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10. 理想の仲間が見つからない 三人目

 死んだ魚のような目でソファーに座るメイ。

 その対面に座るのはメグと、太いロープでグルグル巻きにされた眼鏡をかけた女性だった。


「この人が、あなたにサポートしていただ……」

「オコトワリ」

「できません」

「オコトワリ」

「できません」

「オトコワリ」

「できま……なんですかそれ」


 どんな時でもふざける心は忘れない。めんどくさい女だ。


「はぁ……諦めてください。それに、セーラさんやトモエさんはともかく、コレだけはあなたがやるべきですよ」

「コレ扱いな時点で不安しか無いんだけど」

「ツッコミが復活しましたね」


 メグはセーラやトモエに対してはお客様扱いを徹底していたが、この女性の扱いは非常に雑だ。最低限の敬意すら払えないほど酷い人物だと言っているようなものである。


「過度なツッコミがいらない世界はどこ……?」

「セーラさんやトモエさんのように扱ってくれるだけで構いませんから。その後どうなろうと私たちは気にしませんので」


 つまり、セーラやトモエのように適当な……適切なアドバイスをして放置しても良いということ。ポンコツ三人目と絡んでしまうのは心底嫌であったが、ずっと面倒を見続けろと言われなかっただけマシかと思うことにする。


「……まぁいいや。それで、私がやるべきってのは?」


 不良債権に手を差し伸べる程のお人好しだから最悪の生ごみを押し付けてしまおう、という話なのかと思っていたが、どうやらメイだからこそやるべきだという別の理由があるようだ。


「実は彼女は私たちの同僚なのです」

「同僚って、ジー……マノイドってこと?」


 ここは笑ったり煽ったりしてはいけないところだ。メグを不快にさせてこれ以上に状況が悪化することは絶対に避けたい。


「はい、そうです。私たちと同じく神に造られし存在です」

「ふ~ん……この人がねぇ」


 ちなみにこの女性、部屋に入ってから一言も発さずにメイをガン見している。その点もメイが気味悪がっているところだ。これなら先の二人のようにべたべた可愛がってくれる方が遥かにやりやすい。


「ジーマノイドもダンジョンに挑戦することがあるの?」

「いいえ、あり得ません。ダンジョンはあくまでも人のためのものでございまして、私たちが挑戦することはできないようになっております」

「え、それじゃあなんでこのジーマノイドさんをダンジョンに挑戦させようとしてるの?」


 確実に出来ないと決まっていることをやらせようとする意味が分からない。


「人になってしまったのです」

「は?」

「ですから、コレは今、人なんです」

「……は?」


 つまり、だ。

 ロボットが人になっちゃいました。

 メグはそう言っている。


「マジ?」

「マジマージです」

「そんなことあり得るの?」

「あり得ません」

「はい!?」

「あり得ないことが起きた。そういうことでございます」


 どうやら異世界だから、では済まされない何かが起きたようだ。

 

「あれ、もしかして私、トラブルに巻き込まれたパターンかな、これ」


 これをきっかけに『あり得ないこと』を調査することになり、それがやがて異世界全体を巻き込んだ大騒動に発展し、世界の滅びを食い止めるために仲間と共に災厄へと挑む、的なよくある展開がメイの頭をよぎった。


「巻き込まれると言いますか、トラブルの原因です」


「…………めっちゃ聞きたくないんだけど」


 メイが異世界関連で大きくやらかしたことと言えば、思いつくのは一つだけ。


「メイが私のところに来る少し前のことですね」

「……」

「突然空間に不自然な揺らぎが発生しまして」

「…………」

「幸いにも特に被害は無いと思っていたのですが」

「……………………」

「コレが何故か人になっていました」


 ポンコツ女神を煽ったことで、新たな生命体を生み出してしまった。確かにこれはメイがトラブルの原因と言われてもおかしくはない。


「ふ、ふ~ん。奇妙なこともあるもんだね」


 なんとこの女、知らないフリで押し通して責任から逃れようとした。


「きゃ~んせる、あそ~れ、きゃ~んせる、あそ~れ」

「ぎゃああああ!ごめんなさいいいい!」


 当然、そんな姑息な行為を許すメグでは無かったが。


「まったくあなたって人は……」

「責任もって対応させていただきます」


 メイの行為は神様を通じてメグに伝わっていた。


「とはいえ、そこまで気にする必要はございません」

「そ、そうなの?」

「私たちの業務は人であっても問題ございません。ただ、諸事情によりコレは放棄……ではなく外に出す方が彼女のためであると判断致しました」

「おいこら、人になってダンジョン探索できるようになったのを良いことに厄介払いしたいだけじゃねーか」

「きゃ~んせる」

「ぐうっ……」


 異常が発生した原因が百パーセント自分のせいであるため、どれだけ理不尽なことだとしても受け入れざるを得なかった。今回の場合は理不尽とまではいかないが。


「まぁこれまでと同じで良いなら……」


 ダンジョンにぶち込んで適当にアドバイスしたらさっさと逃げようと心に誓ったメイ。ただし、セーラやトモエとは違って、ダンジョン探索への適正に関して問題があるとは限らない。先ほど廊下から聞こえてきた会話からすると、ぐうたらなだけであってダンジョン探索は簡単に終わる可能性もある。


