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冒険者登録

 幸太郎たちは冒険者組合に向かった。


 城塞都市であるマルゴッドの街は中心に、領主の館がそびえ立っている。

 その周りには軍事施設や探求院といった研究機関など重要な施設が立ち並び、それらを囲むように城壁が設置されている。

 街はその城壁と、外の城壁の間に広がっており、冒険者組合はその内側の城壁に近い場所のうち、役所や病院、教会など公共の施設が立ち並ぶ一角に冒険者組合はあった。


 幸太郎の目的はこの街で冒険者になることである。


 そうすれば、まず冒険者という身分を手に入れることができる。


 また冒険者は街に出入りするときの税が免除される。

 それは冒険者組合が代わりに税を払っているからだ。

 なぜそうしているかというと、冒険者は業務上、街を頻繁に出入りする。

 するとそのたびに税を払わなければいけなくなり、その手続きに時間が取られるため、仕事に差し支える。

 また、依頼は失敗するリスクが常にあり、失敗した場合は当然報酬なし。

 下手したら違約金すら取られるのに、税まで取られたら踏んだり蹴ったりとならないようにするためという側面もある。

 なので、税免除を目当てに、商人と冒険者を兼務する武装商人も存在したりする。


 他にも冒険者組合は冒険者をサポートするために色々な特典をつけている。

 例えば、冒険者になれば、冒険者組合御用達の宿を紹介してくれて、格安で止まることができる。

 また、怪我が絶えない冒険者のために医薬品も安く買えるサービスがあったり、旅に必要な必需品が安く買えるサービスをしてくれたりする。

 なので、これを目当てに腕に覚えのある旅人が冒険者の身分を得ることはよくあることだったりする。


 さらに冒険者になればすぐに仕事にありつける。

 薬草の群生地の魔物を退治したり、危険な街道の護衛をしてくれる冒険者の需要は常にあるためだ。

 そのため、力に自信のある者は冒険者になることが多い。


 それは需要に対して供給が足りてない、つまり死亡率が高いことを意味しているのだが。

 だが、若者はそんなこと知る由もなく、冒険者のメリットばかりに惹かれて登録して行く。


「身分も手に入るし、出入り自由になるし、宿も斡旋してくれるし、旅の必需品格安で買えるし、仕事にありつけるし、冒険者にならない理由ないでしょ?」


 まあつまりは幸太郎もそんな若者の一人であった。


「ようこそ冒険者組合へ!」


 そんな無知な若者を冒険者組合は快く迎え入れた。


「依頼をご希望ですか?それとも冒険者登録をご希望ですか?」

「冒険者登録をお願いします」

「畏まりました。身分証はお持ちですか?」

「いえ、持ってませんが…もしかしていないと登録できませんか?」

「いいえ!そんなことはありません。ただ規則として確認させていただいております」


 実は身分不確かな方が、死んでも後腐れなくていいと職員が考えているとは幸太郎もさすがに想像できなかった。


「ではこちらの書類に記入をお願いします」


 そうして出された書類に、幸太郎は眼鏡を掛けてから目を通す。

 眼鏡を見た職員が微かに息を飲む。

 やはり眼鏡を付けられるのはかなり高いステータスらしい。

 目立つのを嫌がる幸太郎にとっては本意ではない。

 だが、眼鏡を掛けないことには文字が全く読めないからこればかりは仕方ない。

 この世界の文字は英語と同じ方式で、母音と子音の組み合わせで記述する。

 故に幸太郎はあらかじめ予習して置いた通りに、発音ルールに従って名前を書くことができた。


「書けました」

「拝見します」


 職員は恭しく書類を受け取る。その目は幸太郎の手に一瞬注がれる。


「確認しました。ところで幸太郎様は身分証をもお持ちでないということですが、ご家族などはいらっしゃいますでしょうか?」


 職員は幸太郎の親族や国の中の知人交友関係などを事細かに聞いてくる。

 幸太郎は変に思いながらも適当に答える。


