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ハーヴィス王国からリブシャ王国への親書が届いたのは、エリーが姿を消してから二日後だった。
幸い、ハーヴィス王国側はエリーに危害を加えるつもりはないということを文面で明らかにしていた。
エリーの無事が保証されたことを知った国王夫妻は喜んだが、しかしその親書がエリーとステファン王子の婚約の許可を要求していることが分かると、国王夫妻の表情は見る見る強張ったものになった。
大国の王女であることに間違いはないのだが、エリーはつい先月までは村娘として暮らしていた。
王女としてどう振舞うべきかの知識も経験も授けられないまま他国の王室に囚われの身となり、さぞ困惑していることだろうと王妃様は嘆いた。
エリーを再び失って意気消沈した王妃様を慰めていたセレナは、王妃様を励ましながらエリーの為に動く国王陛下の気丈さにもそろそろ限界が来るだろうと感じていた。
セレナは王妃様の私室で、菫色の瞳から零れる涙を時折拭き取りながら、根気良く王妃様の相手をしていた。
「…わたくしは、姫を森の女王に託した時に、今後は人前でもう泣かないと心に決めたのです。それは願掛けのようなものでした。そうすれば、一日も早く、必ず元気な姫に会えると…。でも、今はもう、そのような気持ちも…」
言葉を失って泣き崩れる王妃様の背中を優しく擦って、セレナは王妃様の胸のつかえを少しずつ吐き出させた。
「そうでしたか。さぞ、お辛かったことでしょう。でも、最初の願いが叶って無事にエリーと再会されたのですから、もう我慢なさる必要はありません。悲しい時は思う存分泣かれても良いのですよ。それに、エリーはとても気丈なんです。この苦境を乗り越えるだけの強さを持っていますから、そこはご安心下さい」
セレナが王妃様に語ったことは、家族だけが知る事実だった。
エリーはああ見えて結構芯が強い。
その反対に、サラには案外脆いところがある。
サラはエリーの為ならどんな危険にも飛び込む勇気があるのに、エリーの事を想うあまりに身動きが取れなくなるようなところがあり、今はまさにその状態だ。
ケイトが寝る間も惜しんでクレイ達とエリー救出の作戦を練っている一方で、ジェスとマイリは放心状態のサラをなるべく一人にしないように気を付けていた。
セレナの様子を見に来たジェスとマイリがセレナに代わって王妃様の相手をしてくれている時に、今度はセレナが何気なく訪ねたふりをしてサラの様子を見に行き、ケイトに逐一知らせていた。
サラだってすぐにエリーを助けたいだろうということはセレナにも分かっている。ただ、サラにとっても劇的な変化の多かったこの一月は、サラにかなり強い心理的な負担をかけているようだった。
ケイトはそんなサラの気持ちが落ち着くまではエリー救出の作戦を実行に移せないようなことを言っていたけれど…果たして間に合うのだろうか、とセレナは訝る。
ハーヴィス王国側がエリーの安全を保証したと言っても、この情勢がいつ変わるかは誰にも分からない。呑気に策を講じている時間が無いことは明らかだった。
せめてクレイ達が先に出立して、後からサラが追いかけるのでは駄目なのだろうか。いくらサラの剣の腕が良いからと言って、最初からサラを戦力として敵国に向かわせるつもりでいるワイルダー公国側の意向がさっぱり分からない。そしてそれを当然であるかのように認めている国王陛下の気持ちも。
「王妃様。私達は両親と共に王室に忠誠を誓っています。最善を尽くしますので、どうか私達を信じて下さい」
「ええ…信じています。勿論です。それに…幸い、ワイルダー公国は武力だけでなく外交にも長けた国ですから、今、国王陛下と最善の方法を検討して下さっています。何とか戦にならずに済む方法を考えていただけるでしょう」
その言葉にセレナも頷く。戦を国に持ち込むのは、森の女王が最も嫌うことだ。リブシャ王国の繁栄は戦を持ち込まなかったことに対する福音でもある。その愚を犯すことは、リブシャ王国の国民にとって、まず考えられないことだ。
だからこそ、軍事を他国に委ねるという異例の方法を取ることでこの国は平和を保っている。
もしこの状態が築かれていなかったら…リブシャの民は戦に出向かわなければならなくなっていたことだろう。
エリーが成人するまでの16年間、王女が不在の状態でワイルダー公国との友好が順調に深められたことにより、リブシャ王国は安定した富と徹底的に戦を回避する術を手に入れた。
この16年の意味が大きいということは、ケイトほど政治に詳しくないセレナにも分かる。
「ケイトの話では、双方の国交問題に発展させない方向で検討中とのことでした。このお話については、私よりも王妃様の方がお詳しいですね、きっと」
「いえ…王様はわたくしを気遣うあまり、ご自分からは話そうとなさいません」
その言葉に驚いたセレナは、無礼であることを承知で王妃様に告げた。
「そうでしたか…。宰相のお話では、王妃様は政に明るい方だということでしたので、この件については王様とよく話し合われているものだとばかり思っていました。少し、勿体無いような気がします」
王妃様はその率直な言葉に目を見開いてセレナを見つめる。
「両親の結婚を許す為のお口添えをしていただいたのは王妃様だと伺いました。今回の事は、王様もきっと王妃様の考えを知りたいと…王妃様としっかり話し合われたいのだと思います」
「セレナ。ああ…わたくしったら、どうしてこんな大事なことに気付かずにいたのでしょう! 嘆いてばかりでいたなんて、恥ずかしいわ」
そう言った王妃様の瞳は再び輝きを取り戻した。まだ目元は赤く腫れていたが、その表情から希望が戻ってきたことをセレナは感じ取った。
後はサラが元気を取り戻してくれれば。
セレナは心の中でそう祈りながら、用意されていたお茶をにこやかに微笑んで王妃様に勧めた。




