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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第七章 ひとつの選択
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2

 エリーの髪を丁寧に編み終えたセレナは、エリーの前に向き直ると、にっこり微笑んだ。

「さぁ。これで準備が出来たわ」

 セレナ自身も準備していたドレスに着替えて、暗色のケープを纏っている。遠目には上流階級の婦人の出で立ちだ。

 セレナとお揃いのような自分の姿にエリーは一抹の不安を感じる。

「却って目立たないかしら?」

「あなたは部屋の外に出ないから知らないでしょうけど、このお城では女性はこの格好の方が目立たないわ。夜は寒いから皆ケープを羽織っているし、髪は小さく纏めているの。でもあなたの髪の色は目立つから、布を被せて誤魔化すわね」

 そう言ってセレナはエリーの頭にレースの布を被せた。レースが顔周りにかかっているので、少しうつむけば表情どころか顔も分からない。

 セレナが自分の身代わりになるつもりで同じ格好をしているわけではないと知って、エリーはほっとした。

「合図はどうなっているの?」

「…もうすぐのはずよ」

 セレナがそう言ってから暫くすると、小さな音と共に部屋の扉が小さく開いた。セレナが無言でエリーを見ると、エリーも黙ったまま頷く。

 二人はそっと扉の外の様子を窺った。人の気配がまったく無いことを確認し、先ずセレナが扉を人一人が通れる幅まで開けて、そこに人がいないことを目で確認する。

 音もなく廊下へ出た二人は、一言も口をきかずに足早に歩き始める。

 沈黙したままセレナに従うしかないエリーは、頭の中で様々な問いを渦巻かせていた。

 扉の前の衛兵達の姿が見えないのはどうしてなのだろう。それに、ここまで誰一人として擦れ違わないけれど…私達は城のどの辺りを歩いているの?

 リブシャ王城と全く異なる造りの城内を歩きながら、エリーはなるべく余所見をしないようにして半歩先を歩くセレナの後ろ姿を追った。

 ケイトは…ジェスは…サラは…今どこにいるのだろう。もう城の外まで来ているのだろうか。

 広い廊下から使用人しか使わないと思われる細い廊下に入る。暗い廊下の所々を月明かりが照らしていた。エリーが光が差し込んでくる方向をふと見ると、小さな明かり取りの小窓から輝く満月が見えた。

 こんな状況でも、麗しい月を見るとエリーはサラを思い浮かべてしまう。

 サラ。

 一刻も早くリブシャ王国へ帰すべきは、私ではなくあなたのほうなのに。

 月明かりは瞬く間に薄雲に覆われて、廊下は薄暗くなった。エリーはセレナの後ろ姿を見失わないよう、慌ててセレナの後を追った。


 デラは認めたがらないが、エリーの誘拐には明らかに人外の力が使われている。

 実際にリブシャ王国からハーヴィス王国まで馬を走らせてみて、ステファン王子一行が帰国にかけた時間は馬の速さでは太刀打ち出来ないことが実証された。

 人や動物の力では到底追いつけない。

 それが精霊の力なのか、妖魔の力なのか…どちらなのかはどうでもいい。

 それよりもステファン王子がどうしてそのような存在に関わるようになったのかを知る方が、我が国にとって有益だ。

 我が国よりも深刻な食糧不足にあるあの国は、リブシャ王国との友好抜きでは存続も危うい。それが分かっていて、あのような暴挙に出るとは…。

 その王子を相手にするのだ。気を付けなければ。

 クレイは先陣にいるデラの姿を確認する。

 その近くではクレイの馬に乗っているジェスとサラが待機している。少数精鋭の先発隊に護られて、ジェスとサラはその先にある王城を見つめていた。

 本来ならば自分が先陣を切りたいのだが、リブシャ王国の国交の為に各国の摩擦は最小限にしておかなければならない。

 その状況の中で、サラを守る者が自分でありたいという欲求を抑えておくのは至難の業だった。

 クレイは頬に冷たい風を感じてマントの襟を直す。

 温暖なリブシャ王国の気候に慣れてしまっていたせいで、夜がここまで冷えるものだということをクレイはすっかり忘れていた。

 この国の気候は我が国の気候に似ている。植物があまり根付かない土地とは、これほどまでに冷え込むものだったのか。

 クレイは小さく身震いした。

 二手に分かれると決まった時、サラを連れるのは自分でありたいと心から思った。

 だが、自分の婚約者はエリーだ。

 救うべき王女はサラではなく、エリー。とにかく今はエリーを助け出さなければ何も解決しない。

「王子。動くようです」

 側にいた騎士に告げられ、クレイははっとして先陣を見た。

 合図があったらしく、馬がゆっくりと城の方向へ進んでいく。

 あの隊の一部がここへ戻る時には、無事に救い出したエリーを連れているはずだ。

 サラの姿を次に見るのは、リブシャ王国でだ。

 去っていくサラの後ろ姿をじっと見つめていたクレイは、ふと漏れてきた月の光に照らされたサラを見て、奇妙な違和感を覚えた。

 何なのだろう。何かがいつものサラと違う気がする。

 考えあぐねているクレイを置いて、デラが率いる先発隊は夜の闇の中に溶けるように消えていった。

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