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クレイは再び椅子に座ると息を絞り出すようにして呟いた。
「何て事だ…」
その憔悴ぶりにケイトの心は痛む。
クレイはサラが好きだ。多分、エリーよりも。
ケイトはずっと目を背けてきたその事実について認めざるを得なかった。
クレイがエリーの婚約者であるという立場上、クレイとサラが結ばれることはないだろう。個人的な問題ならまだしも、これは国交問題なのだ。クレイもそれはよく分かっている筈だ。
ここにきて、クレイがサラへの気持ちを自覚してしまうなんて。
クレイが本当にただの騎士ならば、私もセレナやジェスのようにクレイを応援していたかもしれない。
フローラがマイリに与えた能力を私に与えてくれたら良かったのに、とケイトは自分の無力さを呪った。
智恵や知識なんて、こんな場面で何の役にも立ちはしない。気休めの知識をクレイに与えたところで、一体何の役に立つのだろう。
「ケイト」
徐にクレイに呼ばれて、ケイトは我に返った。
ひどく顔色の悪いクレイが真剣な瞳でケイトを見ている。
「サラの封印とは何です? サラは人ではなくなるのですか?」
「サラは…」
続きを言おうとしたケイトは、そこで自分の知識がそこまでであることに気付いた。
「私が知っているのは、サラの封印を勝手に解くとサラが人のままでいられなくなるということと、封印を解いたばかりの時に精霊の力を使い過ぎると人の姿を保てなくなるということだけ。だけど女王が正式に封印を解いた後は、どうなるのかしら…」
自信無げなケイトの言葉に希望を見出したのか、クレイの表情はいくらか明るくなった。
「然るべき手順で封印が解かれた場合は、人として暮らすことも可能なのですか?」
「サラが精霊の力を使い過ぎなければ、多分…。でも、精霊が人と一緒に暮らすことはあまりないわ。住む世界を隔てないと力の均衡が崩れるからだと聞いているけど」
「そうですか…。ところでケイト、我が国では精霊の存在すらなかなか認められない状況なので、精霊について詳しいことを知る者が僕の周りにはいません。僕の頼みを聞いて頂けませんか?」
「頼み?」
ただ己の無力感を噛み締めるだけだったケイトは、クレイの言葉に何か明るい兆しを見たような気がした。
「お互いに、利益のある話だと思うのです」
クレイはそう言うと、静かに話し始めた。
女王の部屋から出てきたサラに、ソニヤは剣を手渡した。
「もう使う必要も無いとは思うが、返しておこう」
「ありがとう…」
力無く受け取るサラに、ソニヤは咎めるような視線を向ける。
「その格好で帰るつもりか?」
それまで心ここに在らずだったサラは、改めて自分の姿を見る。ドレスは相変わらず解れて見窄らしいままだった。
女王に謁見してしまった今となってはもうどうでも良いような気がするが、この格好で狩猟小屋に帰ったら何か言われることは必至だろう。
「でも…私にあなたのような力は無いし。女王様にも無闇に力を使うなと言われて…」
帰ってから繕おうと心の中で決めていたサラに、ソニヤは嘆息した。
「植物から織られた布は女王の命令に従う。この程度の命令なら、木苺を見つけることより容易い筈だ」
「ドレスを直して、って念じればいいの?」
そう言って冗談混じりに裾の解れに触れると、ドレスは見る間に元に戻り、新品同様になった。
「そう。それでいい。但し、戴冠式が終わるまではその程度に留めておくことだ」
呆然としているサラを面白そうに眺めてソニヤは微かに笑う。
戴冠式。
その言葉がサラの心に引っ掛かった。
戴冠式が終わるまで、私にこの力は授けられない筈だった。それは、これから始まる戴冠式に影響を与えるからだったのでは? だとしたら…。
「…戴冠式が終われば、自在に力を使えるの?」
「しばらくは使わない方がいいだろう。森の力は強大だ。人間として生きてきた其方の体には負担が強すぎる。徐々に精霊の力に慣らしていかないと、その体では森の力を受け止め切れない。命にかかわると思っていた方が良いだろう」
命に。
そう言われてサラの表情が強張ったことに気付いたのだろう。ソニヤはサラを安心させるかのように付け加えた。
「先ずは精霊の世界に慣れることだ。そして少しずつ、練習しながら覚えていけばいい。剣の稽古のようにな」
サラは手にしていた剣を見る。精霊の力を得たサラにとって、もう不要となった剣。争いを否定している森の女王の娘が持つべきものではないことも分かっている。
しかしサラはこの剣を手放す気にはなれなかった。
「精霊として育った者ですら、力を操れるようになるまでは相当の時間をかける。焦ることはない。それまでは無理に剣を手放す必要もないだろう。森で危険を感じることは無くなっても、人間から身を守らなければならない時は役立つだろうからな」
そう言うソニヤの表情の柔らかさにサラは驚いた。
エリーの騎士として彼に立ち向かった時は酷く冷たいという印象しか受けなかったのに、自分が精霊の世界に属する者だと自覚した途端、精霊を見る目まで変わってくるものなのだろうか。
ここを訪れた時に真っ先に怪我を治してくれたことも思い出し、サラは改めてソニヤを見つめた。
長い銀髪に空色の硝子のような瞳。女王の代理としての役目も果たしていることから、精霊の中でも高次の位に就いているのだろう。女王とはまた違った威厳のようなものを感じる。
「ソニヤ。あなたは何者なの…?」
サラは思わずそう尋ねていた。
「私は女王に仕える身だ。いずれは其方に仕えることになるな」
ソニヤはそれだけ答えると、イバラの門へとサラを案内した。




