第五十七話 戻ってきた日常だが新たな難問が起きて無双できない
エドが帰って来てから一か月やっと事態は収拾した。
貴也の首も無事につながっている。物理的に。
あれから暗殺者が現れるようなことはなかった。
数日はびくびくしていたものだが、意外と図太い神経をしていたらしい。
貴也はそんな風に自画自賛していた。
ただ事態の収拾と言っても黒幕を捕らえたわけでも組織を壊滅したわけでもない。
不正を取り締まり、人事を見直し、何とか肩代わりしていた仕事がクロードやエドの手から離れただけだ。
ほとんどの部署で業務が回り始めたが、一部でまだ混乱しているところがある。
直接被害を被った者達や潜在的に組織を恐れている人間は徹底的に調査し組織を潰せと声を上げている。
が、現状はこれくらいで妥協しておかなければいけない。
闇に潜った組織は尻尾すら見えないほど綺麗に痕跡を消しているのだ。
『歴史編纂委員会』というのはそれほどの組織だったということだ。
公爵も叩いて埃の出ない身分ではない。
下手に藪を突いて蛇を出すようなことになっては面倒だった。
ただ、公爵にとっては面倒だというレベル。
本格的に敵対するなら潰す気満々だろう。
というわけで、敵の影は残るわけだが、それを気にしていてはきりがない。
疑心暗鬼は相手を利するだけだと、公爵はこの件の操作をすべて打ち切った。
そして、幹部を集めて一言。
「歴史編纂委員会という卑劣な輩はこちらの弱みにつけこむだけの小物集団だ。後ろ暗いところのない諸君等にはなんの害も及ばない。職務に一層励むように以上」
これが事態の収拾宣言で述べられた公爵の言葉だった。
これに逆らえる幹部はいない。
文句を言えば『なんだ。お前には後ろ暗いことがあるのか?』と余計な疑惑を向けられる。
現に文句を言ったものがはっきりと言われていた。
ただ、幹部になるような人が探られて痛まない腹などないことを知っているくせに平気でこういうことが言えるのだがら公爵は大物だと思う。
まあ、公爵には探られて困ることなどないから言えるのだろうけど。
ここで一つ言っておくが公爵が清廉潔白の人であるわけではない。
不法行為や不正などいくらでもやっている。
表に出れば財務大臣のポストくらい吹き飛ぶようなこともある。
それでも、公爵は強気に出る。
なぜなら、国のポストなど公爵には必要がないからだ。
それどころか辞めて領地経営に専念したいとまで漏らしている。
公爵は財力、権力、軍事力で国王に次ぐナンバー2なのだ。
残念ながら公爵の発言力は絶大で例え反逆を捏造して国軍が動いても潰すことは不可能だった。
それをすると公爵周辺の貴族だけでなく、近隣諸国からも圧力がかかる。
下手をすると国王自体が退位を迫られかねない。
公爵の政治手腕と影響力は国を越えているのだ。
それを自覚している公爵は何かあればすぐに辞任するだろう。
というか、政治の駆け引きの場で頻繁に「じゃあ、辞める」と脅している。
現状、敵対勢力の人間も含めて公爵に財務大臣を辞められるのは非常に困るのだ。
彼がいなければ軍務、内務、外務のバランスが崩れ王国の地盤が崩れてしまう。
だから、歯軋りをしつつ留任をお願いすることになるのだ。
もう、どちらが可哀そうかわからない事態だった。
そういう背景があるので強気な発言が出る。
しかし、絶大な力がないただの官僚達はや闇に潜った得体のしれない巨大な諜報組織を恐れずにはいられない。
そこに公爵はそっと耳打ちするのだ。
「心配するな。わしの目が黒いうちは守ってやるから」と
多分、一番の悪党は公爵だと思う。
貴也としては『歴史編纂委員会』の首領が公爵だったとしても驚かないどころか納得すらする。
ていうか、本当に公爵が黒幕なんじゃないだろうなあ、と考えて背筋を寒くさせていた。
うん。余計なことを考えるのは止めて仕事をしよう!
貴也は通常業務に戻っていた。
また、女性職員とおしゃべりしながら気楽にお掃除でしようと思ってたのだが、掃除研修は今回の件で終了していた。
というのも今回の事件処理で走り回った結果、色々な人に貴也が公爵家の執事見習いであることがバレてしまったからだ。
別にスパイ目的ではないので問題はないのだが、偉いさんの側近が近くにいたら業務が滞るのは目に見えている。
貴也としてもすり寄ってくる有象無象を相手にするのは勘弁してほしい。
なのでめでたく業務終了となった。
だからというわけではないが、いま貴也は公爵家の財務担当に預けられている。
受け持っている仕事は財務諸表の整理。
各部門から送られてくる財務状況を公爵への説明ようにまとめた資料を作る。
そして、決済を貰うのがお仕事だ。
公爵に細かい数字をいちいち見せていてはきりがない。
だから、必要なところを取捨選択して簡潔にまとめる。
まあ、公爵家の現状把握の勉強と業務を兼ねた仕事というわけだ。
ある程度の知識があれば誰にでも出来る業務。
ただ特殊な技術が必要にない割に簡単に不正をしてお金を稼げる部門と言える。
だから、ここは忠誠心や誠実度を試される踏み絵的な部署なのだろう。
誘惑が非常に多いので無事に真面目に一定期間勤めれば、信用を勝ち取れ幹部になれるというわけだ。
まあ、こことは別に監査部門があるので不正が上手くいくとは思わない。
そして、発覚すれば簡単に首が飛ぶ。物理的に。
これは貴也の憶測だが対して違いはないだろう。
だから、貴也は淡々と職務をこなしていた。
金には困ってないし、公爵やクロードの恐ろしさはよくわかっている。
敵に回して貴也が何とか出来る相手じゃない。
基本ビビりで長い物には巻かれる主義の貴也だった。
誰にも文句は言わせないぞ。
というわけで黙々と資料を作っていく。
数字は得意だからこういう仕事は苦に感じない。
伊達に長年書類仕事をしてるわけでないのだ。
だからと言って社長業を強引に押し付けた友人たちや書類仕事ができない会社時代の上司や同僚に感謝するわけがない。
ただ今回の上司は結構好きだ。
わかりやすい資料だと褒めてくれたし。
うん。貴也は褒められて伸びるタイプなのだ。
そんな感じで日中は一生懸命働き、定時後は魔導アーマーの研究などをして過ごす生活を続けていた。
そんなある日の出来事だった。
「貴也さ~ん、貴也さ~ん!」
「なんだよ。うるさいなあ」
アルが工房に息を切らせて駆け込んできた。
大きな声を上げるアルに辟易しながら貴也は顔を上げる。
「大変なんですよ。大変なんです」
「何が大変なんだよ!」
混乱しているみたいで本題に入らないアルにうんざりしながら問いかける。
すると思いがけない返事が返ってきた。
「勇者様が魔王の奴隷になったんです!」
「はあ?」
貴也は?マークを頭の上に浮かべて首を傾げていた。