最終話 女王の願い
ドリスとの決着から半月ほどが経っていた。ロンテディア王国はすっかり日常を取り戻していた。
やはりこの世界はゲームの中なのだ。その証拠に無上の融合魔法をぶっ放し、城や街に甚大な被害をもたらしたというのに、たった数日で元通りになっている。まるで何事もなかったかのように私の戴冠式が行われた。
私はロンテディア王国第31代の女王になった。頭に小さな王冠を乗せ、きらびやかなドレスに身を包んでいた。髪は腰まで伸びていて外見は生前の王女ニーナと瓜二つだった。
「ああ……、何で私は女王になっちゃったんだろう……」
振り返ってみても記憶はあやふやだった。何かが壊れてしまったのだろうか。ヴォルフを失った私は目的をなくし、毎日を抜け殻のように過ごしていた。
気がつくと心底嫌がっていた女王になっていた。自分を見失っているうちに、こんなことになるなんて……。まったくの不覚だった。
加えて最悪なことに魔法使いから女王にジョブチェンジしたことで、冒険者レベルは99から1になってしまった。あれだけあった経験値は吹き飛んでステータスは弱小へ逆戻り。使える魔法はスローイングダガーと生活魔法だけという有様だった。
「そんなの聞いてないよぉー」
私はすべてを失い喪失感に苛まれていた。冒険なんて絶対に許されず、外に出る事さえままならなかった。
ただ居室の窓から外を眺める日々が続いた。こんなことだから最近の私はため息ばかりついていた。
「毎日毎日つまらない仕事ばかり押しつけてさ。これじゃゲームができた前の生活の方がよっぽどましだよ……」
私は窓の縁に突っ伏してぼやいた。すると間を置かず、コツコツとドアをノックする音がした。部屋の外にいた衛兵だった。
「ニーナ様、アウラが来ております」
「ああそう。通して」
アウラと顔を会わせるのは、ずいぶん久しぶりのような気がした。冒険していた頃は毎日ずっと一緒だったのに。私は重い体を起こしてアウラを部屋へ招き入れた。
「ニーナ様、謁見のご許可をいただきありがとうございます」
アウラがうやうやしく礼をした。
「もう! そんなかしこまらなくていいって、いつも言ってるでしょ!」
私は明らさまに嫌な顔をした。それでもアウラは態度を崩さなかったけど、衛兵が部屋を出るやいなや私の元に駆け寄って来た。
「だって仕方ないじゃん! 女王にタメ口聞けるわけないでしょ。私にも立場ってのがあるんだから!」
アウラはぷっと頬を膨らませて怒っていた。お互い立場が変わり、いつでも会えるわけではないけれど、顔を合わせればやっぱりいつものままだった。私は少し安心する。
「それでどうかしたの?」
「はい、おみあげだよ」
アウラが目の前に紙袋を差し出した。
「ん? 何これ?」
「ロンテディア豚まんだよ」
それは街の名物で、国外へ追放された時、もう口にすることはないと諦めていたものだった。そばにあったテーブルで一緒に食べる事にした。
「あつあつだよ、気をつけてね。はい!」
アウラが袋から大きな豚まんを取ってくれた。白くふかふかの生地をちぎって割ると、湯気がふわりと立ち上った。中にはたっぷりと具が詰まっていて、溢れ出した肉汁がきらきらと光っていた。私は大きく口を開けて頬張った。
「うんまい!」
「さすがロンテディア名物だけあるでしょ。いつも行列ができていて買うのに苦労するんだから」
しばしふたりで舌鼓を打った。ホッと胸の奥が温かくなる。最近の私は豪華な貴族の料理ばかり口にしていたせいで、こうした庶民の味に飢えていた。
私が満足げにしていると、アウラがタイミングを計ったように口を開いた。
「ねえ、ニーナ。最近元気ないって噂になってるよ。知ってた?」
「……」
「ため息ばかりついて気持ちが上の空だってみんな心配してるよ。なかなか女王様生活に馴染めてないみたいだけど」
私は無言で豚まんを食べていた。日々の苦労なんか口にすれば、途端に弱音を吐いて泣いてしまうだろう。だから私はぐっとこらえてアウラを恨めしそうに見つめた。
「アウラは順調そうで何よりだね……」
「そうなんだよ。私は順調も順調。絶好調だよ。だってニーナのおかげでロンテディア王国騎士団に入団できたんだもん! それに今日はリガードさんとレイズさんに褒められたんだよ。ウィンドウ・ジャベリンをはじめて正面に飛ばせたんだから!」
アウラは興奮気味に豚まんでほっぺを膨らませたまま言った。
「びゅんって勢いよく飛んでいくのを見たら私感動しちゃった。かっこいいよねウィンドウ・ジャベリンって」
アウラは実に得意げだった。子どものように目を輝かせる様子から、充実した日々を送っていることがうかがえた。
