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翌朝、朝食前に狩猟小屋から森に向かったサラとマイリとデラは、サラが見つけた木苺の実を籠いっぱいに集めていた。
朝露に濡れた木苺は、朝の光を受けてつやつやと輝く。
「木苺狩りなんて、ワイルダー公国では考えられないことです」
デラは夢中になって宝石のような赤い実を摘んでいく。
「喜んでもらえて良かったわ。デラ、熟していても小さすぎる実は採らないでね。今回は国王夫妻に献上するから、大きさを揃えておきたいの」
「…いくつか採ってしまいました。すみません」
「謝ることないわ。食べちゃっていいのよ」
サラはくすりと笑う。
「マイリなんて、食べている量の方が多い時があるんだから」
「そんなことないもん」
「あーら。ジェスがジャムを作ろうとして、いつも断念してしまうのは誰のせいだったかしら」
「木苺のジャムは、我々にとって高級品です。王侯貴族しか口にしません」
「えっ? デラ、食べたことないの?」
「はい」
マイリの問いに素直に答えたデラに、サラは驚く。
「村ではみんな家で作っているわよ。わざわざ買うものでは…」
「クレイ様が仰っていたのは、そういった事です。森や自然を大事にしなかった報いなので、自業自得なのですが。しかし多くの国が、リブシャ王国のように森の女王と共に歩むということをしませんでした。ですから、この国では普通の事が近隣諸国ではそうではないのです。村人どころか城に仕える者ですら、このジャムを口にする機会は殆どありません」
「…そうだったの」
サラは改めて、この国や村の豊かさを思う。そして将来この国を率いることとなる、エリーのことも。
「初めて来た日、この木苺で作ったパイをご馳走していただけた時は、とても嬉しかったです。それに、ジェスさんは村でも有名なパイ作りの名人とうかがいましたので」
「ジェスの作るパイは王都でも引けを取らないと思うわ。パイを国に持って帰るのは難しいと思うけど、ジャムなら持ち帰れるわよね。多めに作っておくから、国に持って帰る?」
「いいんですか?」
「ええ。ジャムは私達より母さんが作った方が美味しいから、母さんがここに来た時に頼んでみるわね」
「ありがとうございます、サラさん」
その時まで滞在しているかどうかは分からない、という事実をおくびにも出さず、デラはにこりと笑った。
簡単な朝食を済ませると、ジェスとマイリは早速パイ作りにかかりきりになった。
「君はパイ作りに参加しないの?」
先に朝食を済ませて馬の様子を見ていたクレイは、庭に出てきたサラに声をかける。
「ええ。私は休憩することにしたわ。…エリーが来るのに、何処かへ行くの?」
「出掛けるのはデラだ。ちょっと用事を頼んだんだ」
「町へ用があるのなら、エリーの御者に頼めば連れて行ってもらえるわよ」
クレイは苦笑する。
「女性ならともかく、馬も持っている騎士が他国の王族の馬車に乗せてもらうのは変だろう?」
「デラのことよ」
「デラは見習い中とはいえ、本物の騎士だ」
やけにきっぱりと言うクレイに、サラは首を傾げた。
「そうだとしても、よく知らない国なのに一人で行かせるなんて」
「昨日ケイト達と王城近くまで出掛けているし、地図もある。それに我が国では、あのくらいの年の頃から騎士見習いは一人前の騎士として振舞うことを要求される。城で暮らす場合は特にね。デラはこういう事態に慣れているよ。でないと王子の従者は務まらない」
クレイは馬をそっと撫でて、それからサラを見た。
サラが初めて見た時もそう思ったが、こうして栗毛の馬の近くにいるとクレイの金色がかった亜麻色の髪は、朝の光を受けてとても不思議な色合いをしていることが分かる。
ふと鳶色の瞳が物問いたげにしていることに気付いたサラは、慌てて視線を馬に移した。
「その馬はあなたの?」
馬車を引いた馬より上背のある大きな馬は、サラにちょっとした恐怖を抱かせる。
「ああ。乗ってみる?」
「…遠慮しておくわ」
「ちゃんと支えてあげるよ。怖がらなくてもいい。この森は綺麗だから、散歩には打って付けだ」
サラは驚いて目を見張った。
「どうしてそれを…」
「エリーから聞いた。馬は苦手なんだってね。もし乗れたら、お互いに行き来が楽なのに、と残念がっていたよ」
「そんなことまで、エリーが話したの?」
「ああ。だって、エリーは君と一番仲が良かったんだろう? 君の話が多くなるのも当たり前…」
クレイが言い終わらないうちに、サラはぷいっと背中を向けて森への小径に向かってしまった。
「おい、サラ!」
王子に対してあまりに失礼な態度に一瞬呆然としてしまったクレイは、我に返るとサラを呼んだが、サラは振り向きもしなかった。
「何なんだ、一体…」
「サラの無礼をお詫びするわ。王子」
独り言のつもりだったのに返事が返ってきてクレイは驚く。
振り向くとケイトがそこにいた。
「…サラは僕を嫌っているようですね」
クレイは仕方無さそうにふうっ、と息を吐いた。
「そんな事はないわ。拗ねているだけよ。あの子、まだまだ子供なのよ。エリーをあなたに取られるのが嫌なだけ」
「取るだなんて。仲の良い二人を引き裂くつもりはありません」
「あの子にとってはそうではないのよ。置いていかれたような気分、と言えば伝わるかしら?」
その気持ちなら、クレイにも何となく理解出来た。年の離れた兄二人が自分よりもずっと大人に見えてしまう、あの感覚。
「エリーがこの国を離れるわけではないのに…」
「そうだからこそ、かもね。近くにいるのに気持ちが離れてしまうなんて、堪え難いもの。だけど、だからこそあなたにはエリーの婚約者として堂々としていて欲しいわ。そうでなければ、それこそサラが許さないわよ」
「難しいな」
クレイは苦笑する。
「…サラに気に入られたいのは、エリーの大切な人だからよね?」
「ええ」
難なく答えたクレイに、ケイトはそっと安堵の息を吐いた。
「それを聞いて安心したわ。クレイ、あなたに見せたい物があるの。いらっしゃい」
そしてクレイを促すように狩猟小屋へ向かった。




