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14. 堕落した生活からは抜け出したくない

「……」

「……」

「……」

「……ふぅ」


 漫画の最終巻を読み終えたメイは、緊迫した場面の連続で力が入っていた体を休めるために、小さく息を吐いた。


 カチッ、カタカタ


『読み終わったー』

『おお、お疲れだぞ。どうだったか気になるぞ』

『超燃えたわ。最後の決戦とか熱すぎっしょ』

『でしょでしょ。まさかクロノスが助けにくるとは思わないぞ』

『そうそう!ほんとそれ。それで……』


 この漫画を勧めてくれたトモエと共に、チャットで感想会がはじまった。

 (絵文字や顔文字は省略してあります!)


 決して声は出さない。出してはならない。ここは静かさが求められる場所。


 カチカチとマウスをクリックする音。

 パラパラとページを送る音。

 ギシりと小さく鳴る椅子の軋み。

 スリッパで通路を歩くパタパタ音。


 そのいずれもが小さく抑えられ、それでも気になる場合はヘッドフォンをすれば気にならない。


『メイに教えてもらった漫画はまだまだかかりそうだぞ。というか長いぞー』

『あはは、五十巻以上出てるからね。でも面白いでしょ』

『うんうん、こんなに長いのにダレなくて面白さが継続しているのってすごいぞ』

『私も何度も読み返しちゃったからなぁ……』

『続きは明日にするぞ。Meはそろそろお腹減りそう』

『もうそんな時間かぁ。ソルテはまたソフトクリームばかり食べてたけど夕飯入るかな』


 静かで、漫画を読めて、パソコンがあり、そしてソフトクリームが食べられる場所。


 メイ達がいるのは、漫画喫茶だ。


 各世界の漫画が全て用意されていて、メイやトモエはお互いの世界の名作を紹介しあって読み合っていた。セーラはメイたちから隠れた名作を教えてもらい、ソルティーユは漫画は読まずネトゲに熱中している。


 隣同士の個室に入っているけれども、おしゃべり厳禁なため何か用があるとこのようにチャットで話をしている。


『わたくしも区切りが良いので行けます』

『今日は控えたから大丈夫』

『んじゃいつも通り、風呂からのメシでおk?』

『『『おk』』』


 漫画喫茶を出たメイ一行が向かったのは、すぐそばにあるスーパー銭湯。

 夕飯を食べる前にここで汗を流すのが日課となっている。


「今日は負けないんだから」

「わたくしとパートナーの日ですね」

「セクハラしてないでちゃんとプレイしてよね」

「も、もちろんです」


 訂正。

 スーパー銭湯内のゲームコーナーでエアホッケーをプレイしてからお風呂に入り、夕飯を食べるのが日課だ。


 この日の勝者はトモエ&ソルティーユペア。

 セーラのメイに対するセクハラは控えめだったが、単純に腕の差が出たようだ。


「はぁ~きんもち良い~」


 体を洗った後、湯舟に浸かり、おっさんのような言葉が思わず漏れてしまう。

 一日中漫画を読み耽っていたから大して疲れてないはずなのに。




 というか、一か月近く怠惰な毎日を繰り返しているのに。




 そう、一か月。

 メイが初級世界にやってきてから一か月も経っている。


 冒険者ギルドを二度崩壊させた日、メイはセーラたちとのパーティーを解散し、改めて友達(仮)として一緒に初級世界に移動することにした。


 セーラたちと雑談しながらギルド奥のエスカレータを登りきると、その先に待ち構えていたのは見覚えのある風景だった。


 アスファルトで出来た道路を車が走り、その両脇には高層ビルが立ち並ぶ。


 日本の都会。 


「明日は久しぶりに何処かに出かけようか?」

「行きます」

「Meはゲーセン行きたいぞ」

「え~だるぃ~」


 セーラはメイのことを溺愛しているため、どんなところにでも一緒についてくる。ちなみに、普段はセクハラまがいのことをかなりやってくるのだが、お風呂の中ではその気配は全くない。本人曰く『お風呂は体を休めるところだから』とのことで、彼女の価値観をメイはまだ良く分かっていない。


 トモエは色々なところに行きたいらしく、単独行動で遊び歩くことが多い。トモエが見つけてきたオススメの場所にみんなで行くこともある。


 ソルティーユは基本的にやる気が無いので、宿の中でゴロゴロしていたり、漫喫に入り浸っている。


「新しいエステサロン見つけたぞ」

「行く」


 ただ、マッサージやエステがお気に入りのようで、この時に限ってはみんなと一緒に外出する。


 これが初級世界における彼女たちの最近の日常だ。


 楽園。


 そう言っても過言では無いだろう。


 全力でだらけきってくださいと言わんばかりの現代娯楽のオンパレード。お金など不要だ。ただひたすらに怠惰な毎日を送るもよし、快楽にまみれた生活を満喫するもよし、彼女たちが幸せに暮らすためのあらゆるモノがここには揃っていた。


 映画、ショッピング(買うとは言ってない)、エステ、銭湯、ゲームセンター、カフェ、美味しいご飯処、パチンコ、大人向けな施設……


 もう一生ここに住めば良いのでは?