「いえ、知人も家族もこの国にはいませんね。…やはり身分が保障されないと何か問題なのでしょうか?」

「いいえ幸太郎様!そういうわけではございませんが」


 そこで職員は声を小さくする。


「冒険者というのは未開地域を探索するという性質上、危険を伴う職業で御座います。死んで死体が帰ってくるならマシな方で大抵は行方不明でそのままという事も有り得ます。ですので家族や知人などがいるかどうかはそういう時に知らせる意味でも確認する意味があるのです」

「なるほど。しかし私は異国から来たためこの国には知人はいないので。家族とも連絡を取るのは難しい状況ですし」


 幸太郎は納得して、しかし村長はもう関わりたくないし、日本と連絡取れるわけもないのでそう答える。


「承知いたしました。しかし、後から知人や家族を思い出されたり、身分証が見つかった際には是非ご連絡ください」

「はい…ん?」

「では証書を発行してまいりますので少々お待ちを」


 そう言って職員は立ち上がり、奥の方へと入っていく。


「さっきのは一体…それに証書って他の人はその場で書かれているのに…」


 幸太郎はいろいろ疑問はあれどとりあえず待つことにした。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 職員は冒険者組合の組合長の部屋のドアをノックする。

 返事があり、職員はドアを開ける。


「組合長、本日来られた冒険者志望の方の登録について相談が」

「どうした?何か問題がありそうだったのか?」


 壮年の男はそう言って職員に問いかける。

 髪には茶髪の中に白髪が混じっている。

 だがその体はデスクワークして数年とは思えないほどガッチリとしている。

 組合長はかつては冒険者でもあり、今でも引退して後進の育成に注力している関係で新米の指導をしていたりする。

 冒険者からは恐れられたり尊敬を集めている相手でもある。


「はい。まずは書類を見て欲しいのですが」

「ふむ。佐藤幸太郎。異国の人間か。名前がこの辺の人ではないな。名字あり…ん…サトウ?どこがで聞いたような気がするがまあいい。あと黒目黒髪もめずらしいな、この辺では見ない色だ。他は弓使いと戦士。身分証はない」

「はい。それだけならまあ冒険者としての活動は問題ありません。冒険者は常に人手不足ですから身分不確かでもまあまずは採用して確かめてみるのが基本方針ですし。ただリーダー格の男は、眼鏡を持ってました」

「ほう、眼鏡を」

「そして手が荒れてませんでした」

「なるほど、それで相談に来たわけか。貴族が身分を隠して登録に来た可能性を危惧して」

「はい。手が荒れてないということは農作業はもちろん、剣すら握ったことがないということ。貴族、あるいは大商人の子息の可能性は高いかと。名字持ちもそれを補強しています。そんな人が冒険者をして生き残れるとは…一応弓使いと戦士が護衛のようですが」

「ふむ。貴族の道楽なら勝手にしてくれと言いたいところだが、死なれて問題になるのは困るな。異国の貴族とはいえ、貴族は横の繋がりが深いもの。回り回ってどういう面倒ごとになるか想像できない。まあ依頼はある程度こちらで制限できるし、あとは最低限戦えるかどうかがわかればいい。私が対応しよう」


 そう言って組合長は立ち上がる。


「よろしくお願いいたします」


 職員は頭を下げた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「幸太郎様、初めまして組合長のザックです」

「初めまして」


 職員に奥の会議室に来るよう言われ、向かった幸太郎はそこでなぜか組合長と対面することになった。

 握手を交わして幸太郎は座るようすすめらる。


「あの、組合長直々とは何か問題があったのでしょうか?」


 幸太郎は恐る恐る聞く。

 組織のトップといえば普通は多忙だ。

 いちいち新米一人一人に対応などしてられないだろう。


「いえ、問題など何もありませんよ。これは冒険者登録の過程の一環ですのでご安心ください。ただ幸太郎様は見た所、剣をお持ちでありませんが、何か魔法(スペル)などを使われるのですか?」

