第十一話 カイン対タナカ
爆発音の直後、村は騒然となった。
「魔物か?」
「魔物と同じような黒い影の何かがやって来るぞ」
「だけど……あれは人間?」
外で働かされていた村の男たちの声が響く。
リーナは、タナカの気が外に逸れた一瞬の隙をついて頭を掴んでいた手を振り払い部屋の隅へと逃げた。
タナカはリーナの姿を横目で見ると、小さく舌打ちをして服を着た。
「そこで待ってろ。お楽しみはお預けだ」
タナカはそう言って家を出た。
リーナはすかさず、近くにあった毛布を手に取ると、身体を隠すように巻きつけ外へ出た。
この半年、聖騎士や魔物がこの村へやってこなかったのは、タナカが張った結界が強力で誰も手を出さないでいたからだ。
あの爆発音はきっとタナカの結界が破られた音。
という事は、タナカの力に対抗できるかもしれない何者かがイザカ村にやって来てあるという事だ。
リーナは、それが魔物であっても構わないと思った。
魔物であっても、この地獄を終わらせてくれるならそれでもいいと願いながら、リーナは外へ飛び出した。
村の中央、一番大きな広場に二つの人影があった。
一つはタナカ、そしてもう一つは全身を黒い影のようなものに覆われた人物。
姿形は人間のそれだが、風貌は魔物と呼ぶ方が納得できる。
顔は影に覆われて見えない。
ただ、右腕だけが他の部位と比べて著しく細いことだけが分かる。
「この世界にはへんな生き物がいるんだな」
本能が恐怖を感じてしまうような風貌のそれを目の前にしても、タナカは余裕の表情を崩さない。
「ま、どんな敵が現れても俺様の相手にはならないんだけどな」
タナカはそう言って右手を前に出した。
半年前、魔物を粉々に粉砕し、ほんの少し掠めただけのカインの右腕を切断したあの技だ。
タナカの突き出した右腕から、衝撃が光の玉となって正体不明の侵入者へと襲いかかる。
(ダメだ、やられちゃう)
それが圧倒的な力であると知っているリーナは無意識のうちに目を逸らした。
直後、さっきの爆発音よりも数倍大きな爆発音と衝撃が走った。
耳をつんざく爆音と身体を震わせる衝撃から身を守るために、リーナは耳を押さえてしゃがみこんだ。
波が引くように、今度は静寂が訪れた。
「ど、どうして」
静寂を破ったのは、タナカの狼狽した声だった。
いつも高圧的に村の人たちに命令するタナカからは想像もつかない、怯えた声。
聞きなれないその声に、リーナは驚いた顔を上げた。
「うそ……」
目の前に広がる光景を見たリーナは自らの目を疑った。
タナカの目の前。
タナカの一撃を受けて跡形もなく消え去るはずの謎の侵入者が、何事もなかったかのように変わらぬ姿で立ち続けていたのだ。
いや、変わらぬ姿で、というのは語弊がある。
タナカの一撃は、たしかに侵入者に当たった。
その証拠に、さっきまで侵入者の身体を覆っていた影のような黒いもやは跡形もなく消え去っていたのだ。
今まで影に隠れていた顔が、露わになる。
「カイン……」
リーナがまた呟いた。
侵入者の正体、それは半年前に行方知れずになっていたリーナの婚約者カインだったのだ。
タナカに切断されたはずの右腕には、黒くて細い棒切れのようなものが生えている。
「お前は、なぜ死なない」
ようやく言葉を取り戻したタナカが、悲鳴のような叫び声をあげる。
「俺は神から力を与えられたんだ。その力対抗できるやつがなんで存在してるんだ」
「テンセイシャ……コロス」
タナカの問いにカインは答えなかった。
ただ、リーナが聞いたことのない獣のような声でそう呟くと、タナカめがけて飛びかかった。
光の壁が、タナカの周りを覆う。
魔物の牙を遮ったあの聖なる守りだ。
カインはそんなもの気にする様子もなく黒くて細い右腕を振り下ろした。
次の瞬間、聖なる守りは粉々に砕け、タナカの体がカインの腕が振り下ろされた通りに真っ二つに裂けた。
下半身から噴き出した血が雨のようになって村に降り注いだ。
あまりにもあっけない幕切れだった。




