ばれました
他の選択肢があったなら誰か教えて欲しい。切実に。
けれど、そんな救いの手なんて現れなくて、目の前にスタンバイしているのが摘むとは名ばかりの押し潰す所業を成したお指様方なのだから諦め一択しかないだろうよ!
顔色悪く震えながらぽ、ぽちっとのろのろではなく一つのキーをカタカタ鳴らしながら打ったその文面。
< お師匠さん >
短いその呼び名を目にした空色のきょっとーんって見事に虚を衝かれたご様子の表情は素晴らしいけれど、反応が恐くて喜べないよ!
死刑台に向かおうとしている死刑囚の気持ちってこんな感じでしょうか、なんて馬鹿なことを考え始めていたら、ぷっと空気の抜ける音がした。
「あっはははははははっ!」
「?!」
きょとんではないが、今度はボクがぽかんとする番らしいです。
うぉっと揺れるっ落ちるっ痛いのは嫌ですお師匠さん!何故大笑いなのかわからないけれど適度でお願い致したく!ほぉうわあーーっ恐いですってば!
「な、なになに何が起きたの天変地異かっ世界崩壊か!?物凄く恐い幻聴が聞こえるよ何が起きてるのさ二人とも?!」
おわわわわ、救出終了ですかマリエル、ナヴァの御二方。いまの声、臓物アタック食らって潰れてたアシスでしょ?また怒られそうなこと言ってるけれど、お師匠さん笑いのスイッチでも入っちゃったのか止まってくれません。揺れてて不安定ですよたぁすけてぇーっ!
「あー、天変地異じゃなくて場合によってはそれより珍しいことが起きてるんじゃないかな」
「……僕にはそこまで言う勇気はないけれど、まあ珍しいのは確かだね。ディルの大笑いとかいつ見たのが最後だったか覚えていないよ」
ちょっこら!遠い目してこの状況じゃなきゃ拳骨食らってるだろう失礼発言してないでディルの笑いスイッチ切ってくれよっそこな同僚共っ。三人もいるのに揃いも揃って傍観するとは何事だっ。
アレか?アレなのか?触らぬ神に祟りなしってアレですかっ?
あーもうちょっといい加減にしておくれやすっお師匠はん!笑い過ぎやっ止まりなはれ!
「「あ」」
背を丸めて笑っているお陰でリーチの短い我が腕でも余裕で届く位置にある羨ま妬ましい頬をむぎゅっと摘む。……おちびの指先なんざ摘んだところで範囲が極小だけれどな!摘めているからいいんだっそれ以上は求められん!威力?そんなものは端からない!
「っふ……く、ははは……っはぁ……な、んだ?生意気にも師匠に手を上げるなんて……ふっく……、お仕置きが必要か?なあ、弟子?」
ふああわああっななな流し目甘い声妖しく意地悪笑みなんて卑怯なりお師匠さん!
お仕置きって具体的にどういうものですかっと聞いてはいけないと思っても聞きたくなります妄想脳!
ご褒美も過剰になれば苦痛ですぞっ卑怯だ卑怯だっ目の毒だあ!
「ふ、ふははっ」
至近距離で眺め放題だが桃色フィルターがかかってしまった危険な御顔に脳内沸騰状態に追い込まれていれば、またも体を震わせながら笑い出すディル。抱き上げて貰っている体は揺れて不安定になるけれど、もう下手に止めようなんてするものか。興奮死するかと思った。
妄想逞しい声フェチの恋愛初心者にこの距離でそれはもう攻撃です。爆撃です。誰か私にシェルターを寄越せ。引き籠って地面をローリングしてこのピンクな脳内を掃除させろっ。とてつもなく後悔しているよ数瞬前の己の行動をっ顔から火が出るっつーのっ!
