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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第四章 明かされた秘密
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1

 今から20年前、ダンとベルは国王夫妻の前で誓った。

 夫婦として生涯お互いを敬い合うことと、王家と森の女王への永遠の忠誠を。

 そしてその誓いの後、二人は早くもその忠誠を示す機会を得た。

 国王夫妻から託された第一王女と、王女の守り刀として託された森の女王の娘。

 この二人を自分達の娘として成人するまで無事に育てることが、ダンとベルの重大な責務だった。

 既に三人の娘の母であったベルは託された赤子達のあまりの愛らしさに夢中になり、自分達の娘同様に愛情を注いで慈しんだ。

 それはダンも同じだった。長として村を治めながら愛する美しい妻と可愛い娘達に囲まれて、責務の重さよりも幸福の方がはるかに上回り、華やかで賑やかな日々に満足して暮らしていた。

 幸い、度重なる戦で身寄りを失った隣国の子供達を引き取って育てることは、この国ではそう珍しいことではなかった。もともと女性が少なく、その影響で子供の数も少ないことから、他国の子供でも孤児はリブシャ王国では寛大に受け入れられ、大切に扱われた。

 長の村には出自の分からない子供について一々詮索するような人間はいなかったし、エリーとサラについては長が引き取って育てているのだからそれなりに高貴な身分の子供なのだろう、と周りが勝手に納得していた。

 だからエリーもサラも、自分達が長の本当の娘ではないということは誰にも知らされていなかった。

 長の娘達も同様に知らなかったが、ただ一人ケイトだけが村を出る前の夜に長からサラについて聞かされていた。


「ケイト。サラはお前達の妹ではない」

 父親の口からそう聞いた時、ケイトはああやっぱり、と思った。

 エリーの事を聞かされた直後に湧き上がった疑問はサラの出自についてだった。

 サラとエリーが来た日の事は、幼い頃の記憶なのにはっきりと残っている。

 なんて綺麗な赤ちゃんなんだろう、と思ったことまで。

 セレナもジェスもとても可愛い赤ちゃんだったけれど、サラとエリーは別格だった。

 二人とも面差しは全く違うのにどこか似ていて、双子のようだと思ったものだ。

「サラも、エリーと同じく預かった娘だ。お前はまだ三つだったが、憶えているか?」

「二人が来た日の事は憶えています。可愛い妹が増えて嬉しかったことも」

「母さんと一緒に面倒を見ると言って、色々手伝ってくれていたな」

 父親は懐かしそうに言う。今思えばおままごとのような「手伝い」だったが、当時は真剣に母親を手伝っていたつもりだった。そのことを父親は理解してくれていたのだ、とケイトは嬉しくなる。

「王女と時を同じくして預けられたということは…サラも王族に縁があるのですか?」

「ある意味ではそうだ。しかし、サラは特別な娘なんだ」

「特別って、王女以上に特別な存在は…」

 しかし父親はケイトをじっと見据えた。

「リブシャ王国の国民が忘れてはならない存在がある」

「父さん、まさか…」

 王女であるエリーと同じ日に来たサラ。

 その意味する事に気付いてケイトは父親の瞳を見た。

「ケイト。お前は聡明な娘だ。言わずともサラが誰の娘か分かるだろう」

「それなら何故…サラは長の娘のままということになっているのですか!」

「ケイト」

 それでも長は穏やかな瞳で娘を見つめていた。

「このことは誰からもサラに言ってはならぬ。真実を話すことはサラあれの封印を解くことだ。それは我々の仕事ではない」

「でも、それではあまりにもサラが」

 エリーを失った上に、今度はそんな話を聞かされたら。

「勝手に封印を解けば、どんな事態になるか分かっていよう」

「はい…」

 ケイトは頷くしかなかった。

 しかしふと、大事な事を聞き忘れていた事に気付いた。

「預かった、ということは、サラとも別れなければならないのですか?」

 ケイトの問いに父親は深い溜息を吐いた。

「…いずれはな。時期はサラの選択次第になるだろう」

 エリーばかりか、サラとも別れなければならないなんて。

 いつの間にか父親に優しく抱き締められて、ケイトは初めて自分が泣いていたことに気付いた。

 何も言わずにただ抱き締めてくれる父親の胸の中で、ケイトは声を殺して暫く泣いた。


「…はるか昔から、森の女王はリブシャ王国を敬い続け、王の為にこの国を幾度となく守ってきたわ。生まれたばかりのエリーが占い師から不吉な託宣を受けた時、女王はエリーを守る者を与えたの。それがサラよ」

 未だに信じられないといった様子でケイトの話を聞いていたクレイは、暫くの沈黙の後、やっと口を開いた。

「…サラが長の娘じゃない?」

「サラが私達と似ていないことには気付いていたでしょう? サラはエリーと同様、両親に預けられたの」

 一緒に暮らしてきたせいか同じ空気を纏っていたし、エリーほどの大きな違いに比べると大したことではないような気がしていたが、確かに髪の色や瞳の色が全然違う。あまりにも仲が良いから、クレイもデラもサラは本当の姉妹だと思い込んでいた。

 長の娘だと思い込んでいたから、今までの調査が難航していたのだとしたら。

 そう考えたクレイは、かねてよりの疑問をケイトに尋ねることにした。

「どうしてエリーは長の所に預けられたんですか?」

「それは幼い姫の美しさが戦いと災いを引き起こすと言われたからよ」

「その話は知っています。僕が知りたいのは、どうして長がエリーを託す先に選ばれたのかということです」

「それは、私達の両親が忠誠を誓っているからじゃないかしら」

「忠誠?」

「両親は国王に結婚を認めて貰う為に、王家と森の女王に永遠の忠誠を誓っているの」

 ケイトから聞かされていた話の流れから想像するのは難くない。しかしクレイはそこから導かれる答を信じたいと思わなかった。

 だが、聞かないことには何も解決しない。

「それではサラは…一体、何者なんだ?」

 ケイトは少し躊躇ためらった様子を見せたが、しかしクレイの真剣な様子に覚悟を決めたようだった。

「サラは国王が最も信頼を置く者の娘。国王が統治する森に君臨し、せんもの森を統一する…森の女王の一人娘よ。サラが森の女王の処にいるということは、女王がサラの封印を解いたことを意味するわ」


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