「あ、はい。そうですね魔法(スペル)を使います」

「なるほど、では他の武器はお使いには?」

「いえ、武器は使ったことないです」

「そうですか…」


 そこでザックの表情が渋いものになる。

 幸太郎もそこで失言に気づいた。

 冒険者になろうというものが武器を握ったことすらないというのは明らかにおかしい。


「冒険者は未開地域という人のいない場所を探索する職業です。そこには当然猛獣や魔物が生息しております。幸太郎様は魔法(スペル)をお使いになるということですが、魔法(スペル)はご存じのように魔力(マナ)が切れたら使えなくなるもの。そうなった時に護身用の武器が使えるか使えないかは生死に大きく影響します」

「はい。そうですね」

「術士であれば、短剣や杖などを使いますが…お手を拝借しても?」

「え?あ、はい」


 幸太郎は手を差し出す。


「なるほどマメのないキレイな手をしていらっしゃる。本当に武器を使ったことがないのですね」


 ここでようやく幸太郎は、職員がやたらと手を見ていた理由を悟る。

 職員はあの段階で、幸太郎が武器を握ったことのないことを察していたのだ。

 その結果、冒険者適正に問題があると判断されて組合長を呼ばれたのだとも。


(まずい!このままでは冒険者になれない)


 この世界で何の後ろ盾もない幸太郎にとって身分を得る事は最優先事項。

 それが叶わなくなりそうになり、幸太郎は焦ってしまう。


「幸太郎様は武器以外で魔法(スペル)が使えなくなった時に身を守る手段はお持ちですか?」

「は、はい!あります」


 だから、幸太郎は手札からカードを一枚引いてその場に出した。

 他の人からは、幸太郎が左手に右手を近づけた後、急に右手を振り下ろしたように見えただろう。

 彼らにカードは見えてないからだ。

 だが、その後のことは彼らにもハッキリと視認できた。

 突然光が現れたかと思うと、それが形をなして、魔物となって現れたからだ。


 ミニドラゴン

 ビーイング

 アタック100

 ディフェンス200

 マナコスト1


 現れたのは犬のような大きさのドラゴンだった。


「これが武器の代わりに身を守る手段です」


 突然の魔物の出現に慌てて立ち上がったザック達に幸太郎が説明する。

 ザック達が距離を取る中、幸太郎はミニドラゴンを呼び寄せると、腕に抱く。

 ミニドラゴンが幸太郎の制御下にあると知り、ザック達は安堵するかと幸太郎は思った。

 村人たちはこうして魔物を抱いたり、なでたりすると大抵は安堵してくれたからだ。


「しょ、召喚魔法(スペル)だと!」


 だからザックのその叫びはまた幸太郎の予想を裏切っていた。


「召還魔法(スペル)、実在したのか…」

「え?なにそれ初めて見た」


 職員達が次々に騒ぎ出す。


「え?ええ?」

(村人はスケリトルドラゴン呼び出した時にこんな反応しなかったぞ?なんで職員達はこんなに騒ぐんだ??)

「あの、召喚魔法(スペル)ってそんなに珍しいものなんですか?」


 だから思わず、そう聞いてしまう。

 そして職員達の「なに言ってんだこいつ?」的な視線を頂くことになった。


「いや、まて、ここから南方のどこかに召喚士の隠れ里があるといううわさを聞いたことがある。君はもしかしてそこの出身なのか?」


 ここはどう答えるべきなのか。

 答えるべきか黙秘するべきか。

 肯定すべきか否定すべきか。

 どれを選んでも間違っているような気がしてきた。

 幸太郎はどうすればこの場を切り抜けられるか目まいで倒れそうになる。


「…いいえ。そこのことは知りません。私は異国の出身なので」


 だから幸太郎が選んだのは正直に答えることだった。

 ここでウソをつけば、そのウソを維持しなければならなくなる。

 そうすれば遠からずボロが出るのは間違いなかった。


「そうか、もしかして君の出身地では誰もが召喚魔法(スペル)を使えたりしたのかい?」

「そうですね。一部を除いて確かに誰もが使えます」


 一部というのはウソだ。本当は誰でも使える。


(だってゲームだしな!)