「……ほら、幼気なおちびちゃんをごにょごにょしてるみたいに見えるじゃない。あたしは間違えたこと言ってないのに何あの一撃。お花畑見えそうだった」
「アシス、とばっちりで死にたくないからもう少し声量落としてくれない?」
「いやいやここは見捨てる選択で速やかに離れるが正解だよマリエル。さん、にぃ、いち」
「うわ!本気で離れたこの人でなしっ」
「何言ってんの、ちゃんと一回は助けたじゃないの」
「そうそう、助けた命を無駄にしたのはアシスじゃないか」
「まだ捨ててないぃーーっ」
コントならひそひそやれやそこの四大共。一番怖い状況のままで揺らされまくっている幼気なおちびを救う気零かこんにゃろう。覚えていろって、ほぅほぅ目が合ったら合ったで頑張れジェスチャーですか空気を読まない風天使め。本当に覚えていろ。私の恨みはねちっこいんだからな。
『もう少し我慢すれば自然に治まるはずだよ。むしろ下手に声をかけると二次被害が起こるからさ。ごめん、耐えておちびさん』
こんな時こそ我が儘言わせて欲しいんですがね先輩。発声による注意を引くことすら回避するために心声で告げてまで耐えろとかマジないですわ。
はあ……結論から言って、待ったよ。お箸が転がっても笑うんじゃないかしら状態のディルが自然鎮静化するまで、おとなしく揺らされていましたとも。えぇえぇ中身は四捨五入三十路のおばちゃんは目と脳に用法容量を正しく守って欲しい何かを過剰投与されて人として切ってはならないものを随分と摩耗しながらも耐えきりましたよ。だから頭なでなでして褒められても罰は当たらないと思うんだ。
ああ、布地の友よ、どうしてキミは布地なの?布地のキミのふわもこに癒されているけれどそれでは足りないと私の忍耐力が訴えているよ。
「はぁ……笑った」
そりゃあご機嫌麗しくてようございましたなお師匠さん。対するあっしはぐったりでやんすよ。
「朝といい今といい、お前は本当に予想外なことをするな騒音兵器」
そんなことした覚えはない、と言っても説得力がない気がするのでこちらを選択致しましょう。
いきなり大笑いし始めて戻って来ない貴方様には負けると思います。
ぶっすぅと死滅表情筋でも分かり易すぎるほど思い切り不機嫌面を向けているのにご機嫌なお師匠さん、小規模でいいから爆発しろ。
「不満そうだな。だが俺の予想外を放り込んだお前が悪い」
そんな予想外とか予想できるかふざけんな!と、叫べれば多少なりともすっきりするだろうに、この未熟な発声器が出せるのは空気の通過するすかすか音だけでしてね。
だいぶイライラが募っておりますよこの僅かな時間で。
< 基本無表情、言葉は辛辣、態度はドライで時折ファイアと聞きましたのに >
ぽちぽちに憤りを込めてみたけれど、遠回しに非難している文面を見てもディルの面白いと持ち上がっている口角は揺るがない。何でだよ。
いやいやご機嫌なのはよろしいのですよ。ただその理由に問題があるだけです。
「まあ、概ね間違えてはいない認識ではあるな。言ったのがあの馬鹿コンビでなければ多少なり同意もしてやれただろう」
< にこにこです >
「面白かったからな」
くそう、スマートに笑んだままで返してきよるわこの御人。勝ち負けにそこまで拘りは持っていない方だとは思うが、やられっぱなしは性に合わねえんですよわたくしは。
意味も分からず盛大に笑われた悔しさを指先に込めて、ぽちぽち地道に押していく鈍間を楽しそうに眺めんといてください。
スマイル大事よとか言いますし思いますが、笑いを取りに行って笑われるならともかく、意味の分からない物事を笑われるのはちょっとね。説明くらい欲しいです。
< お師匠さんの何がそんなに面白いのか理解不能です >
笑い上戸か、という一文は流石に自重する。拳骨も鷲掴みも嫌である。
「俺はガキに好かれないって言っただろう。ガキに定評のあるマリエルと大半の天魔に好かれるリフォルドがいるのに、俺なんかに懐いた変わり者がまさか通常の様呼びでもなく師匠呼ばわりなんて予想外にも程があるだろう」
要するに、好かれてるとは思っていなかった相手から実は結構好きなんですよな反応があって意表を突かれて笑いが起こった、でいいのでしょうかね。
くつくつとまたも笑っている無表情返上状態なのは目に麗しいので大変結構なのですが、ちょっと引っかかったから指摘しておきますよ。
< なんか呼ばわりは如何かと。子供に好かれることや他者に好まれることが貴方様の人格や人となりを否定するものではないでしょう。自身を貶めたいのでなければご自重ください >