 せっかくのお風呂シーンなのに描写をほとんどしなかったが、苦情は受け付けない。


 お腹が減った一行は、夕飯を求めて夜の街をさまよう。

 和食、イタリアン、フレンチ、中華……もちろん他の世界の見たことも無い料理だって沢山あるから選り取り見取りだ。


 その中で彼女たちが選んだのは、ジャンル問わずにオススメを出してくれるタイプの料理店。

 行きつけのお店だ。

 自分たちで食べたいものを考えることすら放棄した。


「どもー」


 ファミレス風な見た目のお店に入ると、席を案内すべく店員さんがやってくる。


「いらっしゃいま……げっ」

「その反応は傷つくなぁ」

「お客様がそれを言いますか」


 店員さんがまたしてもメグで煽られた、というわけではない。

 お店の制服を着た標準的な高校生くらいの見た目の可愛らしいスタッフだ。


 彼女に苦い顔をされた理由は……


「今日は壊さないで下さいね」

「壊したくて壊したわけじゃないよ?」

「壊したくて壊してたら病気ですよ」

「あはは、確かに」

「いや、あははじゃないですよ。他のお客様の迷惑になるのでお止めください」

「でも次で十回目でキリが良いから」

「次壊したら出禁にします」

「うぇっ」


 ビジネスホテルや冒険者ギルドでの騒動と同じように、メイ一行は何度となくこの料理店を破壊しているのである。


「お客様ご来店でーす」

『ざわっ』


 そして当然ながら他の常連もそのことを知っているため、メイ達がやってくると心なしか騒がしくなる。


『おいやべぇよ、早く食え』

『え?どうした?』

『お前知らないのかよ。破壊神だ』

『破壊神?』

『最近ここらへんで建物が次々と破壊されてるって噂聞いたことないか?』

『ああ、そういやあいつらがそんなこと言ってたな』

『その原因となったやつらが来たんだよ。運が悪ければ料理と一緒に瓦礫の下だぜ』

『ま、マジかよ。クレイジーすぎんだろ』


 のように被害を受けないようにさっさと食べて店を出る人もいれば、


『破壊神きたーーーー!』

『よし、今日もここだったか』

『壊してくれると良いなぁ』

『ペース的に今日は当たりの日のはず』

『このハラハラ感がたまらんよな』


 のように瓦礫に埋まることが癖になり、敢えてメイ達と同じ店に滞在したい変態もいる。


「んじゃあ今日もオススメ大皿で」

「……承知いたしました」


 料理の個別提供も出来るけど、敢えての大皿提供。

 テーブルの上に並んだ様々な料理を前にはじまるのは『戦争』だ。


 食事に遠慮など必要ない。

 自らの欲を満たすため、相手を蹴落とし、奪い、勝利せよ。


 マナーなんて知ったこっちゃない。


 フォークは料理を取るためだけのものではない。

 ナイフは料理を切るためだけにあるのではない。


 相手の動きを止めるためにも使えるのだ。


 殴る蹴るは当然として、頭突きや関節技、もちろん能力だって活用する。


 相手がソレを口に入れるまでは、まだ誰のものでも無い。


「もへわはひのははは!(それ私のだから!)」

「へっはいやらないお!(絶対やらないぞ!)」

「いははきへす!(頂きですっ!)」

「ひっほもやらないっ!(一個もやらないっ!)」


 口に料理を入れたまま、ただ暴虐の限りを尽くして『食事』をするメイ一行。

 この争いが白熱し過ぎて、何度も店を破壊してしまった。


 これは、高橋家の日常の風景を異世界で再現したものであり、メイがどうしても体験したかったことでもある。


 高橋家は人数が多いため、料理を一人一皿ずつ用意するのは大変だ。

 そのため、全ての料理が大皿で提供される。

 また、自分が欲しいものを手にするために全力を尽くすのが高橋家のルールであり、食事の場でもそれは変わらない。


 ゆえに食事のたびに大騒ぎになるのだが、その輪に加われない例外が二人いる。


 芽衣と父。


 可愛らしいものに弱い高橋家の面々は、小柄な二人に激甘だ。料理の争奪戦どころか、頼んでもいないのに自分の皿にどんどん料理が積みあがっていく。メイは悠々とご飯を食べながらも、楽しそうに奪い合いをする家族の姿に憧れていたのだ。


 どうでも良い話ではあるが、高橋家は小さい遺伝子を入手するため(という体で)、小柄な伴侶を選ぶ傾向にある。女性だらけの家族で溺愛されている父親は世間からたいそう羨ましがられているとかなんとか。


「最後の一個」


 戦場において『遠慮のかたまり』などというものは存在しない。

 むしろ四人の欲望を一身に受け、導火線に火が付いた爆弾のようなもの。


 以前店員が、『料理を追加しますか?』と気遣ったことがあったが、


「最後の一個だからこそ価値がある!」

「メイの食べかけだからこそ価値がある!」

「全員のトラップを見切って手に入れるから価値があるぞ!」

「これを食べたいから食べるだけ」


 などと跳ね返した。


 おかしいことなど、何処にも無い。

 気にしてはいけない。


「今日は私が貰う!」


 大皿の真ん中に一個残った餃子のような料理に四人がフォークを刺している。他三人のフォークを取り除くべく、メイは能力を使って力づくで引きはがそうとする。


「させません」


 トモエとソルティーユのフォークは離れるが、セーラだけは微動だにしない。


「メイのフォークが刺さったものは譲れません」

「普段はひ弱なくせに、あいっかわらず気持ち悪い!」


 拮抗する二人の力。

 その隙をついたのはトモエだった。


『あっ』


 なんとテーブルに穴が空き、料理が皿ごと落下する。


「貰ったぞ」


 テーブルの下に潜り込み皿を掴み料理に手を伸ばす。

 その手が料理をつかみ取る直前、ソルティーユが皿を強く蹴り上げる。

 高く舞い上がる料理。

 テーブルの下に意識を向けられていた三人は反応が遅れた。


「いただきます!」


 ジャンプして料理を口で直接キャッチした。

 ソルティーユの勝ちだ。


「あ」


 しかし上手く着地出来ず、倒れた拍子に白衣の内ポケットからいつものが……




「ケホケホ」

「はい、出禁です」


高橋家の他の姉妹はいずれ説明があるかも、ないかも。


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