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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第三章 解かれた封印
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 女王はサラの額にそっと口付けると、静かに言った。

「…これで貴女あなたは森の力を自在に操れます。ただし、戴冠式が無事に終わるまでは、その力をむやみに使ってはなりません」

 赤子をあやすような口付けで封印をいたと言われてもにわかには信じられない。

 サラは無礼を承知で女王に尋ねた。

「あの…森の力を操るって…」

「試しに木苺が欲しいと念じてみなさい」

 微笑んだ女王に促されるまま右手の掌を上にし、言われた通りに念じてみると掌がずしり、と重くなる。

 次の瞬間には掌いっぱいに美味しそうな木苺が載っていた。

「嘘…」

「あなたが念じたからです。どういう事か分かりましたか?」

「木の実が欲しければ…そう念じればいいのですか?」

「ええ」

 もう片方の掌で同じように念じてみると、今度は木の実が溢れ落ちる。

 サラは信じられない気持ちで両手を見た。

「…貴女あなたは今まで村長むらおさの娘として暮らす為に、精霊の力を封じられていました。その代わり、森の力が貴女あなたを守ってきました」

 そう言われると思い当たる事ばかりだ。

「花が歌ってくれたのも…?」

貴女あなたが孤独を感じなくても済むように」

「草木が話しかけてくれたのも?」

貴女あなたが危険な場所に行かないように」

 女王の静かな肯定とともに、森に守られてきたという言葉はサラの胸の中にすっと入ってきた。

「森で迷わなかったり、木苺が見つかったり…全部、そういうことだったのですか?」

「そうです。今までは草木の語る声が聞こえていただけでしたが、これからは貴女あなたが森に語りかければ、森が応えてくれます。貴女あなたが命じれば、森が力を貸してくれます。いいですか、サラ。貴女あなた女王わたしの娘として、その使い方を誤ってはなりません」

「ええ…それはもちろん…」

「そしてサラ、貴女あなたはエルマ皇女を護る為に、おさの元へ遣わされたということも忘れてはなりません。貴女あなたの使命はわたしの娘として次期王女に寄り添い、共に歩むこと。いにしえより続くわたしと歴代のリブシャ国王との約束を守ることなのです」

「エリーと共に…」

 サラはそう呟くと女王を見た。

「…女王様」

「何です? 王女サラ

「私は人ではないのですね」

貴女あなたは精霊の世界に属する者です。人間の世界に属することも可能ですが、精霊わたしたちと人間はあまりにも違いすぎます。それは封印をほどかれた貴女あなたにとって辛いことになるでしょう」

「では…エリーの戴冠式が終わったら、私はどうすればいいのでしょうか」


 城に帰ったエリーがドレスを着替えていると、王妃がエリーを呼びに来た。

「王様がお呼びです、エリー」

 お茶の時間に会う予定なのにわざわざ呼び出されるとは何事だろうとエリーは訝りながら身支度を終えると、待っていた王妃と一緒に王の私室に向かう。

「執務室ではないのですか?」

「内密なお話なのです」

 それ以上尋ねるのは憚られるような気がして、エリーはそれ以上は何も言わずに王妃の先導に従った。

 国王夫妻の部屋の前には常に厳重な警備がついている。

 王妃と王女の姿を認めた護衛は丁寧なお辞儀をすると、二人の為に扉を開けた。

 ほんの数回しかこの部屋に訪れたことがないエリーは少し緊張する。

 親子と言えども、既に成人しているエリーには両親の部屋へ気軽に出入りすることは躊躇ためらわれていた。

 両親とは行儀見習いの時やお茶の時間に水入らずな話が出来るし、執務室への自由な出入りも許されているから、わざわざ夫婦の部屋へ出入りしようとはエリーも思わなかった。

 執務室ともエリーの部屋とも違う、一段と豪華な設えの部屋にエリーはすっかり圧倒される。

 王妃が選んだという素晴らしい調度品に、この国の豊かさと贅沢さが強調されているようだった。

「お帰り、エリー」

 長椅子で寛いでいた王が飲みかけのお茶をテーブルへ置くと、立ち上がってエリーを出迎える。

 温かい出迎えの抱擁で安心したエリーは気後れしていた気持ちを隅に追いやると、王の隣に座った。

 王妃がエリーの為にお茶を淹れて差し出す。

「ドレスの評判はどうだった? 余の見立ては気に入って貰えたかな?」

「ええ。皆に誉めて貰いました。サラが王様のお見立ては素晴らしいと」

 エリーの言葉に王は満足そうに笑った。その笑顔を見た王妃も、嬉しそうに微笑んでエリーに尋ねる。

「サラのドレス姿はどうでしたか? あのドレスも美しい仕上がりでしたね」

「それが残念ながら、試着した姿を見ることが出来ませんでした。時間がなくて」

「そう…それは残念でしたね」

 サラのドレス姿を楽しみにしていたエリーの気持ちを知っていた王妃は心から残念そうにそう言うと、エリーに菓子を勧めた。

「今日はここでお茶会ですか? 外はお天気なのに」

 エリーがそう尋ねると、国王夫妻は顔を見合わせた。しかしそれは一瞬で、国王はエリーと同じ色の瞳でエリーを見つめた。

「…エリー」

「はい」

「お茶会は予定通り後でする。ここへ来てもらったのは、事前に知らせておきたいことがあったからだ」

「なんでしょう、王様」

 屈託無く尋ねるエリーに国王は小さく頷いた。

「これから戴冠式までの間、沢山の人間がこの城を訪れる。当然、諸外国の人間が増えるから警備も増やさねばならない。その折に、城の中で不穏な動きをする者がいるとの報告があった。王女は今迄通りの生活を変える必要は無いが、身辺には充分に注意して欲しい」

「誰なのです?」

 優しく接してくれる城の人達の顔を思い浮かべ、エリーは青ざめた。

「まだ分からない。城で働いている者の身辺は調査済みだが、それで安心とは言い切れなくなった。城で働く者の出自は様々だ。そして殆どの者は忠実に働いてくれている。必要以上に怖がる必要は無いが、肝に銘じていて欲しいのだ。我々王族の振る舞い如何によって、事態は好転も悪化もするのだからな」

 王妃にそっと手を重ねられてエリーはその手の主を見る。手が震えていたのだ、とエリーは気付いた。

「…怖く思うのは仕方の無いことです。ですがエリー、あなたは王族だということを忘れないで。王女として毅然とした態度を貫いて下さい」

 言葉の厳しさとは裏腹に、慈しむように手を握ってくれる王妃の優しさに勇気づけられたエリーは、二人にしっかりと頷いた。


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