ぽちっとキーから指を放し、ふんっと鼻息荒く自己主張致しますよ私は。
ええ、子供らしさなんて一切ございません文面で態度ですが、それの何が問題になりましょうか。
できないものを求められても困るしそれを強いることをなさらないと知ったから調子に乗りましたが、問題がありますかお師匠さん。
やや胸を張りどことなく挑発的にも見える態度でもって見上げるその御人、ぱちぱちと瞬いて文面を追った空色は、細まって流される。
「生意気なガキだな。俺を四大位と知った上で意見するか」
口元に笑みを浮かべての流し目はやめてくださいませぬか。いい加減腰が悲鳴を上げておるのです。
抜けたところでそもそも自力歩行どころか自重を支えてすらいませんから問題はほぼないでしょうがね。
心の問題です。
「まあ、だからこそ面白いんだろうなお前は」
あう。ぺちんっとやや間の抜けた音が我が額に発生して少しばかり頭が後方へとぐらついたのをすぐさま立て直す。お師匠さん、幼児は頭が重いのだから取扱注意なのですよ。背後に何も支えになるものがない状況下で額を指先で弾くとか危ないでしょう。
じとりとねめつけるボクに余裕のディル、当たり前の光景だろうけれど悔しいものです。
「それで、何がどうなって師匠だなんて発想に至ったんだお前は。生憎俺にはそんな敬称を送られるようなことをした覚えはないぞ」
だと思いますよ。こういうのは行った本人ではなく、与えられたと思った側が勝手に形にするものですからね。恐らく聞いたところで理解は得られないでしょう。
< 歩けとおっしゃいました >
お師匠さんという呼び名で定着したのは、無慈悲だ殺生だと心の中で叫んだあの瞬間ではあるが、元はといえばそこだ。
< 何もできない私に失敗してもいいからと、自立の手を伸べてくださいました >
勝手な印象と騒音兵器呼ばわりのお陰で絶対子供とか嫌いでしょう、と思わせるのに、蓋を開ければ気遣い屋のお言葉通りなんと甲斐甲斐しいことか。
「……それは本来あの馬鹿がやらなければいけないことで、偶々だ」
お、ようやく基本装備へ……というよりややご不満へなのでちょっと行き過ぎかもしれないが、お帰りなさいですねその表情。
いくら笑顔が良いとはいえど、からかいが主成分でその対象がボクである面白い笑いはご遠慮願いたく。
< 偶々であろうと万が一を案じてご指導くださったことは動かぬ事実。甘やかしてくださる保護者殿に甘えた怠惰な私に、自ら動くことが必要だと教えてくださいましたのは貴方様にございます。教えを乞う立場故にそうお呼びするのが相応しいかと判断致しました >
如何でしょうかと問うことはしない。だってすでに定着したものは変えろと言われても簡単には変えられない。というより、一旦定着すると違和感がすごくて他の呼び名にしっくりこなくなる為、もう遅いと表現するのが正しい。
だから、諦めて下されお師匠さん。認めぬと言われたならば、心のとお師匠さんの上に言葉を付け足し勝手に呼ぶだけ。繰り返しましょう、もう遅い。
完全に知ったことか状態で長文をぽちぽちしていた私は、ディルの視線がとある部分に釘付けになっていることになど気が付かない。
< そういえば、私が何もできないからと保護者殿を怒られていらっしゃったようですが、悪いのは甘やかしてくれた保護者殿だけではなくそれを甘受した私もですので、どうぞ保護者殿ばかりを責められませぬようお願い致したく >
「騒音兵器」
やっと伝えることができたと作り上げた文面にすっきりしているところ、名を呼ばれたので画面からディルへと視線を動かせば、ややご不満が何とも微妙なものへと変化していらっしゃる。
主に困惑、次いで疑いに……不穏?何でそんな表情になりましたかお師匠さん。子供らしさ皆無な文面は完全にスルーされているので問題なのは書き込んだばかりの文章内容になるが、何がおかしいのか。
文面を読み返そうと視線を動かしかけたところで表情と同じ様子の空色と視線が合い、そのまま言葉を待つことにする。
「俺が師匠で、アシスは何だ?」
再度の呼び名確認ですか。ここでお調子者と入れたら笑いが取れますかねとか考えた私は生国を二分割すると西側に生息していた人間でした。余談です。
< アシェリス様、もしくはアシス様でしょうか >
自己紹介時にアシスでいいと本人が言っていたのでどちらでも大丈夫だろう。脳内では物語の延長で呼び捨て状態だが、現実でこれはいかんと流石に自重する。
ただ、ディルの顔が渋いものになっていくのは何故だ。上位者は通常様呼び、自分もそう言っていただろうに何がいけないのだ。
「マリエルとナヴァは?」
え、まだ問うの?
