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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第五章 契約と約束
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10

 サラは思わずステファン王子を見つめた。

 距離があるせいで仔細に確認する事は不可能だったが、確か宝石のように美しい緑色の瞳の持ち主だった。クレイも背が高いが、ステファン王子もクレイに負けないくらい背が高かったので、彼の印象はサラの記憶に強く残っていた。

 堂々とした立ち居振る舞いからどこかの王族だろうとは思っていたけれど、まさかエリーに求婚している国の王子だったなんて。

「ハーヴィス王国って、大きな国だと聞いているけれど…。リブシャ王国との国交はあまり無かったんじゃないかしら」

「国交が無くても結婚は出来る。むしろ、王族の場合は国交の為に結婚するんだ」

 端的にそう言うクレイにサラは押し黙り、ステファン王子から広間の中央へ視線を移した。

 国王と王妃のダンスは、広間にいた人々全てを魅了していた。

 途中で踊るのを止めて見学する者もいたが、大半は国王夫妻と一緒の場で踊れることに名誉を感じて踊り続けている。

 国王夫妻に負けないくらい注目を集めていたエリーも、相手が疲れたのか踊ることを中止したのを良い事に、リブシャ王国の大臣達に勧められた椅子に座って両親が踊る姿をうっとりと眺めていた。

「だからと言って王族の結婚が不幸なものばかりとは限らないんだよ、サラ」

 唐突に、クレイはそう言った。

「僕の両親も政略結婚だが、父上と母上はとても仲が良い。兄上達もだ。それぞれの国の事情を抱えて嫁いで来た義姉上あねうえ達も嫁ぐ前は思うところがあっただろうが、今はワイルダー公国の王家の者として最善を尽くしてくれている。…もっとも、大恋愛を経て自国の貴族の姫をめとった王が治める国の国民には、そんな話は絵空事にしか聞こえないだろうけどね」

 クレイが苦笑いしながらそう言うのは、目の前で踊っている二人がまさにその当事者だからだ。

「王様達の話? 数多あまたの結婚話を断って、王妃様と結婚されたという話は聞いているけど」

「王族の間では有名な話だよ。二人の出会いはリブシャ国王がお忍びで参加した舞踏会で、他の男と踊っていた今の王妃を一目で見初めて、すぐに結婚を申し込んだらしい。エリーが生まれる前まで、大事な舞踏会では必ずダンスを披露していたそうだ。エリーが生まれてからは王妃は舞踏会に顔を出されなくなってしまったから…今日はエリーが生まれてから初めて、国王夫妻が公式の場でダンスを披露されることになるな」

「そうだったの…。だから招待客が皆、興奮しているのね」

 音楽に合わせて楽しそうに踊る国王夫妻は会場中の視線を欲しいままにしている。

「王妃様がこうして踊れるようになったのも、エリーが無事に成人したからなのね」

「そうだろうね。これからはこういう光景が度々見られるようになるだろうな。ところでサラ、ステファン王子をどう思う?」

「どうって?」

「エリーの結婚相手として」

 クレイの口からその言葉が出たことにサラは驚いた。

「エリーの結婚相手はあなたでしょう、クレイ」

「そうだが…。リブシャ王国は今後、ハーヴィス王国とも友好を深めていく必要がある。だから、リブシャ国王が婚約途中で僕を見捨てる可能性は充分にあるんだ。そうなった場合、君はあの男がエリーに相応しいと思えるか?」

 クレイがその可能性を冷静に考慮に入れているという事実にサラは動揺した。そしてその可能性が完全に否定出来ない事もサラの動揺に拍車をかける。

「そんな…分からないわ。今日初めて見た人よ。それに、エリーに相応しいかどうかを決めるのは私ではなく、王様かエリー自身のどちらかだわ」

 サラの言葉を聞いたクレイは、ふ、と小さく息を洩らした。

「君はやはり、リブシャ王国の国民なんだな」

 そう言って再び広間に視線を移し、急に険しい表情になる。

「やはり…放っておく訳にはいかないようだ」


 国王夫妻のダンスを眺めていたステファンは、エリーがダンスを途中で止めてしまったことに気が付いた。

 青いドレスを探して視線を彷徨わせると、椅子を勧められて座ろうとしているエリーを見つける。

 玉座よりも近い場所にいるエリーにステファンの視線は釘付けになっていた。

 白い肌と美しい金の髪が青いドレスに引き立てられて、引き込まれそうな美しさだ。

 まるで妹姫が大切に持っていた、お気に入りの人形のようだ。

 ここに座っているのはただの小休止か。それとも、別の相手が控えているのだろうか。

 ステファンは国王夫妻のダンスに見蕩れている群衆以外の動きを観察した。

 さっきまで一緒に踊っていたはずの大臣は飲み物を受け取り、エリーと離れた場所ですっかり寛いでいる。

 一番最初は婚約者と看做されているワイルダー公国の王子と踊り、次は新興国の大臣。次はどの国賓と踊るのだろうか。取り敢えず、舞踏会が興に乗るまではまだ数人、踊る相手が決まっているだろう。

 エルマ王女に直接声をかけるのはその後だと思っていたが、しかしダンスが一度中断され、すぐに別の相手が控えている様子がない今ならば、話しかけても問題はなさそうだ。

 そう判断してエリーに歩み寄ったステファンは、気配を感じて不意に振り向いたエリーの、その碧い瞳を向けられて息を飲んだ。

 しかしそれはほんの一瞬の事で、ステファンはすぐに平常心に戻ると紳士的な笑みを浮かべてエリーに挨拶する。

「エルマ王女、ご挨拶が遅れたご無礼をお許し下さい。私はハーヴィス王国の第一王子、ステファンです。ご招待頂き、ありがとうございました」

「初めまして、ステファン王子。リブシャ王国第一王女、エルマです」

 椅子から立ち上がり、にっこり微笑んで右手を差し出すエリーにステファンは跪く。

「お会い出来て光栄です、エルマ王女。このたびは戴冠おめでとうございます」

 このような振る舞いで良いのだろうか、と不安だったエリーは差し出した手を優雅に受け取られて一安心した。

「ありがとうございます。どうか、この宴を楽しんで下さい」

「勿体無いお言葉です」

 いくらこちらが主役であっても、目上の、それも王子という立場の男性に対してこんな態度で本当に良いのかエリーには分からない。

 そう考えると、クレイは王族の中でも随分気安く接することが出来る貴重な相手だとエリーは痛感した。

 儀礼的な挨拶が一通り終わったところで、エリーはほっとしてその手を引こうとし、そしてその手が引けない事を不思議に思った。

 ステファン王子は一向にエリーの手を離す様子がない。

「…ステファン王子?」

「エルマ王女。この曲が終わるまでの間、どうかダンスのお相手をお願い出来ませんか?」

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