15. 古き良き日本の生活から戻りたくない
「ふんっ!ふんっ!ふんっ!」
手に持つソレを勢いよく地面に振り下ろすたびに、手に伝わる感触が心地良くなる。
「そりゃっ!おりゃっ!うりゃっ!」
そのことに気を良くしたメイは、おっさんのような掛け声と共に、同じ作業を繰り返す。
四畳半程度の広さの土地に対して満遍なく作業を繰り返したメイは、手にしたソレを肩に担いで満足そうに仕事の結果を眺める。
「よし、これで耕すのは十分かな」
鍬を持ち、ほっかむりを被り、作業着に着替えたメイは畑を耕している。
「それじゃ肥料を撒いて苗を植えよー!」
おー!
という反応はない。
セーラたちは別行動中だからだ。
メイは元の世界で農作業をやったことは無く、知識も皆無だ。
せいぜいがテレビでアイドルがやっていたのを見たことがある程度で、内容は覚えてない。
そんなド素人のメイでも簡単に農作業を経験できるのが異世界パワー。
「次は収穫だから」
植えた苗に水を与えた後、すでに実が生っている隣の畑に移動する。
そこには数々の野菜が収穫されるのを待ち受けていた。
「キュウリちゃんはどうっかな」
トゲトゲの主張が激しいキュウリを軍手でむしり取り、そのまま口にイン!
「んー!みずみずしくって美味しいからー!」
軍手を装備した左手を頬にあて、顔がゆるゆるになる。
そのまま完熟トマトにも手を伸ばした。
「うっひゃー水分やっばいから!」
がぶりと豪快にかぶりつくと口の中がトマトの甘酸っぱい果汁でいっぱいになる。
「危ない危ない、このままじゃあ全部食べちゃう」
ここで育てている野菜は、収穫したらみんなで食べる。
きゅうり、トマト、ナス、白菜、ダイコン、キャベツ、じゃがいも……
季節なんて関係ない。いつでもどこでも誰でも簡単に美味しい野菜を作れるのだ。
「今日の夕飯は何かな~」
収穫した大量の野菜類を段ボールに詰め、台車に載せて『家』まで帰る。
数多くの畑が辺り一面に広がる中を、ゆっくり歩いて帰るのがメイの好きな時間だ。
「たっだいま~」
メイが戻ってきたのは、純和風の日本家屋。
かやぶき屋根が目立つその家を借りて、みんなで住んでいる。
ここは、初級世界の『古き良きxx(召喚元の国名)』エリア。
初級世界は複数のエリアで構築されていて、最初に訪れてずっと漫喫に入り浸っていたところが都会エリアだ。
古き良き日本エリアでは、主に昭和の山村をイメージした生活を体験できる。
都会エリアで行きつけの料理屋に出禁にされたメイたちは、他の料理屋にも入れてもらえなかったため、ほとぼりが冷めるまでこのエリアで生活することに決めたのだ。
「おかえりだぞ。今日もいっぱいだぞ」
「でしょ。夕飯期待しているから」
「Meにお任せだぞ。今日はお鍋にするぞ」
「お、いいねぇ!〆は雑炊派です!」
「ご飯も沢山炊いてあるぞ」
「やったぁ!」
トモエが視線を向けた先にあるのは『かまど』
炊飯器なんてとんでもない。調理場も古き良き作りになっているのだ。
トモエは現代っ子には珍しく、昔の調理場で料理をした経験があり、その腕は中々のもの。美味しいものだらけの異世界の料理にも負けてない。
「今朝ハナコが卵産んだから、それ使うぞ」
ハナコとは庭で飼っているニワトリのこと。
この世界、望めば農場だって経営できるのだ。
ちなみに、メイが体験しているのは農業一週間お手軽コース。
決まった手順さえ踏めば確実に簡単に収穫できる。もっと短期間のコースもあるけれども、成長する過程が少しは見たかったので、一週間コースを選んだ。
一方、逆に徹底的に現実寄りの経験をしたいという人のために、リアルコースやハードコースも用意されている。あらゆる作業を適切に管理しなければならないのはもちろんのこと、収穫までにかかる時間も現実と変わらない。ハードコースでは、イノシシモグラ対策、台風対策、病気対策、盗人対策など本業の人にとっては割と笑えない要素がたっぷり詰まっている。
