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神酒鑑定師と鬼の王  作者: 蒼崎しんのすけ


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第四話「首なし武者と東国の酒」

京都から東へ


夜行列車を乗り継ぎ、真澄たちは関東へ入った。


車窓の向こうに広がる景色を眺めながら、真澄は一升瓶を抱えていた


「……なんで酒を抱えてるんだ?」


酒呑童子が尋ねる


「お前が勝手に買ったんだろ」


「そうだったか?」


「そうだよ」


「なら問題ない」


「あるよ」


茨木が隣で笑う


「兄様昨日からずっと飲んでますよ」


「千年ぶりだからな」


「その言い訳いつまで使うつもりですか?」


「千年分飲み終わるまで」


「一生終わりませんよ」


酒呑童子は豪快に笑った。


だが


笑いながらも、その目は窓の外を見ていた。


東へ


さらに東へ


「……近いな」


「何が?」


真澄が尋ねる


「将門だ」


酒呑童子の声が少し低くなる


「さっきから気配がする」


「怨霊の?」


「ああ」


「怖い?」


「まさか」


酒呑童子は笑う


「懐かしいだけだ」


やがて三人は、古い町へ到着した


今回の依頼人は、酒蔵の主人だった。


「実は……」


主人は青ざめた顔で話した


「うちの蔵で 毎晩酒盛りが起こるんです」


「酒盛り?」


「はい」


「誰が?」


「それが……」


主人の声が震える


「誰もいないんです」


真澄が眉をひそめる


「誰もいないのに?」


「夜中になると 蔵の中から何人もの笑い声が聞こえるんです」


「酒を飲む音も?」


「はい」


「どんな音?」


主人は唾を飲み込む。


「盃を置く音」


――カン


「酒を注ぐ音」


――トクトク


「そして……」


主人の顔が青くなる


「首のない男が歩く音」


茨木が酒呑童子を見る


酒呑童子は笑っていた。


「面白そうだな」


「お前は本当に怪異が好きだな」


「違う」


「じゃあ何?」


「酒盛りがあるんだろ?」


「そこ?」


酒呑童子は真顔だった。


「俺様を呼んでいる」


「絶対違うと思う」


その夜


三人は酒蔵の中で待った。


時刻は午前零時


――シン


静寂。


午前一時


――シン


何も起きない


午前二時


酒呑童子が欠伸をした。


「まだか?」


「寝るなよ」


「眠い」


「鬼って寝るの?」


「寝るぞ」


「千年間も?」


「寝る暇がなかった」


その瞬間


――トクトクトク


酒が注がれる音がした。


真澄が立ち上がる


「来た!」


暗闇の奥


誰もいないはずの場所で、盃が一つ浮かび上がった。


そこへ酒が注がれていく


――トクトクトク


さらに一つ


さらに一つ


盃が十個


二十個


三十個


無数に増えていく


そして


――カン


最初の盃が鳴った。


次々と音が重なる


カン


カン


カン


まるで大宴会だった。


酒呑童子が立ち上がる


「いるな」


「何が?」


「鬼だ」


真澄の背後に、巨大な影が現れた。


鎧


刀


そして――


首がない


「うわっ!」


真澄が後退する


首なし武者が刀を抜く


酒呑童子が前へ出た。


「おい」


首なし武者が止まる


「その刀」


酒呑童子が指差す


「俺の知ってる奴のだな」


首なし武者が刀を振る


――ブォン!!


酒呑童子が腕で受け止める


「なるほど」


刀が腕に食い込む


しかし血は出ない


酒呑童子は笑った。


「相変わらず馬鹿力だ」


真澄が叫ぶ


「知ってるのか!?」


「たぶんな」


酒呑童子は刀を掴んだ


「将門だ」


次の瞬間


首なし武者が巨大化した。


蔵の天井を突き破るほどの巨体になる


「兄様!」


「下がってろ!」


酒呑童子の身体が赤く輝く


角が大きく伸びる


鬼気が爆発する


「久しぶりに本気で殴れそうだ!」


拳を握る


首なし武者が刀を振り下ろす


酒呑童子は真正面から受け止めた


――ドォン!!


地面が割れる


「重いな」


酒呑童子が笑う


「だが――」


刀を押し返す


「千年前より弱いぞ!」


拳が武者の胸を貫く


――ズドン!!