「(クリアして一緒にくっついてくる可能性もあるんだよなぁ。でもそれならそれで、初級以降はめんどくさがってついてこないかも。あれ、案外ありかな?)」


 セーラとトモエが何かの拍子で初心者ダンジョンをクリアする前に、この人と一緒にさっさと先に進んで、その後宿屋にでもぶち込んで放置する。メイはこの方針に決めた。


「それで、肝心のその人はさっきから何も言わずにずっとこっちを見ていて気持ち悪いんだけど」

「それが不思議なのです。もっと騒がしくなると思っておりましたが」


 メグからの信用ゼロなその人は、メイたちの話が途切れるのを待っていたのか、それとも偶然か、二人の視線を受けた瞬間に不可思議な一言を発した。




「ママ」




「誰がママだああああ!」


--------


 ということで四度やってきました初心者ダンジョン。


「めんどくさいよママー」

「今度ママって言ったら穴を掘って埋めるだけの作業を永遠にするようメグに呪いをかけてもらうから」

「めんどくさいよメイー」

「あんたの対応をするこっちがめんどくさいよ……」


 さっさと終わらせたいところだけれど、ダンジョンに入ると触れることが出来ないから手を引いたり押すことが出来ず、牛歩なその人の行動を待つしかない。


 ちなみに、この人物はソルティーユという名前らしい。


『そういえば、名前は何て言うの?』

『コレですか、た』

『ソルティーユです!』


 紹介されたときに、メグの言葉に何故か食い気味で応えたのが気になるが。


 見た目はボサボサの髪、白衣、まんまる眼鏡といった、典型的な怪しい科学者。人になったばかりなので特殊能力は不明。


「ほら、ゴブリン出て来たよ。やっつけて」


 ソルティーユの場合はメイと同じく初手涙目ゴブリンだった。


「私と一緒ってのがなんか腹立つけど、ちょっと触るだけで終わるから、ほら」


 なんだかんだ言ってアドバイスする面倒見の良いメイである。


「触る必要なんて無いよぉ」

「え?」


 そう言って白衣の内ポケットから取り出したのは二本の試験管。当然怪しい液体入りだ。


『この人って何が問題なの?』

『やる気が無くて毎日仕事を一切せずに部屋に引きこもり、趣味に没頭しております』

『ニートか』


 名前と共にソルティーユのどこがクズなのかを事前に聞いていたが、今思えば、ニートというだけでメグ達が心底困り果てるのは変だ。本当に困っていたのは『趣味』の方だったのではないか。


 そしてその『趣味』によって引き起こされるオチに、メイは気付いてしまった。


「この組み合わせだ!間違いない!」


 ゴブリンの足元に向かって試験管を強く叩きつける。


「ニトロボム!」


 試験管が割れて飛び出た液体が混ざり合い、発生した強烈な閃光を浴びて眩しいなと思った時にはもう、二人はダンジョンの外に放り出されていた。


 死因:爆死


 ソルティーユがメグ達から疎まれていた理由。




 それは、『ニトロ』と名前の付く調合が大好きで、何度となく建物を爆破消滅させていたからである。




 ネタ調合(特にニトロ系)大好き!




「あ、『錬金術師』が発現した。投げるだけで調合効果が発動!?やったああああ」




--------


「で、置いてきたのですか?」

「当然だから」

「そうですか、ありがとうございます」

「うわぁ、そこでお礼とか、どんだけ嫌われてたんだよ」


 仕事をしないどころか、爆破騒ぎで邪魔ばかりしてたのなら仕方ないことか。


「いえ、これは嫌味ではなく本当の感謝の言葉です」

「どういうこと?」

「アレはあまりにも問題児でしたので、『処分』が決まっていたのです」

「『処分』ってまさか……」

「最初に申し上げた通り、私たちはメイの世界で言うロボットですから」


 不具合があって、それが直らないから破棄をする。メグがあまりにも人間に近い反応をするから、造られたモノであるという事実をメイは忘れていた。


「ですが、メイのおかげでアレは人となり、『最後まで』生き抜く可能性が生まれました。同じジーマノイドの仲間として、メイに感謝しております」


 それはまさに『人』が抱く感想ではないか。そんな彼女たちを本当に神様が『処分』するのだろうか。


「で、本音は?」

「問題児が居なくなって清々しました。一分一秒でも早く消えて欲しかったので」

「えっぐーい」


 感情の無いメグの表情を見ると、やっぱり造り物なのかもしれない。


「んじゃ今度こそ行くね」

「承知いたしました」

「あいつらが万が一にダンジョンクリアしても、私のとこに導こうとしないでよ」

「当然でございます。そのように出会いを操作しては見ている方は面白くありませんから」


 自然に出会い、仲間となり、関係を深めて行く。その姿こそが神様が求める美しさなのだとメグは言う。


「ふ~ん、そんなもんかね」


 次の世界への扉の前に立つ。

 これで初心者世界ともお別れだ。


「それではご武運を」

「うん、色々あったけど楽しかったよ。ありがとね。バイバイ」


 この先、元の世界へと戻ることが可能となる。


 だけどメイは感じていた。


 この世界はちょっとばかり人を小馬鹿にしてくるけれども、なんだかんだ言って楽しそうだな、と。


 メイが元の世界に戻るのは、大分先になるかもしれない。


これにて初心者編は終了です。

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