案外ハードコースを選ぶ人もいるとかなんとか……
「んで、みんなは帰ってきた?」
「ソルテだけ戻って来たぞ」
タイミングよく部屋の奥からソルティーユが走ってやってきた。ぐうたらな彼女にしては珍しい活発さだ。
「ママー!」
「あ゛ぁ!?」
「ひぃっ!ご、ごめんなさい!」
メイの言いつけをすぐ忘れてしまう困った子だ。あまりにも続くと本気の折檻が待っている。
「メ、メイ!やったよ!釣れたよ!」
「おお、マジか!見たい見たい!」
「ほらこっちこっち!」
「ちょっと待って、まだ服の土汚れ落とせてないから」
「はやくぅ」
ソルティーユの担当は『釣り』だ。
漫喫か引きこもりかの二択しか無かった彼女に与えた仕事が思いのほか気に入ったようで、逃げ出すことなく毎日山に入って楽しんでいた。
これまでの釣果は芳しくなかったのだが、今日は五匹も連れてご満悦の様子。
「おおー活きが良いねぇ」
「でしょでしょ!」
「今日の一番の成果はソルテだね」
「えっへん」
褒める時はちゃんと褒める。
これがソルティーユを扱う上でとても重要だ。彼女は基本的にやる気が無いので、頑張った結果が認められなかったら不貞腐れてさらに何もやらなくなるのが目に見えているからだ。
もっともこの後、山菜取りに山に入っていたセーラがマツタケを持ち帰り、今日の一番が変わってしまったことでしょんぼりしてしまうのであるが。
トモエお手製の鍋を〆まで堪能した夜のこと。
「メグが呼んでる?」
「お昼に来て渡したいものがあるって言ってたぞ」
「わざわざ呼びつけるところに嫌な予感がするから」
そもそも家まで来たなら、そのまま近くの畑にいる自分のところまで来るか、帰ってくるのを待てば良い。敢えて呼び出すためにメイが居ない時間を見計らって来たのではないかと疑った。
「明日はメグさんのところに行きますか?」
「うん、ややこしいことはさっさと終わらせるに限る」
「もちろんわたくしも行きます」
「Meも行くぞ」
「私はめんどくさいから部屋でゴロゴロしてる~」
「うん、知ってた」
ここで単独行動が出来れば三人から逃げ出すことが可能なのだが、セーラかトモエが必ず着いてくるのでそれは叶わない。実は農作業をしている時がチャンスなのだが、楽しんでいるメイはまだ気付いていない。
ちなみにメグの渡したいものとは『能力通知書』
発現した能力についての説明書なのだが、敢えて呼び出して渡す必要のあるものではない。メイが役所にまだ訪れたことが無かったため、その紹介も兼ねて呼び出していたのだ。
メイの能力は『(仮名)強い想いが世界を変える』
実は冒険者ギルドの一件でこの能力を『ギャグ力』と認識してしまったため、名前が『ギャグ力』に固定されてしまった。
この件に関してメイが叫び、メグに煽られ、役所が崩壊するのだがそれはまた別のお話。
これから先は一人残されたソルティーユの行動についてだ。
「ひまだー」
だらけるのが好きなソルティーユとはいえ、漫画もネットも無い部屋でゴロゴロしているだけでは退屈であった。大好きなニトロ系薬品を弄るにしても、ここには材料が無く、集めるのも面倒臭かった。
「ママに着いて行けば良かったかな。でも役所遠いし……」
部屋でゴロゴロ、縁側でゴロゴロ、庭でゴロゴロ。
土だらけになった白衣を気にせずに、横になったまま空を見上げる。
「良い天気だなぁ……」
チラっと家の中を見ると、愛用している釣り具が立てかけてあった。
「でもそういう気分じゃない」
小腹が空いたので、食べ物を求めて家の中に入ろうと立ち上がった。
「うわ、まっくろだ」
土の上でゴロゴロ転がっていたのだから、真っ白な白衣が汚れるのは当然だ。
「そうだ、ママの畑に行こう」
土汚れでピンときた。
採れたて野菜が今日の一人ご飯に決定だ。
もちろんメイに許可など取っていない。
「とっまとーとっまとーあまーいあまーいとっまっとー」
ソルティーユの大好きな酸味の少ない甘めのトマト。