< マリエル様、先輩? >
何の確認をしたいのかと小首を傾げながら打ち込めば、ナヴァの呼び名でちょっとだけ表情が改善される。
またしても意表をついたのだと思いますが、さっき自己申告で先輩と言ってましたので分かり易いでしょう。
「……さっきのやりとりからか」
すぐにたどり着く答えに溜息吐きつつまた微妙な顔になるのはどうしてですか、と教えてくれないなら聞いて見ようかと手を伸ばしていたら、はああぁとか深々と溜息を吐いて頭を押さえられて止まる。
言わなくてもわかる頭が痛いと訴える仕草ですが、何事なので?原因はボクの作成しちゃった文面なのです、よね?
「ナヴァにまで敬称が付いてて、なんで肝心なやつがそれなんだ」
意味わからんと続きそうな言い様で察した。改めて作成した文面を見返す。
自身を示す一人称が私。ディルを示す二人称は貴方様。そしてもう一人分ある二人称が問題なのだろう。
「騒音兵器、イルファは何だ?」
至った答えが正解だと告げる問いにちょっとだけ思案し、結局変わらぬ単語を入力する。
< 保護者殿 >
うわマジかよこいつ、って目はいらないです謹んでお返し致します。
だってさ、他にどう呼んでいいのかわからないんだよイルファは。他の天魔同様呼び捨ては当然論外、かといって上位者に対する通常の様呼びも違うだろう。
なにせイルファは家名家族のいなかったボクの保護申請者だ。血も名前も繋がりはないが、養子縁組にも似た扱いになるはずの相手を様と呼ぶのは他人行儀ではないか。そう考えると適当な呼び名がない。
以前父呼びが駄目なら兄でなんて話題はあったが、イルファにお兄さんの印象はあれどそれはあくまで近所のお兄さん的なものであって、家族の兄とは別物だ。
そう考えると、父であれ兄であれ、私の認識とずれが生じる限りその呼び名はイルファに適さない。
よって、現時点では消去法で間違いのない立場である保護申請者から流用した保護者という呼び名が一番違和感がないのだ。
ただし、あくまで私としてはという言葉がつく。逆の立場で考えれば現在悩ましげに頭を押さえていらっしゃいますディルの反応は、イルファの友人としてとても正しいものだと思うもの。
もしもボクがいまのイルファの立場なら、一時的な居候なんかじゃなくて……家族としてリトネウィアを引き取ったと考えるのならば、名前でも父母兄姉などの呼び名ですらない「保護者殿」なんて呼ばれたら、悲しくなるもの。
キミにとって、私は家族ではないんだね、と。
「……」
仮にイルファが私を最終的にシェネレスの家から出て行く居候や保護申請による形式だけの迎えた家族ではなく、赤の他人ではあるが正真正銘家族として迎えてくれているのだとすれば、私はなかなか惨い呼び名でイルファを呼んでいることになる。
もし、そうだとしても……いまはどうにもできない。
名前という存在を重要視する故なのかどうかはわからないが、納得できない呼び名で呼ぶことがどうしてもできないのだ私は。
多くのものが呼ぶ呼称、愛称を相応しいと認識できたとしても、その呼び名は私には適用できないと一旦判断が下ってしまえば、梃子でも動かない。
私にとってその呼び名は違うのだ。何がどう違うのかと問い質されてもどうにもできないしならない。
なにせ当の本人が一番不可解なのだからどうしようもない。
頭の中でその人を示した呼び名であると認識し、それを口に出そうとしても、できない。
喉に引っ掛かり止まるのは音と共に流れて行くはずの空気だけで、肝心の音は形にすらなってくれない。
嫌だ、違うと意味不明な停止がかかる。言うことを利かない。
そんな訳の分からない理由によって呼び名に困った結果、自分が納得できる呼び名が思い浮かぶまでは誰に使っても差支えのない二人称や特定の誰かを指し示せる単語が宛てがわれることになる。
相手には大変申し訳ないが、こればかりは本当にどうにもならない。呼べないことを申し訳なく思うと同時に、己を偽った呼び方をするのは失礼だからこれは間違っていないと訴えているのだから手に負えない。
物凄いジレンマなんですよ、私も。
へにょんと下がり切った眉になっているだろう顔を俯けてしまうボクとどうしたものかと悩むディル。
「間違えてはいないけれど、印象による呼び名で呼ばれるディルと僕、通常の様付きで呼ばれるアシスとマリエル、個人名ですらないイルファか」
