9.救出
「は? どういうことだよ。禁止って」
思わず口から出た言葉は、かなり険のあるものになっていた。オレの百合ハーレム道を妨げるだと? いくら親でもそれは許せん。
「なに? 私に逆らうの?」
「あぁ。大いに逆らうね。そっちだってたかが母親の分際で押し付けてくるの?」
リーザは必死そうに叫んだ。。
「母親だから、押し付けるのよ! 我が子の安全を願って何が悪いのッ!」
ハイ論破(された側)。そりゃそうだ。道理で言えば、親が子供の行動を制限するのは当たり前だ。
リーザは座卓を回り込んできて、ソファに座っているオレの背後から両肩に手を置いた。
「ねぇ、行かないわよね? わかったわよね? 私はあなたのためを思って言ってるのよ?」
重い。肩に置かれたリーザの手が、途方もなく重い。
両手から発される気が、オレの身体を押さえつけ、地面に、現在に、母親の元に縫い留めようとしている。
まぁ、リーザの言うこともわかる。オレも我が子がいたとして、同じようなことを言い出したら止めるかもしれない。
でも。
だからこそ。
この親の手を振り切るのは、子供の仕事ではなかろうか。
「……行くよ。悪いけど」
オレはそう言って席を立った。重いと感じていたリーザの手だったが、足に力を込めて立ち上がると意外と軽かった。
廊下で、追いかけてきたリーザに腕を掴まれた。
「だ、駄目よ」
オレは必死の形相のリーザに少し申し訳なくなり、なるべく優しい声になるよう気を付けた。
「悪いけど、ごめん、母さん……」
リーザが遮って、ヒステリーを起こしたように叫ぶ。
「私たちを馬鹿にしたあんな奴らのために、命を危険に晒す意味なんてないでしょッ!」
「……アルマの方は追放されて精神的に不安定だったから、しょうがないんじゃないかな。エスタさんはしっかり謝ってくれたじゃん」
「だ、だとしても、リオは私の子供なのよ! 言うことを聞きなさい! ここまで育てたのに、無駄に死んでもいいっていうのッ!」
気持ちはわかる。でもオレにも譲れないものがある。前世では全力で生きられなかったという後悔。人生のあらゆる選択で、煮え切らないものばかりを選んでしまったという後悔。オレが一番だと思う未来を、端から諦めて掴もうとすらしなかった後悔。
後悔ばかりだ。だからオレは、この世界では全力でハーレムの主になることを決めた。全身全霊で。
魂を込めて。
今ここで助けに行かなければ、魂が死ぬ。死んで、次はない。この世界でも凡庸な一生を送ることになる。
今、この瞬間なんだ。人生の分かれ道は。
……とはいえ、前世の話なんかできない。あなたの子供は本当は死んでいて、代わりに入ったのがオレなんですよ、だなんて言う覚悟は今のオレにはない。
どう説得するか……。
オレは、以前盗み聞きしたリーザの昔話を思い出した。修道女学院で生徒と教師を喰い散らかした後に、親に逆らって女学院からも実家からも出奔して冒険者になった、という話だ。
この辺から切り込んでみよう。
オレはリーザの瞳を真っすぐに見返した。
「……実家を飛び出したリーザお母さんには、似合わない台詞だね」
リーザは明らかにひるんだ。腕をつかむ手の力が緩んだのを感じて、オレはリーザの手をそっと外す。
ここからどう説得しようかと思ってたけど、予想以上のクリティカル・ヒットだった。
「そ、それとこれとは……っ!」
「同じなんじゃないかな、多分だけど」
リーザはなおも言い返そうとしていたけれど、やがて項垂れた。
俯いてしまったリーザに背を向けて、オレは二階の自分の部屋に向かう。リーザはもう追いかけてこなかった。
代わりにオレが階段を上ろうとしたときに、乾いた呟きがぽつんと落ちた。