「なるほど異国の召喚士の里の出身者か。私も長年冒険者をやってきたが召喚士にお会いするのは初めてだ。お会いできて光栄だ」


 そう言ってあらためてザックに握手を求められる。


「ええ、まあ、ありがとうございます」


 幸太郎はなんとか笑みを繕って握手をする。


「その、組合長のおっしゃる通り、私は異国の田舎の出身なので、この辺りの事情にはあまり詳しくないのです。だから召喚魔法(スペル)がそんなに珍しいものとは思いませんでした」


 そういうと職員達はそれならばと納得の表情を見せる。


「なるほど、特殊な環境におられたならばそう思うのも仕方在りますまい。ですが、この辺りでは召喚魔法(スペル)を使えるものは居ないのです。その使い方すら伝わっていません」


 ザックは幸太郎にこの辺りの魔法(スペル)知識のことを簡単に説明してくれた。


 魔法(スペル)には攻撃魔法(スペル)、回復魔法(スペル)が二大魔法として広く普及している。

 前者は比較的誰でも習得ができるため広く普及しているが、後者は使えるものが少ない。

 それにも関わらず回復魔法(スペル)が二大魔法として扱われているのは、需要がとても高く、素質を持つものは国や教会がお金を出してまで教育を支援するからだ。

 故に回復魔法(スペル)の素質を持つものは勝ち組扱いされることすらある。

 またそれらに派生するものとして相手の能力を下げたり逆に強化したりあるいは調査したりする補助魔法(スペル)が存在する。

 それ以外の魔法(スペル)も勿論存在し、生活に密着しているものは生活魔法(スペル)と呼ばれている。


 だが、召喚魔法(スペル)は幻の魔法(スペル)と言われている。

 そもそも使えるものが皆無で文献にしか記述が載ってない。

 習得しようとしても習得方法がわからない。

 使えるものがいないから研究も当然進んでない。

 召喚魔法(スペル)がつかえる召喚士の隠れ里の話が一部で上がったが、多くの研究者が召喚士の里を探したが、ついに見つかることはなかった。

 などなど、とにかく実在すら疑われる伝説の魔法(スペル)と言われているのだ。


 それが目の前に突然現れたのだ。

 職員達が驚かないわけがなかった。


(村人たちが驚かなかったのはそもそも魔法(スペル)に関する知識が足りてなくて、召喚魔法(スペル)が貴重だと知らなかったからか。そのせいで今こんなことになっているけど…これ村長がしってたらもっとヤバかったから不幸中の幸い、なのかな?)


「伝説の召喚魔法(スペル)の使い手ならば、確かにそこらの魔物では相手にならんでしょう。手がキレイなのも、召喚魔法(スペル)で魔物を使役しているおかげなのですな」

「あ、ああ、はい。そうなんです」


 幸太郎は同意する。

 というかそうしておかないと、今の日本はそもそも畑仕事とかしなくていいし、剣だって握らなくていい社会なんですから説明しないといけない。


「なるほど納得しました。冒険者組合一同はあなたの加入を歓迎いたしますぞ!」


 幸太郎は無事冒険者の資格を手に入れた。


「即戦力の登場だ!」

「これは近いうちに大ニュースになるかもな!」

「ど、どうも…」


 そして無駄に期待をかけられた。

 職員達が口々に称賛と歓迎の言葉を口にする中、幸太郎は引きつった笑顔でなんとか返事を返すしかなかった。

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