最終話 訴追者カイン
生温かく生臭い雨が降っている。
また視界が赤く染まる。
目の前には、肉塊が二つの転がっている。
「テンセイシャ……」
右腕の意思が流れ込んでくる。
憎悪と怒りの復讐心が、心の中で巨大な炎となり燃え上がる。
右腕を振るう。
肉塊が三つになった。
もう一度振るう。
肉塊がまた増えた。
「モット……モット……」
もっとなんだ?苦痛を与えるのか?
でも、この肉塊にはもう命なんて呼べるものは残っていないんじゃないのか?
いや、そんな事は関係ないのか。
転生者の罪を訴える者。それが俺だから。
この肉塊には、その罪の分だけ苦しみを。
流れ込む感情に任せて振り上げた右腕を誰かの手が掴んだ。
「もう大丈夫!タナカは死んだわ。
これ以上やってしまったら、あなたの心が魔物そのものになってしまう」
柔らかいその手に懐かしさを感じる。
赤く染まった視界では顔がわからない。
右腕の声が頭の中で鳴り響くので、誰の声かも分からない。
ガイさんのときのように振り払おうとしたが、何故か体に力が入らない。
「私にはもうあなたの妻になる資格はないけれど」
右腕を抑えていた手が離れ、今度は暖かさが体全体を包み込んだ。
タナカの攻撃で服を吹き飛ばされ、裸になっていた体を人の暖かさと心地いい柔らかな感触が包んだ。
「あなたには人間でいてほしいの」
俺を包み込んだ暖かさは熱となった。
そして、一番熱く一番柔らかいものが口に触れた。
「リーナ……」
赤く染まっていた視界は無くなり、目の前一杯に俺の好きな人の笑顔があった。
「ありがとう、そしてごめんなさい」
泣き笑いのような表情のリーナは、もう一度唇を重ねた。
周りを見渡すと、もはや元が何であったのか判別がつかない肉片が飛び散っている。
その側に立ち、裸で抱擁しながら口づけを交わす二人を村の人たちは遠巻きに見ている。
今何が起こったのか、俺が何をしたのかはおぼろげに覚えている。
ガイさん、フェルナード、タナカ……
考えなければならない事は沢山あるが、今はとりあえず、この村を襲った悲劇が終わった余韻に浸りたい。
俺は、左手だけで裸のリーナを抱きしめると、今度は自分から唇を重ねた。
リーナは少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうにそれに応えた。
***
「本当に行ってしまうのね」
「ああ、俺にはしなければいけない事がある」
タナカを倒してから三日、まだ再建が進む村の入り口でリーナが悲しそうな顔をしている。
俺は旅の荷物を背負い直しその頬を左手で優しく撫でた。
「この世界には、まだ沢山の転生者がいるんだ。そしてそいつらは、強大な力でこの世界の人たちを苦しめている」
もう右腕に意識を乗っ取られる事はないが、それでも右腕が発する言葉は俺の頭の中に響いている。
そして、右腕の怒りはまだ治っていない。
「それはカインがやらなければならない事?」
「俺にしかできない事なんだ」
ほんとうは、リーナと穏やかに暮らしたい。
タナカに弄ばれた事を気にかけて、リーナは俺との結婚を遠慮するだろうが、それなら結婚せずに一緒に暮らせばいい。
けれど、この【訴追者の右腕】が疼く限りはそれも難しい。
きっとこの右腕は、世界の法則を曲げてしまうような転生者への唯一の対抗手段。
その力を持ちながら、自分の幸せを願う事は、俺にはもう出来ない。
「必ず生きて帰ってきてね」
「ああ、必ず」
俺はリーナと最後の口づけを交わしイザカ村を後にした。
***
カイン・フェルナード
初代訴追者アラン・フェルナードの傍流の一族に生まれた五代目の訴追者である。
四代目訴追者の子であり、自身は非適合者であった聖騎士のザハト・フェルナードにより薬物の投薬を受け強制的に適合者となった彼は、まずからの村を転生者の魔の手から救った後、大陸を周り百を超える転生者を殺すことになるのだが、それはまた別のお話。
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