私がアウラのウィンドウ・ジャベリンに追いかけられたのも、今となっては旅のいい思い出だ。
「リガードとレイズ、本当にちゃんと褒めてくれたの? ふたりの顔引きつってなかった?」
「失礼な! ちゃんと褒めてくれたもん。不審な点はなかったけど!」
アウラは否定するけど、あのふたりの苦労を思うと笑いがこみ上げてくる。
でも会話が途切れると、すぐに私は浮かない顔に戻ってしまった。頭の中をぐるぐると回るのは、私はここで何をしているのだろうという思いだった。
私は何のためにゲームの世界に転生したのだろう……。気がつくとそんなことばかり考えていた。
ちょうど豚まんを食べ終えた頃だった。アウラが神妙な顔で尋ねてきた。
「ねえニーナ。ひとつ知っておきたいことがあるんだ……」
「何のこと?」
「ニーナが使った無上の融合魔法のことだよ。ずっと気になってたんだ。あの時、ニーナは何を願って魔法を撃ったんだろうって」
無上の融合魔法は術者の願いを映して、世界を作り変えてしまう力を持っている。私もその瞬間、魔法に願いを込めていた。
「言うの恥ずかしいんだけど……」
私は柄にもなく照れていた。ふうっと大きく息を吐いて、ぽつりと願いを口にした。
「……私は、人と魔物が仲よく暮らせる世界になって欲しい、って願った」
ヴォルフが死んで私はつくづく戦いが嫌いになっていた。ゲーマーを自負する私が、ゲームを否定するかのようでお恥ずかしいかぎりだけど、今の私はイージーモードを選択したい気分だった。
そんな私にアウラはやさしく微笑んでくれた。
「そっか。すごくいい願いだね。私もそんなやさしい世界で、また旅ができたらいいな」
普通なら、アウラの言葉は私の救いになるはずだけど、私は首を横に振った。
「それはもう無理だよ……。私は女王になったし、経験値もなくなったし、ヴォルフがいないんじゃ何もできないし……」
私は今にも泣きだしそうだった。せっかく世界を作り変えたというのに、私は何もできないでいた。
悔しくて、悲しくて、どうしようもなく歯がゆかった。
「何だか全然ニーナらしくないなあ。私はニーナといっしょに旅へ出るのを待っているのに。ニーナも本当は諦めてないんでしょ。だって、リュックもローブもまだ手元に残してあるじゃない」
アウラは部屋の隅に目をやった。そこには使い込まれた旅の道具が静かに置かれていた。
「ねえニーナ。実は今日ここに来たのは、大事な届け物があったからなんだよ」
「私に?」
「そう。偶然モルドレニアで見つかったんだよ。レイズさんに聞いたらこれを使えるのはニーナだけなんだって」
アウラはローブのポケットからそれを取り出した。包んでいた布をそっと外すと、片手に収まるほどの小さな物体が現れた。いびつな形をしたそれは、陶器のように白く、光を反射して艶めいていた。
私には見憶えがあった。
「これ、ドラゴンの心臓……!?」
それはラスボスを倒しゲームをクリアした者のみに与えられるアイテムだった。どんな願いも叶えると言われていた。
アウラは私の手のひらにそれを乗せると、そっと包み込むように私の手を握った。
「ねえニーナ。私はニーナと旅がしたい。ニーナが作り変えた世界を、自分の目で見てみたい。だからお願い。私を冒険に連れて行って」
私ははっと顔を上げた。もう、いても立ってもいられなかった。胸の奥から熱いものが湧き上がって、自分の気持ちを抑えることができない。
このドラゴンの心臓があれば私の願いも、アウラの願いも叶えられる。
「モーニングルーティーン!」
私は魔法を唱え旅の仕度を整えた。その姿はローブをまといリュックを背負った魔法使いの冒険者だ。
私はうれしくてアウラの手を取り部屋を飛び出した。
「ニーナ様どちらへ!?」
衛兵が叫ぶ。
「今から冒険に行くんだ!」
私たちは階段を駆け上がり、城の中庭へ飛び出した。青空のもと、勢いをそのままに、手にしたドラゴンの心臓を高く放り投げた。
「我が元へ出でよ! 私の親友、ヴォルフよ!!」
空に浮かんだドラゴンの心臓からまばゆい光が放たれた。すると大空から翼を広げ、颯爽と舞い降りてきたのはヴォルフだった。
ふたりで中庭からジャンプして、風を切るままヴォルフの背中に飛び乗った。
「ヴォルフ! 会いたかったよ!」
私たちはヴォルフの体に抱きついた。久しぶりの再会に全身でうれしさを表した。ヴォルフも喉を鳴らしてうれしそうに目を細める。
「さあ、行こう! 新しい冒険のはじまりだ!」
私は大きく腕を振って指を差した。その先に未知の大地が広がっていた。まだ見ぬ仲間たちが、私を待ってくれている。
ヴォルフが翼を大きく広げ力強く羽ばたくと、瞬く間に大空へ舞い上がった。
——Fin