巨大な身体が吹き飛ぶ


だが 


倒れた武者の身体から黒い煙が噴き出した。


その煙が集まり、人間の顔になる


「……酒呑……童子……」


「やっぱりな」


酒呑童子が目を細める


「お前は将門本人じゃない」


真澄が驚く


「え?」


「こいつは将門の記憶を使った偽物だ」


黒い顔が笑う


『よく分かったな』


「俺様は本人と飲んだことがある」


酒呑童子が拳を握る


「偽物くらい分かる」


黒い影が叫ぶ


『ならば本物を見せてやる!』


その瞬間


酒蔵の床が真っ黒に染まった。


大量の酒が流れ出す


しかし


それは酒ではなかった。


血のように赤い液体


真澄が顔をしかめる


「これ……怨念だ」


「真澄!」


酒呑童子が叫ぶ


「その酒を読むな!」


「でも――」


「危険だ!」


だが遅かった。


真澄の指が液体に触れた


世界が変わる


――東国


千年前


荒々しい風が吹いている


一人の男が立っていた。


黒い髪


鋭い目


豪華な甲冑


平将門


その隣には――


若き酒呑童子


二人は大きな盃を持っていた。


「お前 本当に人間か?」


将門が尋ねる


「鬼だ」


「なら鬼らしくしていろ」


「嫌だ」


「なぜ?」


「人間の酒がうまいからだ」


将門が笑った。


「変な鬼だ」


「お前もな」


二人は酒を飲む


「将門」


「何だ?」


「この国をどうする?」


将門は遠くを見る


「強い者が弱い者を守れる国にする」


酒呑童子は黙る


「……お前 本気か?」


「本気だ」


「なら」


酒呑童子が盃を掲げる


「俺も手伝ってやる」


将門は笑った。


「鬼に国造りを手伝ってもらうのか?」


「鬼にもできることはある」


「例えば?」


「酒を飲む」


「役に立たんな」


二人が笑う


だが


その夜


将門の前に一人の黒衣の男が現れた。


「あなたは やがて裏切られる」


「誰だ」


「人間は 強い者を恐れる」


「……」


「あなたの理想も」


黒衣の男が笑う


「いずれ怨みに変わる」


将門は刀を抜いた。


「くだらん」


「では、見ていろ」


男は消えた


映像が途切れる


真澄が現実へ戻った。


「……将門も利用された」


酒呑童子が頷く


「そういうことだ」


「でも誰が?」


「それを探してるんだろ」


黒い影が再び現れる


『もう遅い』


酒呑童子が振り返る


『将門は目覚める』


「なら起こしてやる」


酒呑童子が笑う


「本人をな」


真澄が叫ぶ


「どうやって?」


「簡単だ」


酒呑童子は酒蔵の一升瓶を一本取った。


「将門が好きだった酒を持っていく」


「どこへ?」


「首塚だ」


茨木が目を見開く


「兄様 本気ですか?」


「ああ」


「首塚には強い結界があります」


「知ってる」


「危険ですよ」


「だから行く」


酒呑童子は笑った。


「俺様が千年前に飲み残した酒を 本人に返してやる」


真澄は酒瓶を見つめる


瓶の中には、淡い黄金色の酒が入っている


その酒から


声が聞こえた。


――酒呑童子


真澄は顔を上げる


「今……将門の声が」


酒呑童子が笑う


「やっぱりな」


「聞こえたの?」


「ああ」


酒呑童子は瓶を肩に担いだ


「行くぞ 真澄」


「どこへ?」


「将門を起こしに行く」


翌朝


三人は古い塚の前に立った。


風が止んでいる


鳥の声すらない


酒呑童子が一歩前へ出る


「将門」


返事はない


酒呑童子は酒瓶を開けた。


「千年前の約束 覚えてるか?」


静寂


「強い者が弱い者を守る国を作る」


酒呑童子は盃に酒を注ぐ


「お前はそう言った」


盃を塚の前に置く


「だったら起きろ」


――ゴゴゴゴゴ


地面が揺れた。


茨木が身構える


真澄が酒瓶を握る


酒呑童子だけは笑っていた。


「よう 将門」


塚の奥から


巨大な手が伸びた


地面を掴む


そして――


赤い二つの目が開く


「……酒呑童子」


地の底から声が響いた。


酒呑童子が笑う


「久しぶりだな」


「……千年か」


「ああ」


「ならば――」


地面が割れる


巨大な甲冑の男が立ち上がった。


「まず一杯付き合え」


酒呑童子は大笑いした。


「そうこなくちゃな!」


二人の鬼と怨霊が向かい合う


真澄はその光景を見ながら思った。


道真に続いて


今度は将門


三大怨霊の二人目が、目を覚ました。


しかし


その瞬間


遠くの空で


黒い雷が走った


将門が空を見上げる


「……あれは」


酒呑童子の表情が変わる


「どうした?」


「崇徳院だ」


真澄が息を呑む


「もう三人目が……?」


将門は首を振った。


「違う」


「では?」


「呼ばれている」


酒呑童子が空を睨む


「誰に?」


将門は答えた。


「怨みを集めている者に」


酒呑童子が拳を握る


「上等だ」


その顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。


「三人まとめて利用しようってんなら――」


赤い鬼気が空へ噴き上がる


「俺様が全部ぶっ壊してやる」


そして東国の空に


鬼の王の咆哮が響き渡った。


――第二部・第四話 終――

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