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庭に出ると、馬の世話をするクレイにジェスとマイリが何かの話をしているところだった。
ケイトが言った通りの光景に、デラの口許が緩む。
「クレイ様」
デラは真っ先に主君の名を呼んだ。
「デラ。起きたか」
デラの声に振り向いたクレイは穏やかな笑みで応える。
「おはよう、デラ」
「ゆっくり休めた? デラ」
マイリとジェスがそれぞれデラに声をかける。デラは頷いて笑顔を浮かべた。
「はい。こんな時間になるまで、ぐっすり寝てしまいました。クレイ様、ありがとうございました」
「休める時はちゃんと休息を取っておくのも騎士の務めだ。明日からはこうはいかないぞ」
「はい」
「ねえねえデラ、デラはいくつから馬に乗るようになったの?」
マイリが馬を指してデラに尋ねる。
デラは記憶を探るようにちらりと上を見た。
「…私が自分で馬に乗れるようになったのは、10歳になる少し前だったと思います」
騎士見習いとして城に入る前から馬に乗ったことはあるにはあったが、体面上、そう言っておくようにと王子に言われていた。
現在の生活を得るまでに、デラは人に言うことを憚られることもしてきた。王子からその頃のことをわざわざ言う必要はない、と言われていたから自分から他人に話すことはないが、本当は今のマイリの年くらいから馬は乗りこなしている。
「ほらね、マイリ。まだ自分一人で乗るのは早いって分かったでしょう?」
すかさずジェスがそう言って、デラに感謝の目配せをした。
なんなんだろう。
そして残念そうな表情になったマイリを見て、デラは今までどんな会話があったのかを察する。
「マイリも一人で乗りたいのですか?」
「うん」
「今まで子馬に乗ったことは?」
「ううん」
よく考えてみれば、ここの姉妹は平和で豊かな国の村長の娘達だ。
馬上試合が国民の娯楽になるワイルダー公国とは違って、リブシャ王国では馬の用途も接する機会も全く違うものなのだろう。
そもそも、馬はどこの国でも貴重な動物だから、接することが出来る人間は限られている。
だから長の娘達が女だてらに馬車を操れると聞いた時は、驚愕に近い感動を覚えたくらいだ。
「村に子馬はいますか? 乗馬の練習をしたいのなら、マイリの場合は子馬に乗ることに慣れてからの方がいいと思います。乗馬は危険なんですよ。落馬したら命を落としてしまうかもしれません」
「子馬はいないわ。村に馬を飼っている人はいるけど、年を取った大人しい馬ばかりよ」
ジェスはそう言ってクレイの馬を見る。
「こんなに立派な若い馬を近くで見るのは、私も初めてなの。さすが騎士様の馬ね。サラが怖がる気持ちが少し分かるわ」
「サラさんは馬が苦手なんですか?」
意外な話を聞いてデラは驚いた。あの大人しそうなセレナでさえ馬車を走らせることが出来るのに、剣を扱うサラが馬に乗れないなんて信じられない。
「ええ。何故かサラは大きな動物を怖がるところがあるのよね。でも本人も乗れるようになりたいとは思っているのよ。だからクレイに乗馬を教えてあげて欲しいと頼んでいたら、マイリも習うって言ってきかなくて」
それで、王子はジェスさんに何と答えたのだろうか。
デラがちらりとクレイを見ると、クレイは悪戯っぽい瞳になってニヤリと笑った。
「馬に乗ってみたいだけなら、デラが乗せてくれるよ。マイリ」
「クレイ様!」
「本当?」
デラとマイリの声が同時に被る。
「本来なら僕が乗せてあげるべきなんだろうが…。デラは馬の扱いが上手でね。僕の馬を乗りこなせるのは僕の他にはデラしかいないんだ。だからジェス、この馬には君もサラも一人では乗せられない。戦場に赴く馬で気性の荒いところがあるから、女性の乗馬には向かないんだ」
「そう…残念ね」
心から残念そうにふうっと溜息を吐いたジェスとは対照的に、マイリはキラキラした瞳をクレイに向けている。
「いいの? 本当にデラに乗せてもらえるの、クレイ?」
「ああ。デラはこの馬の世話をずっとしているから、僕の命令よりデラの命令を良く聞くんだ。ちょっとした散歩なら、デラがマイリを乗せた方が安全だ」
嘘だ。王子の愛馬は城の中でも一番聞き分けの良い賢い馬だ。確かに気性が荒いところはあるが、婦人や子供を振り落とすことはあり得ない。
王子はどういう訳か、自分とこの少女の接触の機会を増やそうと目論んでいる。
いくら女性に慣れておかないといけないからって…。
「クレイ様。そんなこと、ケイトさんが許すはずありません」
「ただの散歩だ、デラ。固いこと言うな。もちろんケイトも許してくれるさ。僕も散歩に同行するからね」
なら、王子がマイリを馬に乗せればいいじゃないですか。
その言葉をぐっと飲み込み、デラは声が震えないように懸命に冷静になって当初の目的を告げる。
「…それよりクレイ様。ケイトさんから、昼食の準備が出来たから食堂に来るようにとのことです。ジェスさんもマイリも一緒に行きましょう」
「あら、今日のお昼は早いのね。マイリ、行きましょ」
「うん!」
散歩の話で上機嫌になったマイリは、ジェスの手を取って踊るような足取りで狩猟小屋へ向かう。
その二人の後ろ姿を見送ると、デラはクレイを振り返った。
「どうした、デラ?」
「…何故私とマイリを一緒に乗せようなどと」
「マイリが一人で乗りたがっていたからさ。大人と一緒に乗るのと、年の近い者と一緒に乗るのとでは、気分が全然違うだろう? だからだ」
「ジェスさんとマイリが一緒に乗ればいいだけでは」
「ジェスは僕と同い年だ。彼女も大人だろ? 言ったはずだ、デラ。これも騎士になるための修練のひとつだと」
それを言われてしまっては、デラにはもう返す言葉がない。
ここに王子を呼びに来る前は、王子に対する感謝の念に溢れていたというのに。
我が主君は意地が悪い。
サラさんが嫌うのも当然だ。いい気味だ。
心の中でそう罵りながら平静を努めようとしているデラを見て、クレイは平静を装いながら笑いを噛み殺す。
ここへ来てから感情表現が豊かになってきたデラをクレイが面白がっていることなど、今の余裕のないデラにはとても気付きようがなかった。
デラは裕福な家庭の子息とかではなく、運良く王子の従者になれた元浮浪児です。
生きるために小さな盗みや馬泥棒とかしていました。
そのお話を、いつか短編で書きたいと思います。