「そっか……お母さん、そういうことだったんだ……」
その時のリーザの口調は、まるで思春期の少女のようだった。
クローゼットを開け、訓練で使っている革鎧を着込んだ。木剣を想定した訓練用の安い革鎧だが、ないよりはマシだろう。同じくナックルパートに鉄板を取り付けた安物のグローブも手にはめる。
「……リーザは、オレじゃなきゃ、いい母親なんだろうな。ちょっと感情的だけど」
子供を馬鹿にされて怒り、竜に立ち向かうと言う息子を止める。普通だ。当たり前だ。
だが。
オレは昨日の馬小屋でのアルマとエスタを思い返す。
貴族令嬢のアルマはオレたち家族を全員纏めて馬鹿にした。だけれど、あの馬小屋での話を盗み聞きした後では、アルマとエスタは簡単に見捨てていい悪人たちだとは思えない。誰にだって事情はある。
それになにより、初めて竜を見るのだ。
「……よし!」
オレはガチン、とグローブのナックルパートを打ち合わせる。
リーザやアルマたちには申し訳ないけど、正直に言うと初めての竜にワクワクもしていた。
……あと、助けた二人からどんなご褒美がもらえるかも、楽しみだ。オレの上で二人でイチャコラとかしてくれねーかな。主従丼を是非いただきたいです。
オレは窓から飛び出し、風魔法を使うまでもなく、ふわりと着地した。街道へ続く森の小道へと向かう。リーザ村から森の小道へ入ると、横を流れるのは様々な形をした葉を纏う木々と絡みつく太い蔓。鳥獣の怯えたような鳴き声が喧しい。
「Gouuuuuuaaahhhhhhh!!!]
竜の咆哮も、当然聞こえてくる。
「こっちか!」
咆哮は道の先ではなく、やや道から外れた森の中から聞こえてきた。アルマとエスタが、竜が動きにくい森の中に逃げ込んだんだろう。
森といっても木々は結構まばらに生えていて、ジャングルのように鬱蒼とはしていない。土と落ち葉の地面にも日が差し込んでいる。
木々が折れる音や地面に沈み込む音も響いている。オレは音のする方向へ、なるべく気配を殺して駆けていく。竜を見つけるのにそう時間はかからなかった。
「いた……ッ!」
最初に見えたのは二匹の竜だった。身体は赤銅色のうろこに覆われている。腕が長く、丁度太さも長さも成人男性の身体くらいある。同じくらいの尾と首。そして頭部には肉を引き裂くための牙がずらりと並んだ顎、歪んだ角、そして獲物を見下ろす冷たい瞳が備わっていた。被膜と硬い表皮に覆われた翼も生えている。
二匹の竜の前では、鎧を着込んだエスタが、血に塗れた剣を両手で持って竜に向けていた。傍らには氷でできた分厚い盾のようなものが浮いている。魔法だろう。
エスタが叫ぶ。
「お嬢様! 今のうちに次の木に移ってください!」
「……もうダメよ! 逃げたって無駄だわ! 助けなんか来ない……私はここで死ぬのよッ!」
「だとしても! です! あの村にだっていざというときの戦力くらいあるはずです! それが来るまで持ちこたえれば勝機はあります!」
「……ずず、ぐすん」
エスタの背後の大木の陰に隠れていて見えなかったアルマが立ち上がり、泥にまみれた姿を現した。そのアルマがオレの方へ走ってくる。
「……あ」
顔を上げたアルマがオレに気が付いた。アルマの顔は涙と鼻水と泥で見られないほどに汚れている。
「あんた、なんで……」
「エスタさん! アルマを逃がします!」
オレはアルマを無視してエスタに向かって叫ぶ。一瞬エスタがオレを振り返って、ふっと安堵の笑みを浮かべた。すぐに竜たちに視線を戻して叫ぶ。
「お預けしますッ! 末永く幸せにしてあげて下さい!」
応よ!
……って、エスタも冗談を言うんだな。