そこへ入ってきたのは笑いのスイッチを切ることはしてくれずに耐えろと勧告してきて傍観者となっていた先輩ですね。
しかし、場に漂う気まずい雰囲気から思考が逃れようとしているからとはいえ、苦いと定評のある苦瓜生絞りジュースを口に含みでもしましたか、なんて調子のナヴァの声がまた何とも言えない。
見なくても想像がつくけれど、一応拝見した表情は困り果てたものでした。視界外にいるアシスがどうかは知らないが、マリエルは遠い世界に思考と視線を飛ばしているご様子だ。
現実逃避しても逃れようのない事実ってものがある、帰って来たまえそこな風天使。
「あたしとマリエルはセーフだろうけれど二人はアウトだね。ご愁傷様」
「「そこに直れお調子者」」
あっはっはーとか気楽な笑い声と共に失言を吐きながらアシスがマリエルの側へと移動してきたが、即座にハモった四大地天魔の声の調子が底辺です。もういっそお調子者ではなく失言魔とでも呼んでもいいのではなかろうかこの火悪魔。
空と赤桃の二色にじろりと睨まれているのにけろっとしている肝の太さには恐れ入る。
「え~、だってどうしようもない事実でしょう?それともおちびちゃんに呼び方を無理矢理変えろって?別に私事で呼ぶ呼び名なんて個々人が不快じゃなければどう呼んだって問題ないんだよ?それをこっちの勝手な都合で変えろとか横暴じゃないの?」
成程ね、けろりとしているのは正論があったからか。最底辺の立場上思っても言えない可能性がある発言が意外や意外、とか言うと怒られるかもしれないのでそっと心の中にしまっておくが、支障がなければボクから出たであろう意見がアシスの口から出てきている。でもって正論だから二人も反論が出せず黙するのみ。
「大体、おちびちゃんがイルファのことをどう呼ぼうとおちびちゃんの勝手でしょう。こればかりは例えイルファがやめて欲しいって願い出ても変更は利かない。それこそ強要でもしない限りはね。でもそれは本末転倒でしょう。信頼関係もなにもあったものじゃないし、イルファはそれを絶対に望まないし選ばない。だからあたしたちにできることはなぁんにもない。故に多少どぎつい嫉妬に曝されても甘んじて受けるしか方法はない。それが嫌なら意見すべきはイルファに、でしょう。以上だけれど、反論がある?」
おー、お見事。後半のイルファが嫉妬するの部分については少々疑問を覚えるが、それ以外は概ね問題ないかな。
アシスの言う通り、現状本人はまだ知らない保護者殿という呼び名を改めて自分のことはこう呼べ、とイルファは強要したりはしないだろう。
それは私の訳の分からない基準を知るとかではなく、触れてはいけない何かを土足で踏み躙る行為というものの存在を知っているから。痛みを知るものは誰かの痛みも忌避する傾向があるもの。
さて、個人的には前半箇所に反論する必要性は感じないが、問われている方々は如何かと様子を窺えば、丁度ディルが息を吐いているところだった。眉間の皺が実に嫌そうですね。
「お前のご愁傷様発言と甘んじて受けるには大いに反論ありだ。そもそも人の話を聞ける状態を想像できないからどうにかならないかと悩むんだろうが」
完全他人事発言に聞こえるご愁傷様に、何故こうなったのかを説明した上でならともかく、耳にした印象だけの一方的な判断で咎められるのを抵抗なく受け入れるのは確かになしだ。そこは同意する。
だがしかし、人の話を聞く余地すらない状態のイルファを想像ってのが私には理解できかねるのですお師匠さん。そこがわからないよ。
「甘んじて受けたらそれで終焉だよ。安全圏から高みの見物を決め込もうとか性質悪いよアシス。イルファの呼び名はどうにもならなくても、情報を差し出してアシスの呼び名をおちびさん納得の上で変更させて巻き込むくらいのことは可能だってわかっているよね?」
「うっわ何それひっどい!横暴だぞ!断固抗議するぞ!マリエルも巻き込んでよ!」
「巻き込まないでよっ横暴なのはアシスでしょう!」
それもどうかと思うナヴァの発言からあっという間のカオス発生。
さらりと死なば諸共に聞こえなくもないナヴァの発言もさることながら、遠い目状態から瞬時に立ち直っての巻き込み拒否をしたマリエルの必死さもまたどうかと思う。
アシスの方は、うげっと反応はともかくマリエル巻き込み発言は楽しんでいる様子が見えた気がするので微妙だ。ナヴァの言う通り安全圏で高みの見物ができる状態であるという余裕からなのか?