メイは酸味がある方が好きだったが、お願いされたので栽培している。
運悪くそれが丁度収穫の時期だった。
「うっひゃー!トマト畑だー!いっただっきまーっす!」
遠慮などない。
生っているトマトを全て食べ尽くすかの勢いだ。後で怒られるなんてことは微塵にも思っていない。
いや、それどころか余計なことを思いついてしまった。
「そうだ、ここのお野菜、もっと美味しくしたらママに褒められるかも」
農作業の知識が全くないソルティーユに一体何が出来るのだろうか。
出来ることと言えばたった一つ。
白衣の内側に潜ませたる例のブツを活用することだ。
メイがいたら『やめろぉ!』と叫んだだろうが、残念ながらここにはソルティーユを止める人はいなかった。
「どれが良いかな~」
辛うじてマシなのは、大好きなニトロ系の薬品を使おうとしなかったことだろう。流石のソルティーユも、食べ物とニトロの組み合わせがマズイことは分かっていたらしい。
「この緑色のとか、キュウリの色と合ってるから美味しいかも」
謎の理屈で怪しげな薬品をメイの畑に注入してしまう。
「おいしくな~れ。おいしくな~れ」
驚異的な速度で成長する野菜の数々は、それらの液体を急速に吸収する。
最早手の施しようがない。
「ママが大好きな酸っぱい方のトマトには、やっぱり赤いコレかな!」
一週間という短さとは言え、愛情をこめて丹念に育てた畑が壊滅する。
メイの絶望する顔が目に浮かぶようだ。
ソルティーユは褒められること確定だと思い満面の笑みを浮かべているが。
「よし、これでおっけーだ。ママったら食べたらびっくりするだろうな」
間違いなくびっくりするだろう。
もちろんソルティーユの考えとは別の意味で。
「あれ?」
帰る前に、使った薬品を片付けようとしたとき、ソルティーユは異変に気付いた。
「なんでこれ残ってるんだろう」
それはトマトにかけようと思っていた赤い液体。
確かにかけたはずなのに、何故か手元に残っている。
「ま、まさか間違えた……?」
似たような色合いの他の薬品と間違ってかけてしまった可能性が高い。
「アレと似てて見当たらないのって……あ、これってニトロ……」
「たっだいまー!」
役所を崩壊させて帰ってきたメイ一行。
これから収穫作業をすると思うと、ワクワクが止まらない。
「あれ、ソルテどっかに行ったのかな?まぁいいや、畑に行ってくるねー」
「行ってらっしゃいませ」
「待ってるぞー」
余所行きの服からパパっと野良作業着に着替えて家を飛び出すメイ。
急いでいたためか、机の上に置かれている封筒に気付かなかった。
「これなんぞ」
「手紙でしょうか」
「今日もトマトを収穫しよーっと。そうだ、ソルテが好きな甘い方のトマトもそろそろ収穫タイミングだったはず。ソルテ喜ぶだろうなぁ」
そのソルテがしでかした事件の被害を受けるまで、あと少し。
「うんうん、今回も美味しそうなトマトだ。どれ一つ……」
せめて野菜たちの見た目が悪くなっていれば、あるいはソルテが食べ尽くしてほとんど生ってない甘いトマト畑の方を先に見ていれば、異変に気付いたかもしれないのに。
「いっただっきまーす」
なんの躊躇も無くガブリとかみついたトマトは、メイの口の中で爆発した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
「何の音でしょうか」
「外から聞こえて来るぞ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
「近づいてきますね」
「段々と早くなってきてるぞ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「外に出てみませんか」
「何が来た……って戦車ああああ!?」
猛スピードで迫ってくる。
「ソルテの馬鹿はどこだああああああああああああああああ!」
「じ、自分探しの旅に出るって手紙が……」
こ〇亀風END




