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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第五章 契約と約束
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2

 間もなく城門をくぐり抜け、二台の馬車は衛兵に城内の敷地へ通される。サラ達が乗った馬車はそこでは止まらず、そのまま神殿へと続く通路を走り続けた。

「私、ここまで来るのは初めてだわ」

 ケイトが興味津々に城内の様子を窓から眺めている。

「私は一度、エリーに神殿まで案内してもらったの。その近くに綺麗な庭があるのよ」

「へぇ。そうなの」

 ケイトは感心しながら窓の外を眺めていたが、城壁が延々と続く景色に飽きて、またサラとの世間話に戻った。

 暫くお喋りを続けていると、やがて馬車は神殿に到着したのか、馬の歩みが止まる。

「着いたの?」

「ええ。そうみたい」

 サラがそう答えてすぐ、扉が外から開かれる。狩猟小屋に迎えに来てくれた御者が二人に小さく頷き、馬車から降りるようにと促した時だった。

 突然、外にいる騎士達に動揺と緊張が走ったような気がした。何事かと思いながらも不穏な空気を全く感じなかったサラは、そのまま扉の向こうから自分の目の前に差し出された手を取る。

「ようこそ、サラ」

 その声の主にサラは我が耳を疑った。

「クレイ…」

 しっかりとサラの手を握るクレイは、どう見ても立派な王子としか言いようのない出で立ちでサラに微笑んでいた。

「エルマ王女の来賓を出迎える光栄を賜りました。ワイルダー公国の第三王子、クレイと申します。以後宜しくお見知りおきを」

 そう悪戯っぽく言うクレイの後ろで、正装したデラも嬉しそうに笑っている。

「ケイトさん、どうぞ」

「デラ。元気そうね」

 ケイトが差し出されたデラの手を取り馬車から降りると、騎士達はクレイに最敬礼して持ち場へと散って行った。

「流石は王子様ね。ここのお城ではなく、わざわざ狩猟小屋に滞在したがった気持ちが少し分かるわ」

 感心してそう言うケイトに、デラはこっそり耳打ちする。

「クレイ王子の不興を買うことは、騎士団では自殺行為なのです。だから、そのせいで煩わしい程に騎士達に気を遣われて、逆に王子の居心地が悪くなるという悪循環が生まれやすいのです」

「成程ね…」

「デラ。我が国の機密を安易に漏らすな」

 本気とも冗談とも取れるクレイの口ぶりにケイトとサラは思わず笑った。

「やっと笑ってくれた」

 ほっとしたように言ったクレイの表情を見て、サラはクレイに笑顔のひとつも向けていなかった自分に気が付く。

「私…」

「ずいぶん緊張しているみたいだね。無理もないけど。だけど心配しなくてもいい。それに…」

「え?」

「僕も緊張している。すごく綺麗だ、サラ」

 僅かに握る手に力が込もって、それがクレイの心からの言葉であることを知り、サラは思わず赤面する。

 クレイの手が少し震えているような気がするのは、気のせいだろうか。

 クレイはサラの手を離す気は全く無いらしく、それはデラも同様のようだった。

「警護の人達は、ここから先は入れないの?」

 デラに付き添われているケイトは、感じた疑問をそのまま口にする。

「我々に警護は不要です。そのような不敬はワイルダー公国では認められません」

 そういえばセレナがクレイの剣の腕は騎士団長と互角だと言っていた、とケイトはデラの言葉で思い出す。

 クレイの従者が子供一人だったということからも、クレイの腕の確かさは証明されていることになるのだろう。

 つまり、ケイト達はこの二人に警護されていることになる。

 目の前のサラとクレイが護る者と護られる者という表現から程遠いせいで、自分達には未だ警護がつけられているということをケイトは失念しそうになっていた。

 どう見ても初々しい恋人同士にしか見えない、という気持ちを隅に追いやってケイトは首を横に振る。

「どうかしましたか? ケイトさん」

 デラに尋ねられて、ケイトは笑顔で誤魔化した。

「いいえ、何も。このまま神殿へ向かうの?」

「ええと…」

 言い淀んだデラの代わりに、クレイがくるりと振り向いてケイトに告げる。

「神殿へ入る前に、エリーの所へ行く。国王夫妻もそこでお待ちだ」


 エリー専用に設えられた謁見の間はこじんまりと美しく整えられ、そこでエリーは国王夫妻とお茶を飲みながら談笑しているところだった。

 クレイとデラに連れられて姿を現したサラとケイトを見て、エリーは思わず立ち上がる。

「サラ! 凄いわ。なんて綺麗なの」

 感激してサラに抱きつくエリーも戴冠式のドレスに着替えていて、サラに劣らず美しい。

「エリー。大人しくしていなさいと注意したばかりでしょう。…でも仕方ないわね。とても似合っているわ、サラ。なんて美しいんでしょう」

 王妃様にたしなめられたエリーは慌ててサラから離れ、サラのドレスに乱れがないか注意深く見直す。

「ありがとうございます、王妃様。エリーもありがとう。とても綺麗よ」

 エリーのドレス姿を褒めたサラは、微笑む国王に丁寧にお辞儀をした。

「このような美しいドレスまで準備していただいて、ありがとうございました」

「よくぞ参られた、サラ王女。とても良く似合っている」

 眼福とばかりにサラとエリーを交互に眺め、国王は今度はケイトを見る。

「ケイト。この日まで、よく仕えてくれた。村長むらおさにも其方そなたの働きは伝えてある。ここから先は王家の内輪の話になる故、其方は長の元へ案内することにしよう。大儀であった」

「ありがとう、ケイト。そのドレス、とっても素敵よ。また後でゆっくり話しましょう」

 エリーがそう言ってケイトと抱擁を交わす。

 しばしの別れを惜しむ二人の頃合いを見計らった国王が扉の向こうに控えていた護衛を呼び出し、護衛がケイトを謁見の間から連れ出すと、そこはエリーと国王夫妻、クレイとデラ、そしてサラのみになった。

「クレイ王子。私も…」

 そう言いかけたデラをクレイはそっと制す。

「ここにいてくれ、デラ。国王の許可は取ってある」

「しかし…」

「お前にも知っておいて欲しいんだ」

「…はい」

 デラは頷くと、そのままクレイの背後に控えた。

「サラ王女、クレイ王子、こちらへ」

 王妃様が手ずから淹れたお茶が準備されているテーブルに招かれて、サラとクレイは席に着く。

 国王とエリーも再び着席する。少し離れた場所で立ったまま控えるデラに軽く頷いてみせると、国王は口を開いた。

「サラ王女、早馬で知らせておいた変更についてだが。戴冠式が終わった後…国民へ戴冠の披露が終わった後に改めて神殿で王冠の契約を執り行うこととなった。本来なら戴冠式が終わって数日後にエリーは森の女王より正式な王位継承者として認められる予定であったが、サラ王女に代行を務めて頂くことにより、本日中に全ての儀を終わらせることが出来ると森の女王から伺ったのだ」

「今日…ですか。お急ぎになるのですね」

「王家に対する不穏な動きがあるのだ。一日も早くエリーを名実共に余の後継者とし、万全の警備を固めておきたい」

 その言葉にサラの顔色が変わった。


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