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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第三章 解かれた封印
32/111

5

「クレイにサラの乗馬の先生を頼んだ、ですって?」

 セレナがジェスの話を聞いて素っ頓狂な声を上げた。

「ええ。結局断られたけど。あの馬に女性を一人で乗せるのは危ないからって。…何かいけなかった?」

 ジェスはきょとんとしてセレナとケイトを見る。

 昼食後に三人でのんびりとお茶を飲んでいた時、どうして急にマイリが乗馬に興味を持ったのか、という話になった。

 だからジェスは庭でクレイに話した事を二人に話したのだ。

「いけないも何も…」

 セレナは溜息を吐く。

「でもセレナ。クレイの馬はとても立派だったけど、私、サラならこの馬を乗りこなせるんじゃないかな、と思ってしまったのよ」

「だからって…。普段から馬を怖がっているサラを騎士が乗るような大きな馬に乗せようとするなんて」

「あの馬を乗りこなせたら、どんな馬でも乗りこなせるようになるわ」

「荒療治も程度問題よ、ジェス」

 ケイトも呆れたように溜息を吐き、ジェスはしゅんとなった。

「ああ、落ち込まないで。本当はサラを口実にして、あなたがあの馬に乗りたかったんでしょう? ジェス」

「それもあるけど。今のままではクレイがちょっと可哀想だから」

「何が?」

「あれだけサラに好意を示しているのに、冷たくされて」

 ジェスの率直な物言いに、ケイトは目眩を覚える。

「それは…。クレイはエリーの婚約者だから仕方ないわ。サラはまだ現実を受け入れられないから、ああいう態度を」

「あの二人、何かあったのかしら」

「何かって、何が?」

「サラは普段、ああいう態度を取る子じゃないもの。クレイもそれは分かっているみたいだし。もし二人の間に何か誤解があるのなら、戴冠式までに解いた方がいいと思ったのよ。その為に二人きりで話す機会を作ってあげたかったの」

「考えすぎよ、ジェス。サラもそのうち落ち着くわ」

 目眩が頭痛に変わりそうだ、とケイトは思う。

「…ならいいけど」

「ジェスだけクレイに乗せて貰えば良かったのに」

 そう言ったセレナにジェスは心外な事を言われた、という顔をする。

「私は一人で乗れるもの。第一、乗馬は自分で手綱を握らないと面白くないわ」

「そうだけど。でも、あの馬に乗ってみたいだけならクレイに乗せて貰ってもいいじゃない。マイリがデラにそうしてもらってるみたいに」

「そんなこと、考えもしなかったわ。サラにお手本を示す時に、私もあの馬に乗れたらいいなぁ、くらいしか」

「結局ジェスって、馬が好きなのね」

「まぁ…そうかな」

 セレナとジェスのほのぼのした会話を聞きながら、ケイトはがっくりと脱力した。

 どうしてエリーもジェスも、サラとクレイを一緒に行動させようとするのだろう。エリーはエリーで、サラがクレイに剣を教えて貰えるように頼んでみて、と耳打ちしてくるし。

 エリーは事情を知らないから仕方ないにしても、事情を知っているジェスまで二人を仲良くさせたがるなんて。

 いやいや、とケイトは思い直す。

 きっとセレナが変な事を言ったせいだ。クレイとサラがお似合いだなんて言い出すから、私が変に意識しているだけなのかも。

 サラもジェスと同様に、男性に対してどちらかと言うと無関心な方だ。

 サラがクレイを意識するのは単にエリー絡みだから。そうでなければ、サラもきっとジェスのように馬にしか興味を示さないかも。

 …とすると、問題なのは寧ろクレイの方、ということになる。

 クレイは今まで淑やかな女性しか見ていないから、お転婆なサラが新鮮に見えているのだろう。

 いっそのこと、エリーの言う通りにクレイに頼んで、サラに剣の稽古をつけてもらったらどうだろう。適度に緊張感が取れて、和やかに仲良くなれるかもしれない。

 そうなれば、クレイは安心してエリーに気持ちを傾けられるようになるだろう。いや、なって欲しい。少なくとも戴冠式までには。

 ジェスの言う通り、あの二人にはちゃんと話をする機会が必要だ。


 湖に着くと、クレイはマイリを馬上から降ろした。

「楽しかった?」

「うん、すごく!」

「少しここで休憩しよう、マイリ」

 クレイがそう言うとデラも馬から降りて、大きく伸びをする。

「マイリはここでお花を摘んでていい?」

「いいよ」

 女の子らしい台詞にクレイは微笑む。マイリは早速たたた、と駆け出して木の陰で咲いている花の側にしゃがんだ。

 クレイは視線を馬を繋ぎ終えたデラに向ける。

「さて、デラ。昨夜の約束だが」

「まさかクレイ様、ここで?」

「丁度いい広さだろう? 初めてここを見た時、練習場にいいと思ったんだ」

 デラは周りを確認して、小さく頷く。しかし木の陰で花を摘んでいるマイリの姿がどうしても視界に入ってしまう。

「ただ、マイリの前では…」

 デラとしては、マイリを怯えさせるような事はしたくない。

「サラの練習を見ていたくらいだ。見慣れているさ」

 デラの考えを見抜いているクレイはそう言うと、剣を抜いた。

「それにこれは練習だ。今日は肩慣らしだから、あまり本気を出すなよ」

 練習用の刃を潰した剣とはいえ、怪我をしないという保証はない。打たれてしまうとそれなりに痛い思いをする。クレイがこう言うからには簡単な手合わせ程度だろうが、剣を持ったクレイはたとえ練習でも容赦がないことをデラは良く知っていた。

 いくら見た目は穏やかに見えても、クレイは戦好きで名を轟かせたワイルダー公国歴代王の血を引く王子なのだ。

「…分かりました。では、お手合わせお願いします」

 ひとつ深呼吸をしてからそう言うと、デラは自分の剣を抜いた。


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