら許可してもらえたの」
「……………………おい、じゃなくて、そうなんだ」
パパの欄は空白である。
ちょっと危なかったが、メイは怒ったりしない。この風情ある雰囲気を壊すようなことは絶対にしない。
調子に乗った三人は、これ幸いにと次々と自分たちの悪事を告白する。
それを抑揚無い相槌をしながら聞いていたメイだったが、ふと花火についての要望を漏らした。
「『あの花火』も見たいなぁ」
「『あの花火』ですか?」
「うんそう、ちょっと変わったやつ」
現在打ち上っているのは、メイが期待していた花輪のものばかり。特に不満はないはずだが、他にどのような花火を求めているのか。
「お祭りのスタッフを呼んでくるぞ」
どんな花火のことなのか分からないが、運営スタッフにお願いすれば異世界パワーできっと上げてくれるだろうと思い、トモエが運営スタッフを探しに行こうとするが、メイはそれを呼び止めた。
「ううん、呼ばなくても大丈夫だよ」
「そうなのですか?」
そう、スタッフの手を煩わせる必要は無い。何故なら……
「自分で打ち上げるから」
「たーまやー」
「きゃああああああああ!」
「かーぎやー」
「うひゃあああああああ!」
「しーねやー」
「うわあああああああん!」
花火を体に括りつけられ、ギャグ力で打ち上げらる三人の姿は、それはそれは汚らしいものだった。
『ごめんなさあああああ!』
汚ねぇ花火だ、と言わせようか最後まで迷った。
お祭り編ですが、神輿ネタでふざけすぎて長くなったので、それ以外の部分を簡略化しました。
簡略と言っても、元々一話で終わらせる規模の話なので、大した内容じゃないですが……
ちなみにオチは元々、出店で四人がふざけ過ぎて爆破からのお祭り出禁の流れにする予定だったのですが、何故かもっと汚いオチになってしまった。解せぬ。