第四話 神様の授けた力
『うわわわわわわわわわわわわわ!』
それは雄叫びか悲鳴か。
タナカは、突撃してくる魔物を目前に動かなかった。いや、動けなかった。
「逃げろ!」
無理だとわかっていても気がついたら叫んでいた。
魔物とタナカとの間は、もう手を伸ばせば届くほどに近い。
魔物の三つの頭のうち、真ん中の一つがタナカ目がけて食いかかる。
もうダメだ。
俺は、無意識に目を背けた。
この後起こる惨状を想像したからだ。
しかし、いつまでたっても何も聞こえない。
タナカの断末魔もしなければ、魔物の咀嚼音もしない。
ただ一つ
「そんな、まさか……」
目を背けることなく事態の一部始終を見ていた村長が、愕然とした様子で呟く声だけが聞こえた。
その声につられて顔を上げる。
するとそこには、信じられない光景が広がっていた。
魔物の真ん中の頭は、たしかにタナカに食いかかっていた。
だが、その攻撃はタナカの目の前で止まっていたのだ。
まるでそこに見えない壁があるかのように、魔物の牙はタナカには届いていない。
魔物は、残りの頭で左右から挟み込むようにタナカを狙った。
しかし、その攻撃も同じように見えない壁に阻まれる。
俺たちはその光景に見覚えがあった。
「聖騎士が使う聖なる守り……
なんで異世界人のタナカが使えるんだ」
聖騎士団は、神聖アルベア皇国の守護者。
神に仕え、神を模した力を修行により手に入れたもの達のことを言う。
聖騎士団に所属する聖騎士は、常人にはない特別な力で魔物と戦う。
その特別な力の中に、「聖なる守り」というものがある。
それは、聖騎士にとって最も基礎的な力で、同時に最も有用な力の一つである。
どんな力かというと、一言で言えば、悪鬼の谷に住む邪悪なものからの攻撃を防ぐ力である。
それはまさに今のタナカのように、見えない壁で全身を守られているように見える。
しかし、それらはあくまでも神の導きの下で尋常ではない修行と鍛錬の日々を送った聖騎士であるから扱えるものである。
今この世界にやってきたばかりのタナカにそんな力が……
そこまで考えて、俺は思い出した。
タナカが、元の世界で死んだ後、神を名乗る声を聞いたという話を。
「まさか、高い能力って」
脳裏に浮かんだ仮説は、その直後から確信に変わる。
見えない壁に噛み付いた三つの首の魔物。
その魔物に対峙していたタナカが、おもむろに握りしめた右手を前に突き出したのだ。
それは、パンチというにはあまりにも弱々しい腰の入っていない一撃だった。
その一撃で、魔物の巨体が弾け飛んだ。
まるで小さな羽虫を払うかのように、なんの抵抗もなく、魔物は跡形もなく消え去った。
飛び散った破片は闇の霧となってどこかへ飛んでいく。
後に残されたのは、自分の右手を信じられないといった様子で見つめるタナカと、その姿をさらに驚きの目で見る俺たちだった。