そんな疑問を浮かべていると現実に立ち返ってきたマリエルが意見を述べるようである。
「っていうか納得の上での変更ならイルファの情報差し出すだけ差し出してを試すべきじゃないの?そこは」
話の流れとしては妥当かもしれないが、アシスの呼び名変更と比べれば現実的じゃないと言う他ないかな。
何せこの場に本人がいないのであればいくら情報提供があろうと確認の仕様がないもの。
事実確認は大事です。そういうところ、ちゃんとしているのですよ、ボク。
「馬鹿。いくら俺やお前がイルファについて述べたところで今現在、こいつに対するイルファの接し方が未知の領域である以上説得力がないだろうが」
そりゃあ、気心知れてる長年の御友人方とたかだか四日のちびを比べられれば態度が違うのは至極当然のことでしょうが……何やら引っかかる表現な気が致しますし、何よりイルファに対する貴方様の印象が棘ありではないかと思えてくるのですが、そこのところ如何でしょうかお師匠さん。
「む、確かに。変に突きすぎると違う意味でのお怒りに触れるものね」
「大らかそうに見えて神経質だからねイルファってば。自分が知らない間に妙な入れ知恵したとかバレた方が大惨事だとあたしは見た」
苦い顔ながら納得し、さらに困った顔へと表情を変えて溜息を吐き出すマリエルと、キュピーンなんて効果音が何処からともなく聞こえてきそうな伸ばした親指と人差し指を顎に宛てがったポーズでにやり顔のアシス。ほら、推理物とかで閃いた時に見られるあのポーズです。
長年の友人兼同僚たちのイルファに対する印象が気になってくる今日この頃。
聞けば聞く程に怒りやすそうな印象になるのに、私が知っているのはにこにこ笑顔のイルファ。
むすっとしたりは友人同士の会話の中にはあるようだが、本格的に怒っているのは例の激オコ無表情くらいで、私の中のイルファ像とあまり結びつかない。
むぅとこちらまで悩ましく思えてきた中で、じとりと咎める目を何処か楽しんでいる様子にも見えるアシスへと向けるナヴァを捕捉する。
「そこで的確な予想しないでくれないかなアシス。ドツボに嵌めるだけは流石に苛々してくるよ。八つ当たってもいいならそのまま続けていいけれど」
うん。声の調子の低さと後半の攻撃的な意味で本気であろう足こそ出なくても、拳骨程度の手なら出てきそうかなと思わせるナヴァが不穏です。
それを見て聞いて感じているのにけろりと笑って受け取るアシスには豪胆の言葉を進呈したい。
ええ、豪快な肝っ玉という字面のみの意味合いで。
「おっと、身の危険が迫っているから流石にナヴァも必死になるね。とはいえどうしようもないでしょうに」
あっけらかんと、ただ真理だとはっきり告げるその根拠は何だろうか、そう疑問に思ったのは私だけではないと思う。
「だって、通信端末で会話が成立できるって気が付いて現在イルファを出し抜いてあたしたちおちびちゃんと会話中だよ?もれなく四人全員断頭台目前の運命共同体、いぇい!」
「「そこに直れお調子者!」」
マリエルも参戦しました、いぇい!